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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪の四「とどまりさんと、お化け学校」
21/40

 喧騒から離れた、場所。

 陽の明かりは、果てに消え。夜の闇が支配する。

 怪異のはびこる時分。

 さびれた廃ビルの駐車場。みすぼらしい街灯が、お情け程度に照らし出していた。

 そこに、彼女は立っていた。

 小柄で、顔立ちは愛らしい。

 栗色の髪を左右に縛り、垂らしている。縛っているリボンは、神社などで見る、菱形を重ねた飾りを思わせる。

 プリーツスカートは、黒。のぞける白い足には、膝までの白いタイツ。

 上には、丈の短い白い上着。

 ほっそりとした腰が、際立つ。  

 中学生、いや……小学生だろうか。


「ここら?」


 鈴を鳴らすような声に、不釣合いな声色。ひどく落ち着き払った、大人びた、色褪せた響きがある。

 彼女は、独りではなかった。傍らに、同じくらいの小柄な人影。年も同じくらいだろうか。髪の長い、少女にも見える少年だった。


「妖気の残り香は、残っているね。でも、もうここにはいない」


「移動するタイプか。面倒だな」


 続けるのは、子供のような声。間違いなくヒトの言葉を発したのは、少女の頭に乗っていた――黄金の毛並みの子猫だった。

 白い折りたたみの、旧式の携帯電話。ストラップは、ロボットを模したもの。取り出して、画面を開いた。


「どう? 文華」


 そこから――ぼうっと、浮かび上がる。黒いセーラー服姿の、長い黒髪の少女。 

 高校生くらいだろうか。ただし、その大きさは携帯電話の大きさにそぐって、手の平くらいの人形サイズ。

 しかも、上半身だけ。不気味な光景ではあったが、それを気にする者はここにはいない。


「そうね」


 上半身少女――百識文香が言う。いつもと服装が違うのは、これは携帯端末専用の分身体だからである。


「あれから、新しい犠牲者は出ていないわ」


「とりあえず、一安心か。だけど、歯がゆいなあ」


「あせることはない」


 姿を見せるのは、行脚僧姿の長身の老人。笠の下で、赤い瞳がぎらつく。


「時期を待つしかないだろう」


「だな」


 子猫が頷いた。


「んじゃ、今日は帰るか」


 仲間とともに、夜闇に向かって踵を返す――言織。

 その影がゆらめいて、闇に溶け消えた。


       ◇


 それから、数日が過ぎた。

 変わりのない、救いもない毎日。

 日々のニュースと新聞で、時折事件を報じていたが、美奈子の意識には届かなかった。


「……行方不明?」


 友人から、その話題を振られるまでは。


「そう」


 ご丁寧に、新聞の切抜きを持ってきていた。理緒の様子は、いつもより深刻そうだった。


「んー」


 あまり興味もなかったけれど、目を通してみる。

 読み進むにつれて、はっと息を飲む。

 その反応が、理緒にとっては予想通りだったらしい。

 半月ほど前から、この八津代市で行方不明事件が立て続けに起こっていた。

 三日前に、四人目。昨日で五人目。

 年代は、下が十七歳で、四人目が年長で二十八歳。被害者に共通するのは――


 引きこもり。


 部屋に閉じこもったまま、外出した形跡もなく、突然として行方不明になってしまう。 家出、誘拐、諸々の線で警察は捜査を進めてはいるが――


「……!」


 美奈子の中で、当然に兄に思い当たる。


「ねえ、みーなちゃん」


 理緒も、彼女の事情は知っている。今日の話題は興味本位ではなく、心配からに違いない。


「……え? あ、ああ……怖いね」


 気遣うような理緒の言葉に、我に返り、苦笑いを浮かべる。


「あ、ああ……一時間目、数学だったけ? 宿題、やってきた?」


 無理矢理に話題を切り換える。

 そこで、それは終わりにした。


 ――美奈子の兄が、行方不明になったのはその日のことだった。


       ◇


 あてもなく、街中をとぼとぼと歩く。

 目立つので、私服姿。

 とても学校に行く気にはなれない。

 無断欠席二日目の、美奈子だった。

 ポケットの中でスマートフォンが鳴ったが、無視。

 着信相手は、多分理緒だろう。昨日の夜から、これで何度目か。


 わずらわしいと思いながら、スマートフォンを持ち歩いてしまっている。

 自分でも、よくわからない。

 空を見上げると、いつの間にか曇り空。今にも、雨が降りそうだった。春にしては、冷たい雨。気が付けば、小雨がぱらついていた。

 傘を持っていないと気付いて、手近な雨宿り場所を探そうとして――

 突然に、気が付く。


「……え?」


 そこは、人気のない場所。

 先ほどまで、にぎやかな駅通りを歩いていたはずなのに。

 さびれた、廃ビルが目の前にあった。数日前、奇妙な少女と人語を解する猫がいたその場所であるが――もちろん、美奈子に知る由などなかった。

 ただ、

 声が、聞こえた。

 楽しげな、ひどくなつかしい、声。

 じんわりと、胸がうずく。気が付けば、廃ビルがより目の前に。その窓の向こうに、人影が見えた。

 そして、足が動かない。

 身体に、力が入らない。


「……な、何?」


 動かそうとしても、言うことを利かない。利いてくれない。その場でくずれそうになり、いや、座り込んでしまう。

 恐怖に駆られて声をあげそうになって――声に、ならなかった。

 目の前に広がった光景。廃ビルのうら寂れからの、一転。

 言葉を失った。

 自分の目を疑う。

 小学校の校庭。元気に駆け回っている子供達。

 その中に、兄の姿があった。見間違えようもない、記憶にあるそのままの、小学生の時の兄だった。

 誰かが蹴ったボールが、美奈子の足元に転がってくる。


「あ、ボール取ってください!」


 小学生の兄が、声をかけてくる。

 ずいぶんひさしぶりに聞いた兄の声。今とは違う、小学生だった頃の兄の声で。

 美奈子は、目頭が熱くなる。


「……っ」


 反射的にそのボールに手を伸ばした。

 手が届くその瞬簡に、


「――みーなちゃん!」


 肩をぐいっと引っ張られた。



「……?」


 めまいがした。視界がぐるぐると転がって、校庭と廃ビルの映像が切り替わり、ごちゃごちゃになる。


「理緒?」


 振り返ると、真っ青な顔をした友人がいた。


「――そっち行っちゃ駄目だよ!」 


 必死で叫ぶ声だけは、遠くに聞こえる。

 耳がおかしくなっているのかもしれない。


「え?」


 状況がわからない。混乱している間に、今度は足を引っ張られた。理緒とは反対側に。

 足元には、ぼんやりとした影。

 子猫のような、イタチのような。

 咄嗟に逆らおうとしたが、無駄だった。自分を抱きかかえる友人ごと、そちら側に引きずられてしまう。


「……た、助け……!」


 悲鳴をあげようとした時に、唐突に――割って入る。

 軌跡を描き、足元のまとわりついていた煙のような何かに、ぶつかって爆ぜる。

 その衝撃に軽くよろめいて、踏みとどまると――



 光景は、元に戻っていた。


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