一
本格更新は、3月11日ですが、もうちょっと冒頭をアップしておこうと思います。
閑静な住宅街。
とは、言えず。
周囲は鬱蒼とした森に囲まれ、開けた空間にその家はあった。
まるで、どこぞの武家屋敷。時代錯誤も甚だしい。豪華な造りの、昔ながらの風情と貫録を持ったお屋敷だった。
位置的に、在りえない。
八津代市。
都会からは外れているが、それなりに住人は多く、そこそこに発展してなくもないそんな街。
その町のどこにも存在してないはずなのに、確かにそこにあるのだった。
迷い家。
時に、そう呼ばれる怪異の家。妖怪じみた存在であり、常人ではまず辿りつけない領域に、その家はあった。
畳張りの広い部屋。ぽかぽか陽気が差し込んでいる。
ノートパソコンが置かれた、黒い立派なちゃぶ台。
そこに、だらしなく両手を投げ出して突っ伏している――ひとりの少女の姿があった。ノースリーブの桃色のワンピース。下は水色のティアードスカート。
髪は栗色。長い髪を、左右に縛っている。
ほっそりとした身体つきで、小柄だった。女性としての華やかさには程遠く、愛らしさが先だつ少女。
小学校高学年くらいだろうか。
奇しくも、先日に怪談話で盛り上がった小学生達と同年代に見える。
まあ、それほど大きな奇遇でもないだろう。
黙って居住まい正していれば、目を見張る美少女であったが――
「あ~んむ~」
可愛らしい顔立ちをだらしなく歪めて、眠そうな声を漏らしている。
「おいおい、ちったあしゃんとしろよな」
鈴を鳴らすような声。
どこか残念な美少女は半開きの瞳で、横目に見やる。
視線の先には、一匹の子猫。
黄金にも似た見事な毛並み。生意気そうな表情が、やたらに人間くさい。
そして――猫が、しゃべった。
その子猫は、明らかに人語を解していた。さも当然と。
もっとも、それを驚くモノはここにはいない。
「仕方ねえじゃん。昨日、遅くまでゲームやっててねみーのよ」
ふああ、と大きな欠伸。ぞんざい口調で、言い捨てる。
「景の奴、随分とむきになるからなー」
「それは、君だろう?」
ぼそり、と声。
向かい合って座っているのは――少年、だろうか。紺色の上下のスウェット。ほっそりとした身体つきや顔立ちは、少女にも見える。年の頃は、少女より少し上といったところか。
長い黒髪は肩にかかり、左半分を隠していた。覗ける右目は、少し冷やか。景と呼ばれた――一野儀景が、続ける。
「何度負けても納得しない。上達するならまだしも、力押ししかしないんだから」
「仕方ねえさ」
子猫が、笑う。
「そういった手のゲームじゃあ、言織は単純だからな。いちいち戦術なんて、考えねえよ」
「うるさいなー」
言織と呼ばれた少女が、ぼやく。
手にするのは、カードの束。色々なイラストが描かれていた。
いわゆる、カードゲームである。
その中から一枚を取り出した。キラキラ輝くレアカード。画かれているイラストは、中世の騎士を思わせるフォルムのロボットである。
「やっぱり、こういうカードでガツン、と戦うのが爽快じゃん? ちまちまやるのは、あたしのガラじゃねえの」
「ガツンと、やられてちゃ意味ねえぜ」
「盛り上がってるところ、いいかしら?」
涼やかな声が、割って入る。
ちゃぶ台の上に置かれていたノートパソコン。
声は、そこからだった。画面には、ひとりの少女の姿。青みがかった長い髪、桃色の着物。肩から背中にかけて、巻物のようなものが、ふわふわと浮いていた。
一六、七ほどだろうか。なかなかに綺麗な少女だった。
「事件が、起きたみたい」
しかし。
何と――上半身だけを、その画面から浮かび上がらせているではないか。まるでどこぞのホラー映画のごとき、光景。
二度繰り返すが、驚くモノは誰もない。
ここは、迷い家。
ある種の、妖怪。
当然に、住人もまた同様。
そこに住まう者も、普通の人間ではない。
もちろん言織も、縁側で日向ぼっこをしながら胡坐をかいて、静かに本を読んでいる老人も、誰もが普通の人間ではなかった。
この場にいる、四人と一匹。
誰もが、常を外れた存在。
すなわち、人外。
その仔細を語るのは、もう少し先になろう。
まずは、上半身少女の言葉を訊くのが先決。
「――事件?」
言織が、眉をそびやかす。
「東小、知ってる?」
「あー、あそこか」
「何が、ロクスケ?」
――ロクスケ。それが、子猫の名前のようだ。
「確か、旧校舎があったよな。俺らの仲間がいたはずだけど……まさか、そこで何かあったのか?」
「そうみたい」
と、少女。
「どんな奴なの?」
言織が訊く。
「んー、おとなしい奴のはずなんだが」
「さすがに、怒ったんじゃないかしら」
少女が手をかざすと、そこに浮かび上がる画像と文字の羅列。どうやら、インターネットの画面のようだった。
「小学校に通う子供たちの、ブログやツイッター。ほら、見て? ここ最近、旧校舎の怪談って話題になってるわ」
「ねえねえ文香ー、前置きいいからさあ」
めんどくさそうに――いや、実際めんどくさいのだろう、言織が手を振った。
「とりあえず、結論を言っておくれよ」
「……実もふたもないわね」
上半身少女――百識文香は、少し仏頂面になった。
「わりーけど、寝不足で頭が働かねえのよ」
またも、大きな欠伸をひとつ。
「仕方ないわね」
文香はため息をつきながらも、
「子供たちが、行方不明になったみたいよ」
そう言った。