三
「おい、翔太」
正志が、となりの翔太をつつく。ちょうど対戦がひと段落したタイミング。翔太は正志の視線の先を追って、言わんとすることを悟った。
「誠治君」
翔太の顔色も複雑そうだった。
「どうかしたの?」
景が勘付いて、声をかける。
「みゅ?」
言織も意識を向けた。
「やあ、久しぶりだね」
誠治が、こちらに近付いてきた。
周囲が遠巻きになる。
何だろう、この微妙な空気は。
言織と景は、顔を見合わせた。
「珍しいね。君がここに来るなんて」
「まあね」
友好的な翔太に、誠治はどこか冷ややかだ。
「折角だし、対戦しようよ」
「まあ、いいよ」
その誘いに、一応は応じる誠治。正志が席を立って、譲る。
「知り合い?」
近くに移動してきて立つ正志に、言織は訊く。
「まあね」
彼は心なしか、小声で答えた。
「少し前までは、結構ここに来てたんだけどな」
「ふーん」
言織のとなりで、景は顔色を変える。
『スリー・ファイブでいいよ』
翔太にそう言う誠治の言葉を聞いたからだ。
「スリー・ファイブ?」
小首を傾げる言織に、説明する景。
「普通はデッキ五と五で戦うだろ? それを三対五で戦うってこと」
「それって、どのくらいのハンデなん?」
「僕が、言織相手に負けるかもしれないくらい」
「そこはかとなく、馬鹿にしてないか?」
「あからさまに、馬鹿にしている」
景の毒舌に、言織はむうっとしかめ面になる。
翔太と誠治の試合を見守る。
戦力差などものともせず、一方的に試合は進んでいった。
誠治の手札に、容赦はない。一方的な展開だった。正志や、ちらほら集まっていた他の子供達も顔をしかめる。
「どうなのさ?」
景に小声で尋ねる言織。
「ひどいね」
苦虫をつぶしたように、景が言った。
「これは、ゲームじゃない。ただの作業だよ」
勝利と言う結果に向けて、手札を遂行していくだけ。
そこに、盛り上がりもわくわく感もありはしなかった。
「はい、終わり」
「あはは、負けちゃったよ」
つまらなそうな誠治の言葉に、翔太は乾いた笑いを浮かべる。
「弱いよ。話にならない」
突き放すように、誠治は言った。
「そういう言い方はないだろ?」
翔太の代わりに、正志が身を乗り出した。
「強くなったのは確かだけどよ。おまえ、性格悪くなったよな」
憤慨する。
「言い過ぎだ」
「弱いから、弱いって言っただけだよ」
誠治は平然としている。頭一つは高い正志を前に、臆した素振りもない。
「と言うか、久保田君。杉本とそんなに仲良かったっけ? 君こそ、彼を馬鹿にしていたと思うけれど」
「色々あったんだよ」
正志は眉をそびやかす。さすがに、詳しいことを言うわけもいかない。
「それよりも、翔太に謝れよな」
「正志君、僕は気にしてないよ」
なだめる翔太。
「実際、僕がてんで弱いのは確かなんだし」
「だろう?」
小馬鹿にしたように笑う誠治。
その様子に、言織が唇を尖らせた。
「こいつ、むかつくわね」
「そこの君、文句でもあるの? だったら、これで主張してみせなよ」
カードデッキをこれ見よがしに、見せつける。
悔しいが、言織の実力では主張できない。
こうなったら――
「景、やっちまえよ」
「ふうん?」
言織の言葉に、誠治は景に視線を向けた。
「君が、僕の相手をしてくれるのかい?」
その挑発に、
「……気が進まないな」
景は気乗りしないようだった。
「景?」
怪訝そうな言織。
誠治は勝ち誇ったように、
「まあ、負けるのがわかりきっているんだからね」
言葉を重ねてくる前に、言織と正志はますます不愉快そうな表情になった。
「さっきのゲームを見ていたんだけどさ」
冷静な口調で、景は言った。
「君は、ちっとも楽しそうじゃなかったよ」
「……何だって?」
「これは、ゲームだよね。ゲームってさ、楽しむものじゃないの? お互いにさ」
「負ける言い訳かい?」
「まあ、勝つに越したことはないけどね。君、勝利にこだわりすぎてない? 勝負でしょ? 勝ちも負けもある。その過程を、結果を楽しむのが、ゲーム」
そこで言葉を切り、ため息をついてみせた。
「正直、君と戦っても楽しめそうもない。たとえ僕が勝っても、虚しいだけな気がするよ」
「随分と自信家みたいだね?」
誠治の顔色が、変わる。
「君と同じくらいには」
景の言葉は、明らかな挑発だった。正志と翔太は顔を見合わせる。どこか居心地の悪い空気は、周囲に広がっていた。
「空気を悪くしちゃったね」
すまない、と詫びて。
景は立ち上がる。
「言うだけ言って、逃げる気かよ」
誠治が、肩をつかもうと手を伸ばす。景はそれをするりとかわして、
「仕切りなおそう」
向き直って、口を開いた。
「明日の夕方は都合がつく? 僕の家で、戦おうじゃないか」
◇
「あれって、やっぱりさあ
帰り道、言織が訊いてくる。
「言織も、気が付いた?」
景の声音は、少しだけこわばっていた。
「もしかしてと思ったんだけどね」
「まあ、微弱な妖気だったからね。佐々木君、だったけ。彼――憑かれているよ」
――はぐれ、にね。
はぐれ。
隠れ里より、人間界に飛び出してしまった妖怪。その中には、本来の姿を見失い、特定の人間に憑りついてしまうことがある。
それが、はぐれ憑き。
言織達の責務は、はぐれとなった仲間の保護だ。
「昔の馴染みだよ」
「どんな奴?」
「悪い奴じゃないけどね。今の状況は、好ましくない」
対象者の精神と絡み合ってしまい、両者に悪影響の、そんな悪循環を繰り返してしまう。
「僕が、何とかするよ」
「珍しく、強気じゃん」
「まあね」
一行の中で、あまり行動的ではないのが彼だった。元々、後衛担当。前線は、言織とロクスケの役目だ。
「ただ、今回のケースは僕向きだと思うよ」
「どうすんの?」
言織の問い掛けに、
「簡単さ。『G・D』で勝てばいい」
景は、自信ありげに薄く笑って見せた。