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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の伍「おどろ少女と、天才の眼鏡」
25/40

家に帰ると、母親が仁王立ち。

 開口一番。


『テスト、どうだったの?』


 返答二番。


『え? 何のこと? それよりお腹空いたよお母ちゃん』


 すっとぼけたけど、無駄だった。

 ねたはすでに上がっていたのである。

 今日の夕方――つまり、春人が対戦に燃えていた頃、『カードドライブ・オン!』などと叫んでいた頃、母親は近所のスーパーに買い物に。

 そこで出会った、クラスメイトの母親と立ち話。その時、今日学校でテストが返されたと聞いていた。なんですと。うちの息子は、そもそもテストがあったことすら言ってない。


 ちなみにそのクラスメイトの少年は、まっすぐ帰宅し、来週のテストに向けて勉強中。真面目な息子のために、母親は帰りにケーキを買っていくと言っていた――らしい。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 いや、よくない。

 くだんのクラスメイトと比べられて、春人はぶつくさ言われまくる。一通り文句を言い終わってから、テストを見せなさいと手を出してくる母親。けれど、テストは棄ててしまった。正直に言うしかなかった。更に、怒られた。点数も自白させられた。もっと怒られた。

 

 結果、カードゲームを取り上げられた。


『こんなものばかりやっているから、勉強に集中できないのよ! いい? 来週のテストで平均点いかなかったら、全部捨てるからね!』


 反論できなかった。

 仕方なかった。

 

「くそー」


 自業自得であったけれど、それはそれ。面白くないものは、面白くない。

 そして、勉強も面白くない。

 晩御飯のあと――仕事から帰ってきた父親のとりなしで、飯抜きだけはまぬがれた――、とりあえず教科書を開いてみた。ノートを開くこともなく、わずか一分。


「あー、全然わかんね」


 文字通りに投げ出して、ベッドに背中から倒れ込む。放り投げられた教科書が、部屋の片隅に転がった。


「しかし、困ったな」


 カードゲームを取り上げられた。テストまで四日。採点されて返されるのが、一日か二日。五日か六日。最近のライフワークとなっていたのだから、つらすぎる。


「頑張って勉強はするから、返してください」


 頼んでみたら、どうだろう。

 脳内シュミレートの結果、数秒。

 無理だ。

 母親は、相当怒ってた。今回嘘もついてたし、信じてもらえる可能性は薄い。それよりも、絶対にゲームに走って勉強できないに違いない。そんな自分は、信じられる。


「う~ん」


 頭をひねって、ごろごろ転がった。


「おうしっ! 仕方ない! こうなったら、真面目にやってやろうじゃねえか!」


 拳を突き上げて、起き上がる。

「俺だって、やればできるはずだ! ……そうだ。ついでにいい点とって、臨時のこづかいを頼んでやろう」


 母親はともかく、父親ならばきっとくれるに違いない。そんな不純なことを考えながら、転がっていた教科書を回収。ノートを開く。

 やる気に満ちていた顔色が、あっさりと落胆していく。

 授業のノート、真面目にとっていなかった。最近は授業内容すら、右から左だった。なので、試験範囲すらわからない。


「う~むう」


 考えること、数秒。


「いいや、明日からやろう」


 それこそ唯史に電話でもして、範囲くらい聞けばいいだろうに。そんな言葉を吐きながら、やっぱりベッドに転がった。

 幸先、不安な春人だった。

 

      ◇

 

 次の日から、春人は割と真面目に勉強を始めた。まずは唯史からノートを借りた。家に帰って、ほぼ半月分の授業内容を頑張って写した。

 更に次の日の放課後。図書室の自習スペースで、唯史に勉強を教えてもらった。

 土曜日、休み。その日も午前中いっぱいは、勉強三昧だった。


「おおう、何か俺ってすごくね?」

 

平均点どころか、九〇点くらいいくかも。

 いい気になった。

 その旨を電話すると、唯史が乗ってきた。

 テストは水曜日だ。


「じゃあ、月曜に俺が模擬テストやってやるよ。どう?」


「おう、望むとこだぜ!」


 と、啖呵を切ったのだが――


 

 約束の放課後、図書館の自習スペースにて。

 採点、四五点。


「……嘘」


「あ……まあ、気を落とすなよ」


 茫然とする春人の肩に、唯史が手を置く。


「そ、そうだよ。これ、ちょっと難しいよ」


 一緒にいた唯史のライバルの女の子も、わたわたと手を振った。ちなみに、彼女も面白そうからとテストを受けていた。


「おまえ、何点?」


「うえ?」


 彼女の表情、ひきつった。


「べ、別に、あたしは関係ないじゃん?」


「何点?」


「うう」


 春人の乾いた声に負けて、すまなそうに見せた模擬答案。一〇〇点だった。


「あ、でもでも、ほら! たまたまだよ? たまたまだから」


 取り繕いが、白々しい。


「あー、別にいいよ」


 春人は、突っ伏した。

 困ったように、視線を交わす唯史と少女。

 春人は、しばらくそのままだった。


 

 しばらく自習していく、と春人は言った。唯史と少女は、微妙に追い出される形に。

 独り残って、答案に目を通す。

 ショックだった。

 自分なりに頑張ったという思いがあるだけに、きつかった。

 夢中になっているカードゲームで全然勝てなかった時とは、また違った悔しさ。こみ上げてきて、どうしようもなかった。


 少しの間、ぼうっとしていた。

 馬鹿らしい。

 無駄だった。

 後悔が、苛立ち交じりの空しさとなって、頭と心を駆け巡る。


「あ~あ、お手軽に勉強できるようにならねーかな」


 独り言にしては、大きかったかもしれない。

 はっと、なる。

 図書室では、静かにしないといけないのだった。

 慌てて口を閉じて、きょろきょろと見回す。

 誰もいなかった。

 安心して、だけど次の瞬間には、息を飲む。

 静か、過ぎる。

 いくら放課後の図書室と言っても、ここまで無音だろうか。遠くから小さな声くらい、聞こえてきてもおかしくはない。――だろうに。

 不気味なほど、静まり返っていた。


「……え? あう?」


 さっきとは違った理由で周囲を見回して――固まる。

 声を、上げそうになった。

 もしかしたら、掠れ声が漏れていたかもしれない。

 少し離れた場所に、立っていたのだ。すぐ今まで、そんな気配はなかったはずなのに。


 

 黒い、黒い、長い髪で。

 不気味に輝く、赤い瞳で。

 灰色がかった、時代錯誤のセーラー服を着ていた。

 

 春人は、知らなかったけれども。

 それは、噂話にある『おどろ少女』の姿そのものだったに――違いない。

 

 中学生くらい。

 その年頃が、時折ゲームスペースで出会う活発そうな少女を、頭の片隅で、なぜか思い出させた。

 

 ――髪型も、表情も、雰囲気も、何もかもが違うはずなのに。

 

「――ねえ」


 その少女は、ぬらりと笑った。口元が割れるように歪んで、その向こうが血のように真っ赤に見えた。


「君、簡単に勉強ができるようになりたいの?」


「え?」


「だったら、これをあげる」


 驚き、まともに返事を返せない春人に構わず、その少女は差し出してきた。

 唯史のつけているそれとは違って、地味でやぼったい。古びた、黒縁の眼鏡。

 

 ――彼女に会えれば、ひとつだけ。

 不思議な道具をもらえるんだって。

 


「勉強ができるようになる、魔法の眼鏡よ?」




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