四
次の日。
テストの余韻は、残っていた。クラスメイトの、賛辞の声。唯史と理紗に、自分も加わわっている。
その日も、気分がよかった。
そのままで、放課後。ひさしぶりのゲーム対戦に馳せ参じる。
「あれ?」
目当ての少年。今日は、いないようだった。一緒に来た唯史も、周囲を見回してくれてけど――姿はなかった。
「んー」
残念がっていると、ひとりの少年が声をかけてきた。少し、年下だろうか。
「なー、俺と対戦しよう」
「お、いいよ」
了承した。早速、席につく。
裏返したカードを、互いにめくる。書かれたスピードが高いほうが、先攻だ。
「俺の勝ち」
春人が先攻。
さあ、ゲームの始まりだ。
勝負は、順調だった。ポイントの奪い合い。相手のライフを示すカードの山は、だんだんと減っていく。
このままならば、負けはないだろう。
少し物足りない相手だったけど、それなりに楽しめた。
(……さて、最後はどうするかな)
手札を見て、春人は考える。
手堅く行くか。少し、派手に勝利を決めるか。
相手の番。
「……え?」
そこで、春人は目を見開いた。
前に出したカード。続くカードとの組み合わせで、特別な効果が発揮されることがある。 けれど、運の要素が絡むので、目的のカードを絶体に出せるとは限らない。手札となるカードは、シャッフルされた山の上から引いていく、毎回五枚。その中に、そのカードが出てこなければ無理なのだ。
「ふふ」
不敵に笑う、対戦相手。
「面しれー、そうこなくちゃな」
まだまだこっちが有利だ。春人には、余裕があった。
――けれども、
「どうだ! ユニゾン成功」
もう一回。
「う、嘘だろ?」
春人は、愕然。
観客が、どよめく。これでほとんど五分になってしまった。
「俺の勝ちかな?」
相手に、余裕ができてきた。勝ち誇った笑顔に、春人は焦る。
「……く、くそ」
舌打ちをしながら、次の手を考える。
――その時だった。
「はいはい、その勝負待った」
響く声があった。
全員が、そちらを向く。春人も対戦の手を止めた。
いつもの少年と、少女の姿があった。いつの間にか来ていて、自分たちの対戦を見ていたようだ。
声は、少女のものだった。彼女は鼻を鳴らすと、体を乗り出す。近くにいた子供が道を開けた。
「……な、何だよ?」
うろたえる、春人の対戦相手。
少女は構わず、その右手をつかみあげた。
「こんなことして、楽しい?」
つかんだ腕とは逆の手で――少年の袖口から、カードを引っ張り出す。
「――あ」
顔が青くなった。
ズルをしていたのだ。狙ったタイミングで、思い通りのカードを出せるように。
観客の子供たちが、騒ぎ出す。非難の嵐だ。
泣きそうになる、その少年。春人も何かを言いかけて――
「――はいはい、これで終わりね」
決して大きくはなかったけれど、よく通る少女の声で、誰もが黙った。騒ぎを聞きつけて駆けてきた店員も、向こう側で立ち止まっている。
「まあ、勝ちたいのはしょうがないよ。あたしだって、ボロクソに勝てねーもん」
彼女の弱さは、割と有名になっている。けれど、誰もそれを突っ込めなかった。この場所でカードゲームが弱い少女に、子供達は、押し黙っている。
「だけど、ずるはいかんよ。それは、楽しくないもん。ゲームは、楽しむものでしょ」
対戦相手の少年の頭に手を置いて――
「ね?」
少女は、にかりと笑って見せた。
「……う、うん」
少年は、きっと違った意味で泣きそうになって、大きく頷く。
「じゃ、この勝負はお流れだね」
「うん」
少年はもう一度頷いて、立ち上がる。
そして、
「ごめんね」
春人に頭を下げてきた。
「……あ、ああ」
その素直さに、口ごもる。
「みんなも、ごめんなさい」
周りの子供達にも、謝った。誰も、それ以上は言わなかった。
「はい、よくできました」
少女は、少年の頭から手を離す。
「じゃ、あたしと対戦しようよ」
「うん!」
少年は満面の笑顔で、元気よく答えた。
その姿を、見送る。
代わりに、いつもの少年が近付いてきた。
「対戦する?」
「え?」
一瞬、どうしてか口ごもる。
春人は、なぜか迷った。
「うー、ああ、うん」
とりあえず、申し出を受ける。
互いにデッキを広げて、勝負開始。
いつもだったら、心躍るはずなのに――気もそぞろだった。
当然のように、負ける。
悔しく、も――なかった。そうとさえ、思えなかった。
気持ちがどこかに行ってしまって、迷子になっている。
「……今日は、もういいや」
尻切れに、対戦は終わる。
「春人?」
別の相手と対戦中だった唯史が、声をかけてくる。
「わりい、先に帰るわ」