二
「みんなー、お昼ができたよー」
文香の声が、響き渡る。
思い思いに過ごしていた面々は、居間に集まった。
「今日は、特製カレーだよ」
「わーい、カレーだ」
言織は喜んだ。
「晩御飯は、お昼の残りよ。めんどくさいから」
「うえーい、カレーだ」
言織は、ちょっとへこんだ。
迷い家での食事当番は、主に文香である。
ノートパソコンを本体とする彼女であったが、家の中ではどこにでも移動可能。台所で上半身だけで料理する光景はまんまホラーであるが、別に誰も気にしない。
料理の腕は、かなりのものである。そもそも書物の類いを住み家とする彼女には、数百を超える料理のレシピが叩き込まれているのだ。料理屋を開いても、そこそこに繁盛するだけの実力は持ち合わせている。
やらないけれど。
食事を終えてからは、またも自由時間。
厄怪絡みの事件が起きない限り、言織達は自由気ままに過ごしている。仕事も勉強もない。日々を忙しく過ごす人間達からすれば、羨ましいことこの上ないであろう。
「それじゃあ、出かけてくるよ」
食事を終えて後片付けを手伝った景が、玄関に向かう。
「言織も行くよね?」
「んー? ああ、今日は火曜だっけ」
ロクスケと共に寝転がっていた言織は、跳ね起きた。
毎週火曜日。
一カ月ほど前から、言織と景は連れ立って、ある場所に向かうのだった。
迷い家を出て、通常の道に出る。
普通の人間が行きかう道である。そこを歩いていく言織と景。その姿は、違和感がなかった。問題なく人間社会に溶け込んでいる。
向かう先は、とある中古ショップ。ゲームやプラモ、玩具を取り扱っており――『G・D』の対戦スペースもあるのだった。毎週火曜日と日曜日の午後三時に、子供(時に大人も混ざる)達が集まり、対戦を楽しむのだ。ふたりはまだ参加していないが、二か月ごとに大会も行っているらしい。
景ならきっと、いい線まで行くだろう。組み合わせによっては、優勝できるかもしれない。
それだけのプレイヤーになっていた。
言織は絶対、初戦敗退だろう。組み合わせによっても、期待はできない。
それだけのプレイヤーのままだった。
◇
途中でコンビニに寄り、新作カップラーメンのチェック。ロクスケの好物なのだ。猫なのに。
本屋にも寄り道。文香が推していたネット小説の書籍版が、店先に平積みされていた。帰りに買っていこう。
「そう言えば、トアールのシュークリーム最近食べてなかったね」
「そうだね」
言織のつぶやきに、頷く景。
駅前の大型スーパー。その店舗内に、シュークリーム屋さんがあった。少し遠回りだが、帰りにでも寄って行こう。あそこの抹茶味は、宵崎のお気に入りだった。
基本的な食材は、迷い家の無限冷蔵庫で賄える。前夜に希望する食材を書いて入れておくと、次の日の朝に新鮮な食材が入っているのだ。
とはいえ補給される食材には、限度がある。一般的な米や野菜、魚ならばまず問題ないが……特殊な調味料、人間界で販売される特定食品、古来より馴染みの薄い西洋菓子は無理である。
「お金、今月はどのくらいある?」
景が訊く。
「んー、あと二万ってとこか」
ちなみに言織達のお金は、きちんとしたものである。間違っても、実は葉っぱとかではない。昔話の狐ばかしではない。隠れ里には住まう金霊という妖怪から、毎月一定の金額を受け取っていた。人間界におけるおこづかいである。
もちろん、人間社会の経済に影響を与えないよう、最小限なので問題はない。
そんなこうだで、目的地に着いた。
店の時計を見ると、三時半。学校帰りの子供達で、あふれかえっていた。そこに混ざって、リュックを背負った二十過ぎくらいの青年もいた。
「あ、こんにちは」
「今日も来たんだな」
言織と景に話しかけてくる声があった。小学生の二人連れ。おとなしそうな小柄な少年と、気の強そうな大柄な少年。杉本翔太と、久保田正志。半月ほど前、とある事件で知り合った小学生だった。
ちなみに、その事件をきっかけにこのふたりも仲良くなったらしい。
「よお」
「どうも」
言織と景も、それぞれ答える。
「対戦しようぜー」
「いや、まあ……いいけれど」
言織の誘いに、正志は苦笑しながら答えた。
「手加減しなくていいからね」
翔太と向かい合って、となりに並んで座りながら、景が声をかけた。
「うるさいなー」
「言織さん、やっぱり今日もソルジャー縛りか?」
景を横目で睨み付ける言織に、正志は訊ねた。
「決まってるじゃん」
「……はは」
渇いた笑いで、肩をすくめる正志。
目の前の少女は、半月前の旧校舎で知り合った姿からは想像もできなかった。可愛くはあるが、普通の少女。怪異相手に大立ち回りを演じていた少女とは思えなかった。
「じゃあ、こっちも始めよう」
「いいよ」
景と翔太もカードを取り出した。
備え付けのテーブル。対戦台紙が広げられている。
二組はほとんど同時に、勝負を開始した。
数分後。
あっさり撃沈した言織が、頭を抱えている。予想通りの結果に正志は苦笑いをしながら。となりの対戦を覗いた。気が付けば、そこそこのギャラリーもできている。
景は新規プレイヤーながら、注目を集めている。
翔太は決して強くない。中の下、程度だろう。
早くも劣勢であったが、楽しそうにゲームを進めていた。景は強いながらも、そうでないプレイヤーを馬鹿にしたりはしない。一方的なゲームメイクをすることもなく、純粋にこのゲームを楽しんでいることが伝わってくる。
言織相手には毒舌を吐くが――まあ、それは気の置けない間柄だということであろう。 観戦していると、ふと店の出口あたりでざわめきがあった。
何だろう。
立ち上がって首を伸ばすと、見知った顔があった。
同じ学校。
以前はよく、ここでも出会っていた。
たびたび対戦もしていたし、比較的仲もよかったのだ。
それが、最近ではあまり見かけなくなっていた。
佐々木誠治。
「……誠治」
正志は、複雑そうにその名前をつぶやいた。