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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の伍「おどろ少女と、天才の眼鏡」
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 あざ笑う、少女の声。

 呪いをはらんだ、黒い声。

 

 だけど、唐突に――それは終わった。

 

「あら?」


 少女は、何かに気付いたように振り返る。

 誰もいない。春人と彼女以外、誰もいない。何日か前の、図書室を思わせる不気味な静けさの中で――


「残念、見つかったみたいね」


 言葉と裏腹に、やはり楽しそうな声だった。

 彼女は、確かに感じ取っていた。

 誰かが、来る。それは、きっと自分を邪魔しにくる何者か達に違いなかった。


「今ここで出会ってもいいんだけれど、まだ少し、早いかしらねえ」


 くすくすと、邪悪に笑う。


「坊や、運がよかったわね。ま、これに懲りたら、これからは甘いことを考えないこと」


 白々しく、言い聞かせる。


「――まあ」


 ぬらり、と笑った。裂けるような、赤い笑み。


「懲りなくても、別にいいんだけどね?」

 

 春人は、そのまま意識を失った。

 誰かが自分を起きあげてくれた気がするけれど、誰だったのかわからない。

 

 目を覚ますと、学校の保健室だった。

 少しの間、茫然としていて――慌てて、自分の目元をさする。

 

 目玉は、なくなっていなかった。間違っても、あの黒い眼鏡に、取られてなどいなかった。

 安心してから、見回す。

 あの眼鏡は、どこにもなかった。

 夢、だったのだろうか。

 

 ――いや、きっと違う。

 あれは、夢なんかじゃなかった。

 間違いなく、春人の中に残っている。

 自分は甘い言葉に乗ってしまって、取り返しのつかないことになりかねなかった。

 誰かが、助けてくれたに違いない。

 

 それは、誰だったんだろう。

 

 あの不気味な少女を打ち払えるような――それこそ、正義の味方でもいたのだろうか。 なんとなく、頭によぎった。

 あの、少女だった。

 春人がゲーム対戦で顔見知りになっていて、例の強い少年の、からきし弱い連れで。

 昨日、春人相手にずるをした少年を、優しくたしなめた――その少女の姿が。

 

                   ◇

 

「……逃げられたか」


 学校の屋上。

 鍵を閉められたはずのその先に、彼女達はいた。

 春人とよく対戦していた、黒髪の少年――一野儀景。少女のような細い指で、右半分の顔を持ち上げて、どこかを遠く眺めていた。その顔は、向こうを向いていて――彼女からは見えない。 彼女。

 いつも、その少年と連れ立っている、栗色の髪を左右で縛った快活そうな少女――言織だった。

 その服装は、いつもと少し違っている、

 白い袈裟をまとい、縛った髪に、小さな菱形を並べた髪飾り。巫女や神主が手に持つ錫杖に、くくる紙の形に似ていた。


「癪だが、見事だ」


 言織の背後で、声。彼女の足元の影が伸び、ヒト型を生じる。そこより現れたのは、虚無僧姿の長身――宵崎。

 応じたのは、鈴を鳴らすような、子供の声。されど、どこか年経た貫録を滲ませる。

 人語を解するのは、紛れもなく、言織の足もとにいる―― 一匹の子猫だった。


「妖気の拡散。こっちを撒くための、偽瘴の生成。生意気にも、古老の真似事しやがってよ」


 黄金の毛並みをもったその猫――ロクスケは、やたら人間くさい所作で顔をしかめる。


「生まれたての、若造のくせに」


「ま、元が元だからね」


 肩をすくめる言織。


「本当に紗惨禍(さざんか)の落とし子ってなら、その程度はやるだろうさ」


 言織の後ろで、青年があいまいに頷いた。

 すっきりとした眼鏡をかけた、神経質そうで、優しそうな青年だった。見ようによっては、そこそこに二枚目だ。

 二十ほどだろうか。もう少し若く見える、幼さも見て取れた。

 背は、あまり高くない。小柄な少女と、やはり小柄な少年が近くにいるので、それなりには見えるのだが。


 黒いスーツに、肩から羽織る短い外套は群青。左手には、青塗の鞘に納まった長刀。

 一見頼りない優男だが、それでも滲み出ているのは戦士としての風格であった。

 半月ほど前。

 お化け学校の事件の後より、彼女達と行動を共にする青年だった。


「でも、よかった。少なくとも、犠牲者は出なかった」


「まあね」


 言織は、振り返る。


「でも、すぐにどうせ、次の誰かに目星をつけるよ? あいつの獲物は、そこいら中にいるからね」


 人は弱い。誘惑に、すぐに負ける。今回の春人のように。

 今この瞬間も、どこかで、誰かが――狙われている。


「守るさ」


 青年は、言った。


「誰一人、あいつの手には落とさせない。そんなの、許さない」


 固い声で、決意を言葉に乗せる。


「熱いねえ」


 言織は、笑った。


「ま、君のそういうとこ――嫌いじゃないよ」


 満更でもなさそうだった。


「とりあえず、少しはおとなしくしてるだろうしね」


 例の少女。今回のことで、少しは力を使ったはずだ。また何かしでかすにしても、時間はかかるに違いない。


「油断しない程度に、ゆっくりしておくかね」


 う~んと伸びをした。

 踵を返す言織に、青年は声をかける。


「今日も、あのカードゲームか?」


「まあね」


 答える。


「しばらく、春人君は来ないかもね」


 景が、続ける。

 今回の件で薬になったのなら、これからは勉強も頑張るに違いない。ゲームだけに夢中になるだけでなく、何事もほどほどに。


「つーか、がっこの勉強なんて、役に立つもんでもないけどね」


 言織の軽口に、


「そういう考え、あまりよくないぞ」


 青年が、たしなめる。


「へーへー」

 

 そうやって言葉を交わしながら――

 言織達は、学校の屋上から、姿を消した。



 次なる怪異は、すぐに来る。

 誰かの元に、現れ出でる。

 静かに、されど確かに。

 八津代の町は、揺らぎ始めていた。


 

 

 



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