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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の伍「おどろ少女と、天才の眼鏡」
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 ――ねえ、知ってる?

 おどろ少女の、噂話さ。

 

 黒い、黒い、長い髪で。

 不気味に輝く、赤い瞳で。

 灰色がかった、時代錯誤のセーラー服を着ている。

 

 彼女に会えれば、ひとつだけ。

 不思議な道具をもらえるんだって。

 

 ――そんな噂話が、その町では広がっていた。

 願いを叶えてくれる妖怪道具。

 それのおかげで、歌手としてデビューできた青年がいた。

 それのおかげで、大金持ちになれた女の子がいた。

 いじめられっ子で気弱だった少年が、逆にいじめっ子をいじめ返すくらいに強くなった。

 過去に戻れる幻の学校に、転校できる人達がいた。

 

 そんな、荒唐無稽で、馬鹿馬鹿しい、ありえるわけがない――噂話。

 

 そのはずだった。

 

      ◇

 

 その日、阿美川春人は不機嫌だった。

 春人は、小学五年生。その両手には、今日返されたテストが握られていた。

 帰り道で、ふてくされている。

 彼は、お世辞にも勉強が得意ではない。はっきり言えば、全然できない。今回の算数のテストは平均点が60点くらいだったけれど、春人は35点だった。


「あーあー、また母ちゃんに怒られる」


「とりあえず謝っておけばいいだろ?」


 気楽に言うのは、並んで歩く少年――追川唯史。春人の親友、と言ってもいい。よくつるんでいて、仲もよかった。今日も、一緒に遊びに行く約束をしているのであった。

 でも、今はむかついていた。


「つーか、お前はいいよな。算数得意だしさ」


「そんなことないよ」


 くいっと眼鏡を傾ける唯史。なんか、その仕草も癪に障る。


「むしろ算数は、苦手科目さ。今回も、100点取れなかった」


 万年劣等生の春人からしてみれば、雲の上の話である。


「へーへー、さいですかあ」


「それよりも、そんなんじゃ今日は、春人来ないほうがいいよな?」


「え?」


「来週は理科と社会だぜ? 今日くらいは、勉強してたほうがいいんじゃね」


 と、友人の言葉。

 最近、春人の母親はおかんむりだ。勉強しろ勉強しろと、口うるさい。それは、唯史も知っていた。


「冗談じゃねーよ」


 しかし、春人は鼻を鳴らす。


「最近、ずっと負けっぱなしなんだぜ? 今日こそリベンジしてやるぜ」


 テストを丸めてズボンのポケットに突っこんで、意気込む。

 唯史と春人は、現在とあるゲームにはまっている。

『G・D』

 正式名称、ガーディアン・デュエル。

 最近アニメ化もした、カードゲームである。

 様々なヒーローとロボット、美少女キャラなどを盛り込んだ世界観。自分でデッキを組んで、様々なカードで得点を競い合う。

 駅前のホビーショップの一角に、対戦スペースが置かれている。放課後は、彼らのような少年少女達でなかなかに盛況だった。


「無理じゃないのかな。あの人、相当に強いぜ? ランカーにもなったことあるみたいだし」


 そのカードゲーム。時々大規模な大会が行われて、順位を競っていた。その中で、好成績を残すとランカーとして自慢できるのだ。

 春人らの通う対戦スペースで、時折見かけるふたり組。少し年上か、中学生くらいだろうか。 ひとりは、女の子みたいに細く、おとなしそうな少年。長めの黒髪で、なぜか右目を隠している。こちらが、話にある強い相手。

 もうひとりは、栗色の髪を左右で縛った、活発そうな少女。釣り目がちで、かなりかわいい女の子。


 もっとも、春人には、まだそういう興味はあまりない。

 それで、彼女の方はさっぱり弱い。春人の付き合いで、最近始めたばかりの唯史にさえ、散々に負け続けているくらいだった。


「はん! 上等だぜっ! 相手が強ければ強いほど、俺は燃えるんだぜ」


 春人はランドセルを地面に置く。

『ランドセル汚れるぜ』と、唯史の言葉を無視して、ごそごそと教科書の間から取り出す。

 小さな黒いケースに入った、カードのデッキ。得意げに、振りかざす。


「昨日、散々に考え抜いて組み上げた混成デッキ! はっはー! 今日こそ、一矢報いてやるのだ!」


「その言葉自体で、負け確定って感じだよな」


 唯史は、ため息をついた。


「水差すこと言うなって」


 言いながら、コンビニの前を通りかかる春人。ちょうどそこにあったゴミ箱に、ポケットから取り出したテストを投げ込んでしまった。


「おい、まずいんじゃねえの?」


「いいって、どうせ母ちゃんには見せねえもん。黙ってりゃ、ばれやしねえって」


 春人は、からから笑う。


「おまえも、やればできると思うんだけどなー」


「何が?」


「勉強」


「興味ねーよ。従兄弟の兄ちゃんが言ってたぜ? 大人になったら、勉強なんて何の役にも立たねえって」

 

      ◇

 

 真面目な唯史は、一度家に帰ると言った。

 春人は、ランドセルそのままで向かう。

 店先に設けられた専用エリア。デュエルスペース。いくつかあるテーブルの上に、プレイマットが敷かれている。


「あ、いたいた。今日こそ勝つぜ!」


 目的の相手を見つけた。意気揚々と、近付いていく。


「さあ、やろうぜ」


「うん、いいよ」


 少女のような少年。

 例の、強い少年。

 少年は、誰とも対戦していなかった。

 どうやら待ってくれていたようだ。

 ふたりで、空いているスペースを見渡す。


「あ、ここいいよ」


 見知った男の子――翔太が、席を譲ってくれた。


「サンキュー」


 礼を言って、椅子を引く。ランカーの少年と向かい合って座ると、観客が集まってくる。


「最近、景のやろー調子こいてるからさ。ぎゃふんと言わせてやってくれない」


 カードゲームが弱い少女の言葉に、少年は肩をすくめる。

 先ほど席を譲ってくれた翔太と、正志と言った小学生ふたりとよく連れ立っている。


「おう、任せてくれよ」


 春人は胸を張った。

 実は、最近、少年――景と並んでここでは注目されているプレイヤーになりつつあるのだった。


(ほんと、勉強なんかより全然おもしれーぜ) 


 しばらく対戦していると、唯史もやってきた。唯史は、ひとつ挟んだ席で例の少女と対戦を始める。

 三回対戦した。

 結局、勝てはしなかったが。それでも僅差というところまで何度か行って、ギャラリーから歓声が上がった。

 満足だった。

 上々の気分。唯史と別れて、家に帰る。


(今日の晩飯、何かなー)


 寄り道したことを怒られるだろうけど、まあ、いつものことだ。そんなことを思いながら、玄関を開ける。

 もうすっかり夕暮れだった。

 


  ――黙ってりゃ、ばれやしねえって。

 

 結局、ばれた。

 世の中、そういうものである。

 

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