一
今回は、カードゲームのお話です。
――また、負けた。
完膚なきまでに、徹底的に、言い訳の余地もないほどに。
(……僕は、負けたんだ)
がっくりとうなだれ、両手を床につく。目の前に散らばる、数枚のカード。それが、勝てなかったカードのデッキである。
「……ちくしょう」
佐々木誠治は、歯を食いしばる。小学五年生。背も顔立ちも平均的で可もなく不可もなく――そんな少年だった。
彼は、その表情を悔しさに歪めていた。
そう、悔しい。
悔しいのだ。
『G・D』と呼ばれるカードゲーム。今、クラスでもブームだった。
少し前までは、中堅クラス。勝ったり負けたりを繰り返していたのだが――最近は、ちっとも勝てなくなっていた。
そして、今日も負けた。
それも、ほんの数日前に初めてばかりの初心者に。
「……くそっ、くそうっ」
悔しかった。
どうしようもなく、悔しかった。
何もかもが真っ白で、意識は絶望に塗りつぶされる。
情けなく、哀しく、心が押しつぶされそうだった。
「……強く、なりたい」
食いしばった歯と歯の隙間から漏れ出でる、心からの声。
「俺は、強くなりたい」
薄暗い、独りぼっちの部屋。
ぼんやりとした灯りが、誠治の頭上に降りてくる。
――繰り返すが、今回はカードゲームのお話です。
◇
『G.D』
正式名称、ガーディアン・デュエル。
最近、流行っているカードