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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス
怪の壱「黒うねりの儀式」
2/13

 放課後。


 ひとりで帰ろうとしていたら、下駄箱近くで呼び止められた。

 静香だった。となりには、洋子。

 少し離れた場所に、理恵が立っている。


「……な、何?」


 また意地悪をされるのだろうか。身構えてしまう茉莉。

 そんな彼女に、静香は満面の笑顔を浮かべて近付いてきた。あからさまな、わざとらしすぎる笑顔。洋子もまた似たような表情だった。


「あはは、そんなに警戒しないでよー」


 馴れ馴れしく、肩に腕を回してくる静香。思わず振りほどきたくなるのを、我慢した。


「これまで、からかい過ぎたかなと思ってさ。悪いと思ってるのよ」


「そーそー、うちら反省したの」


 相槌を打ってくる洋子。あまりにも白々し過ぎる。


 理恵の複雑そうな視線が、茉莉の感覚の正しさを告げていた。

 けれども、茉莉は甘い。お人よし過ぎるのかもしれない。

 だからこそ、静香たちに目をつけられたのだろう。


「でさ、面白いおまじない見つけたんだよ。これから、一緒に遊ぼうよ」

 

 そんな静香の言葉を――わずかでも、信じかけてしまうのだから。

 

      ◇


 連れてこられたのは、三階の空き教室。

 生徒が多かった頃は、普通に使われていた教室だ。今は、使われなくなった椅子や机が詰め込まれている。他にも古い教科書や資料のたぐいが積み上げられた――半ば物置きと化している部屋だった。

 一応は、立ち入り禁止となっている。だからこそ、恰好の場所だったのだ。人目を忍ぶには最適の――


 教室の半分ほどは空いていた。

 そこに机をふたつ並べて、囲むように四つの椅子を置く。そして、中央に一枚の紙を置く静香。

 それは、こっくりさんという儀式に使うそれに似ていた。神社の鳥居の模様が上部に描かれ、あとはひらがなで長々と呪文のようなものが書かれている。


 狐狗狸さん。

 いわゆる降霊術である。海外より伝わり、オカルトブームの日本でも大流行した。

 実際に低級霊を呼び出してしまったり、自己暗示のせいで発狂してしまったり――ろくな目には遭わない。

 手軽に行える危険な遊びで、かつて小中学校では禁止されていた。そのことを知っているわけではなかったが――茉莉は空恐ろしいものを感じていた。


「……ね、ねえ。これ何?」


 不安そうな茉莉に、静香はにたりと笑う。嫌な笑顔だ。


「この本に書いてあったのよ」


 手に持つのは、真っ黒い装丁の薄い本。表紙には何も書かれていない。奇妙な動物のような模様が描かれているだけだ。


「図書館で見つけて、面白そうだったから」


 ――くろうねりの儀式。

 静香は、そう言った。

 その本には、怪しげなおまじないや儀式のたぐいが書かれていた。そのひとつに、目をつけた。


 その儀式で呼び出される『くろうねり』という存在は、何でも質問に答えてくれると言うのだ。


「…………」


 黙ってしまう茉莉の右手首に、洋子が黒い紐を巻いてくる。


「え? 何なの」


「いいから、いいから」


 ますます不安になってくる茉莉に、無責任に笑う洋子。

 助けを求めるような視線を、正面に座った理恵に向けるものの、気まずそうに逸らされてしまう。


 嫌な予感は膨れ上がり、そして――それは正しかった。

 茉莉は自分の甘さを呪う。

 後悔した。けれども、遅い。


 四人は紙の上で右手を合わせる。黒い紐を巻かれた茉莉が一番下で、順番に静香、洋子、理恵と重ねられていった。


「さあ、いくわよ」


 静香の合図で、呪文を唱える。茉莉以外の3人が。

 静香と洋子はノリノリで。理恵は、気が進まない感じで。


『くろうねりさん、くろうねりさん、おいでください。くろうねりさん、くろうねりさん、おいでください』


 別に、静香と洋子は信じていたわけではない。最近まんねりになっていた茉莉へのいじり――と言うには多分に悪質な――に、気分を変えてみようと思ったくらいだ。その程度で、だからこその浅はかさ。

 時として、その無知が怪異への扉を開く。


 ――彼女達が思い知るのは、すぐのことだ。


 呪文は、続いていく。


「……くろうねりさん、おいでください」


 気が進まないながら、静香と洋子に視線でつつかれて、茉莉も口にする。10回ほど繰り返しただろうか。



()()()()()()()()()()()()


