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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の四「とどまりさんと、お化け学校」
23/40

 立ちはだかったのは、少女の形をとった闇人形。

 次の瞬間には、少年のようになり、次に見れば頭一つ大きくなっていた。

 揺れ動き、その中に幾人もの影を内包していた。

 恐らくは――

 この学校に取り込まれた者達の影を、幾重にも重ねられた存在なのだろう。

 先手必勝。

 言織が、弾丸となった六紋銭を放つ。

 あっさりと弾かれた。

 ついで、宵崎。

 錫杖から生み出す黒い錐が、一直線に伸びていく。


 影が何かを振るうと、軌跡が走り、断ち切られた。

 敵が手にしたのは、日本刀。大太刀。言織の身長の二倍ほどはありそうな、でたらめな大きさだった。明らかに天井に届き、左右の壁にもぶつかる。けれども、天井も壁もすり抜けて、大旋回で振り下ろされ来た。

 斬る、と言うより叩き付ける。爆音に似た衝撃だった。巨大な刀は、黒い飛沫となって四散した。

 言織達は、後方に飛んでかわす。

 大ぶりなだけの粗雑な一撃を避けるのは、それほど難しくはなかった。


 しかし、

 その攻撃は、警戒に値する。


「んー」


 眉をしかめる言織。


「結構でっかい妖気だね」


「少し、骨が折れそうだな」


 宵崎が同意した。


「ご、あああっ!」


 敵は吐き出すような、呻き声にも似た雄叫びをあげ――

 今度は。

 その肩から、伸びた巨大な両腕が、襲い掛かってくる。


「ちっ」


 言織は――即座に六紋銭を、左に展開。光の防壁で、しかし――巨大な拳の衝撃までは相殺しきれず、体勢をくずしてしまった。

 ガラ空きの頭上から、三本目の腕。

 五本の指が、槍と化して向かってくる。


「ふんっ」


 跳ぶ宵崎。錫杖のひと薙ぎで、打ち払う。その背後からロクスケが飛び上がり、


「ぶ――ばああっ!」


 炎を吐きつけた。

 苦しそうにのけぞる闇人形。苦し紛れに腕を振り回し、気が付けば、巨大な翼も生えていた。蝙蝠のような、骨格は不気味に捻じ曲がった漆黒の翼。

 羽ばたきが突風となった。

 それは、黒い波となる。ロクスケの炎をも巻き込んで、真っ黒い津波となった。

 そのまま、奔流となって言織達に押し寄せてくる。


「くっ!」


 両足で踏みとどまる宵崎。錫杖をくるりと回転させて、闇の防壁を作り出した。黒い津波を受け止めはしたものの、圧されていく。


「宵崎っ」


 言織が、六紋銭を全て投げ飛ばす。五芒の光を展開。それは宵崎の盾の上からもう一枚の盾をかぶせた。

 宵崎のとなりに立ち、彼女もまた踏ん張った。


「ふむ、なかなか手強いな」


「そーだねえ」

 最近相手取った怪異の中では、指折りだった。先の逆柱の時とは違い、純粋に力が大きい。

 敵の重圧を受け止めながら、苦笑するふたり。


「景、はぐれはやっぱりあの中?」


「うん」


 言織の問い掛けに、景が答えた。


「じゃあ、こいつをどうにするかしかないわけね」


「言織、行け」


 宵崎が、短く言い放つ。


「道は、儂が創る」


 宵崎のとなりに、景が並んだ。


「僕も妖力くらい、応援するよ」


 言織は、ロクスケに視線を向ける。意思疎通は、それで足りた。


「ロクスケ、頼むわ」


「ああ」


 答えて、その肩に飛び乗るロクスケ。その表情は、少しだけ固くなっている。彼にしては珍しい。

 宵崎は景を見て頷くと――正面に、向き直った。


「では、行くぞ」


「あいよ」


 と、言織。


「は、あああっ」


 錫杖を突きだし、声を荒げる。闇の力が集中し、前方に走った。

 言織の盾が抜けただけ上乗せになった負荷に――歯を食いしばる宵崎。その両肩に手を置く景から、かすかな光が流れ込んでいく。自身の妖力を、分け与えているのだ。


「く――ぬううっ!」


 目を見開き、


「はあっ!」


 咆哮する宵崎。

 その瞬間、闇の津波の中、人ひとり通れるくらいの隙間が生まれた。

 ロクスケと共に、言織が駆ける。



「我は、汝」


 言織が言葉を紡ぎ、


「汝は、我」」

 ロクスケが応じる。


『魂の寄る辺、命の(よすが)に従いて』


 ひとりと一匹――否、ふたりの声が重なる。


『この刹那、共に在らん』


 ロクスケが紅蓮の炎となり、言織の身体に吸い込まれていく。

 彼女の栗色の髪が、鮮やかな黄金へと転じていく。ロクスケの炎の毛並みを、そのまままとったかのように。

 瞳が金色に、ガラス玉のように透き通る。


 ロクスケと同化。

 炎をまとい、変化した言織が駆ける。


