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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の四「とどまりさんと、お化け学校」
22/40

 たたずむ廃ビル。

 足元には、転がる何かがあった。

 先ほど自分達を救ってくれたのはそれに違いない。

 五円玉のようだった。


「……理緒?」


 自分を抱きとめてくれた友人に、向き直る。


「よかった……」


 理緒は涙ぐんでいる。


「心配してたんだよ」


「……その、ごめん」


「ううん、もういいよ」


 頭を振って、振り返る。美奈子も追った視線の先には、こちらに近付いてくる姿があった。

 少女だった。

 栗色の髪を左右で縛っている。姿は、巫女服のような服装だった。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 理緒の言葉に頷く少女は、年下のようだった。

 それでいて、どこかふてぶてしい。奇妙な貫禄を持つ少女だった。

 何人か、引き連れている。

 傍らには、同じくらいの少女――だろうか。少年にも見える。長い黒髪が、顔の右半分を隠していた。

 それから、長身の老人。笠をまとった、これまた時代がかかった姿もあった。

 気が付けば、少女の足元には子猫の姿もあった。黄金の毛並みの、子猫。さきほどの猫に似た影を思い出して、美奈子は思わず後退った。


「……あの」


 美奈子は、事情がよくわからない。


「君も、もう少しで飲み込まれるとこだったんだよ」


 少女が言う。近くまで来ると、美奈子より頭ひとつは低い。


「友達に心配かけてんじゃねーよ」

 

 鼻を鳴らす。


「……あなたは?」


「おぼろのむすめ、だよ」


 少女ではなく、理緒が答えた。


「わたしが助けてくれって頼んだの」


 少女は、美奈子の足元に転がった五円玉を拾い上げる。よく見れば、違う。真ん中に穴は空いているが、もっと古い時代の小銭のようだった。


「この先に、閉じ込められているんだね。何人か、他にも」


 それから、少女は軽く手を振った。


「ここからは、あたし達の領分だから。ふたりは帰りな」


「はい」


 理緒は頷いて、美奈子の手を軽く引いた。


「さ、帰ろう」


 しかし、美奈子はその場から動かない。


「みーなちゃん?」


 訝しげな友人の声には答えずに、美奈子は尋ねた。


「その、兄さんを……こちらに戻すんですか?」


「ん?」


 少女――おぼろのむすめが、肩越しに振り返る。


「兄さんは……向こうの方が、幸せなのかもしれない」


 先ほどの光景が、視界に焼き付いている。

 今の現実よりも、向こうにいた方が――小学生に戻っている方が、幸せなんじゃないんだろうか。

 そう、思ってしまった。


「まあ、そうかもね」


 少女は、否定しなかった。


「要はさ、今の現実に疲れている、昔の時代に戻りたいってヒトらが集まっている領域なんでしょ? この先は」


「だったら……」


「でもさ」と、美奈子の続けようとした言葉は、切って捨てる。


「そういうの、駄目でしょ?」


「…………」


「納得しなくてもいいよ。あたしの持論だしね。でも、あたしはあたしのしたいように行動させてもらう。捕らわれてるのは、君のお兄さん達だけじゃないからね」


 どこか達観した、幼い風貌を裏切る声で言いながら、少女は歩いていく。

 ためらう美奈子の腕を、理緒が引いた。

 妖怪少女の背中を見てから、軽く頭を下げて、その場を離れる美奈子。


 ――ふたりの気配を見送ってから、


「宵崎、お願いね」


「了解でさ」


 笠の下で、赤い瞳がぎらりと光る。錫杖にて、一閃。十字に、眼前を切り裂いた。空間が薄く剥がれ落ち、その向こうより現れる。

 過去が息づく、学園の光景。

 そこに、おぼろのむすめ――言織達は踏み込んだ。


 侵入者であり、乱入者。

 当然に。

 彼女達に対して、向こう側は牙を向く。校庭を駆けていた子供達が学校の中に逃げ込み、代わりに姿を見せたのは――

 ヒト型をとった、影の群れ。地面から煙となって立ち上って、形作られる。手足がねじくれ曲がった、闇人形ども。

 無数に湧き出て、目の前に立ちはだかった。


「……参るぞ!」


 宵崎が錫杖を振りかざす。そこより生じた大質量の闇が、無数の槍となって放たれる。闇の槍が、影人形を薙ぎ払う。

 次に仕掛けるのは――黄金の毛並みの、小さき怪猫であった。


「く……ばああっ!」


 喉をのけぞらせて、くぱあっと口を開く。そこから吐いたのは、灼熱。赤い帯が周囲を舐め回す。

 ひとりと一匹の先制に、影達はあっさりと足並みを乱す。

 容易い。そこを、一直線に言織は駆けていく。

 並走する少年――景が、少女の頭上を示した。


「……管理者は、あそこ」


 拳大の赤い瞳が、すでに目的を捕えていた。


「了解」


 言織が宵崎に視線を走らせた。

 意を得たり、と小さく頷く宵崎。

 錫杖より伸びる闇の帯が、頭上に向かって伸びていく。言織はそこに飛び乗り、駆けていく。二階を乗り越えて、三階のベランダ。

 とっかかりに、つかまる。そのまま軽業のように、ひょいっと身体を持ち上げた。なんなく着地。

 景、ロクスケ、最期に宵崎。


 窓ガラスに、そっと指を走らせる。薄黒く曇っていた。手をかけるが、当然のように開かない。

 左手に、じゃらりと古銭。

 その数、六枚。五枚を窓ガラスに貼り付ける。

 五角形に並べると、それぞれの頂点から光の線が走った。五紡を描く中心に、六枚目。そっと貼り付け、右の人差し指と中指――二本の指でそっと触れる。

 何事かつぶやくと、光線に従って、亀裂が入った。割れる窓ガラス。そこから進入。

 六枚の古銭は、意思あるように彼女の左手に舞い戻る。

 先に進む。


「……こっち」


 景の指が示す先。

 言織は向かって、走る。

 横目に通り過ぎる教室。その中から、不安そうな――そして、責めるような子供達の視線が突き刺さってきた。

 自分達は、敵だ。

 彼らから、居場所を奪う略奪者。


 だから、彼らの心は当然に牙を向くのだ。


 ――その絵は、稚拙でありながら、輝いていた。

 ただがむしゃらに絵を描くことが好きだった。

 ――好きな男の子がいた。

 彼に振り向いて欲しくて、精一杯におしゃれをしただけだ。

 ――サッカーが好きだった。

 ずっとずっと、そうやって遊んでいたかっただけだ。


 ――それの、何が悪い。

 何が、いけない!


 

 いくつもの想いが、黒くよどみ、ねじれて――形を為す。

 少女の姿を取った、黒い黒い影のヒト型。

 真黒い闇を塗り固め、そこに立つ。

 言織達の前に、立ちはだかった。


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