 静香と洋子がそう言うと、茉莉は言葉を失った。


「……え」


 ()()()()()()()()()()()――黒い紐に目を落とす。その意味がわかったからだ。

 そんな様子の茉莉を、にやにや見て笑うふたり。

 理恵は気まずそうに、視線を逸らした。彼女も知っていたのだろう。呪文の内容を、あらかじめ。


 ――くろうねりさん、おいでください。くろうねりさん、おいでください。

 生贄に、黒い右手を捧げます。


「…………」


 儀式は終わった。

 教室に静けさが落ちる。

 何も起こらない。

 当然と言えば、当然。こんな儀式、ただの悪ふざけ。信じていたわけでもない。予想通りの結果だ。

 けれども――

 静香がつまらなそうに、つぶやいた。


「何だ、やっぱり何も起こらないの」


「こんなもんでしょ」


 洋子が肩をすくめる。思ったよりもつまらなかった。ほっと胸を撫でおろす理恵とは対照的に、ふたりは興覚めした空気。

 茉莉は何とも言えない精神状態のまま、押し黙っている。

 右手首。明らかに、自分のことだ。いい気分なわけがない。不意打ちに、恐怖も覚えた。そうして、段々と怒りと哀しみの感情も湧き上がってくる。



「あーあ、つまらないのー」


 静香は立ち上がった。


「もう少し、面白いと思ったのにね」


 洋子も続いて、席を立つ。

 理恵と――茉莉は、まだ座ったままだった。

 ふたりは互いに気まずそうに、視線を逸らす。教室の4人は、対照的な二組に分かれていた。


 このままお開き。

 いじめじみた悪ふざけは、こうして終わる。

 そしてまた、静香と洋子は次の嫌がらせでも考えるのだろう。茉莉の息苦しい日々は――こうやって続いていく。


 それが、日常の世界。

 そのはずだった。

 誰もがそう思った。

 けれども、そうはならなかった。

 

 ――なぜなら、そうすでに。

 彼女達は、世界を踏み外していたのだから。



「……!」


 初めに気が付いたのは、誰だったか。

 最初は、気のせいだと思った。


 空気を切り裂くような音。火花が弾けるような音。

 誰もいないはずの部屋で鳴る、家鳴りだ。それは、木材が収縮する際に起こるもので――木造住宅でたまに見られる。そのほとんどが、ただの自然現象。全てが怪異によるものではない。


 そう、ただの自然現象。

 もう明らかに気のせいではなくなっていたが――それでも、彼女達は常識に当てはめようとしていた。


 認めたくはないのだ。

 それまでの常識が壊れてしまうその瞬間は。

 意識が拒むのだ。

 未知なるものが、現実になることは。


「ひっ!」


 悲鳴は、洋子のものだった。もはや、さしたる違いはないだろう。もう誰もが、同じ思いになっているの

だから。それは、恐怖にひきつった表情だ。


 音が大きくなっていく。

 まるで、何かが近付いてくる足音のように。

 何か、とは――『くろうねり』に他ならない。呼び出す儀式をしたのだから、当然にやってくる。


 静香は半狂乱になって、ドアに駆け寄った。

 ガタガタ動かすが、開かない。鍵が閉まっているのだろうか。閉めた覚えのない鍵が。慌てて内側からの鍵をいじるが、開かない。

 いや、動かないのだ。まるで凍り付いたように、微動だにしないのだ。そんなことは、ありえない。


「……な、何で! 何で開かないのよ!」


 悲鳴のような絶叫を張り上げる静香。


「こ、こんなの噓でしょーっ!」

 

 洋子は頭を抱えて、椅子から飛びあがった。茉莉と理恵はお互いに抱き合い、小刻みに震えている。教室内の恐怖がふくれあがり、まさに最高潮――天井から生じたのは、真っ黒い何か。煤のような、靄のような得体のしれない何か。それが、ぐるりと周囲を回って――机の上に停止した。

 茉莉と理恵も机から離れて、距離を取った。

 ちょうどおまじないの紙の上に、その黒いモノは浮かんでいる。


『やあ』


 と、かすれた声でそれは挨拶をしてきた。

 口のような亀裂が入り、ぎょろりとした金色の瞳が現れる。まるで猫のような瞳。だが当然に、そんな愛らしさは微塵もない。


 その黒いモノ――『くろうねり』は、自分を呼び出した四人を一通り見回した。





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