 左手を突きだし、六紋銭を展開。

 五枚を頂点に、五芒星が描かれる。その中点を、照準に――闇人形目がけて駆けていく。

 脅威を悟ってか、闇人形が身をよじらせた。新たに生まれる闇の腕。それが、言織に向かってくる。

 しかし、

 五芒の盾が、炎の飛沫を飛ばしながら弾き飛ばす。

 先ほどまでとは違う。

 紅蓮をまとった言織は、強大だ。


「そらああっ」


 そのまま突きだし、五芒にて相手を押さえつける。六紋銭の五枚が奔り、影人形を力任せに捕縛した。

 振り上げる、右拳。その先端には、六枚目。荒れ狂う炎を纏い、その一点に収束していく。それは、必殺の弾丸だ。


「――き、」


「、きぎゃあああっ!」


 影が、絶叫する。苦し紛れのか。金切声の悲鳴が、周囲を震わせた。そうして、あふれ出す闇の渦。それが、言織を覆い尽くした。 

 黒い渦、うごめく闇色の水流。

 言織の中に、流れ込む。


 それは、感情のうねりだった。

 捕らわれ、囚われた者達の悲哀の感情。そのやるせなさが、苦しみが、辛さが、痛みを伴い、彼女に突き刺さる。


 思い返して、何が悪いんだ。

 思いを馳せて、何がいけないの。

 今が、つらいんだ。とてもとても辛いんだ。

 毎日が、ぞっとする。

 明日も来ると思うと、胃がえずく。

 部屋の片隅で丸くなって、震えている。

 

 闇の少女が、喚く。

 闇の少年が、嘆く。

 闇の誰かが、憤る。

 その中に、垣間見る。

 

 ――寄る辺を失い、独り佇む幼い少女。


 彼女は、ひどく言織に似ていた。

 数年間を遡った、十にも満たぬ言織の姿。

 金色ではなく、栗色でもなく、紛れもない黒髪の、幼い言織自身。


「……うるせえよ」


 影達の嘆きを、わめきを、憤りを、唾棄して斬り捨てた。

 心の奥で、疼いた。

 悼みが痛みをともなって、ひきつれた。

 言織の中で――苛立ちが、哀しみが、ささくれ立って、食いしばった歯と歯の隙間から呼気となって漏れた。


「――いい加減、黙れ」


 今一度、振りかぶる。


「あんたは、鬱陶しいんだ……!」


 紅蓮を纏った拳を、叩き付ける。加速をともなう六枚目の霊銭は、弾丸ならぬ砲撃。



 灼紅が、黒を紅へと塗り替える。

 圧倒的に、一方的に。


 闇の少女は砕け散り、その学校も幻と掻き消えた。

 それが、当然と。

 


 怪異の終わり。

 さめざめとした月明かりの下。

 栗色の髪に戻った言織は、小さな動物を抱いていた。子猫のようで、所々違っている。

 その小動物は小さく一声鳴いて、おとなしくなった。


「安心しろ」


 肩に飛び乗って、ロクスケが言った。


「少し弱っちゃいるが、里に連れてけば、妖力も回復するさ」


「そう」


 その小動物こそが、今回の引き金であった。

 過去に想いを馳せる人間達の想念と共鳴し、異空間を作り上げた。同じ感情でつながる人間を、次々と引き込む。放置すれば、もっと強大な存在と化していただろう。

 そう。

 初期であるから、それほどの大事でもなかったのだ。

 超常とは言え、少女ひとり。

 人外とは言え、手勢は数人。

 たった、それだけで事足りた。

 小事。

 人知れず。

 しかし、確かに。

 こういった程度など、この国のあちこちに転がっている。


 けれども。

 当人達にとっては、そうではなかろう。

 子供の姿から、本来の年齢に戻っている。その場にたたずむ中に、志津美奈子の兄の姿もあった。

 彼らは、全てを理解しているわけではなかった。

 引き金となった存在を、どこかで人間達は『脛こすり』と呼んだ。

 言織達は人間界に紛れ込んでしまった彼を、同胞として保護する目的もあった――ことなど。知る由もなかっただろう。

 ただ、おおよそは知っていた。それだけで充分だった。

 自分達の夢を壊したのが、彼女達であろうことに。


「――まあ、恨んでもいいよ」


 困惑と非難のまじった視線を背中に浴びて、言織は静かに言った。


「これからの君達の人生に、何の責任も持てないしね」


 現実に、放り捨てて。

 後のことは、勝手にしてくれ――そう、言う。

 淡々と。

 冷然と。


「まあ、ただ妖怪絡み――厄怪事に巻き込まれたなら、呼んでちょうだいな」



 人外の現象。

 ヒトの手には負えない怪異。

 厄怪に絡んだ、人間を救ってくれる。

 だが、それだけだ。

 そこまでだ。

 関わった人間の心を、どこまでも救いはしない。

 その先をどうするかは、当人次第。

 それが、乾いた現実だと。

 


そう、言葉を残して――


 ――言織は、仲間とともに夜闇に消えていった。




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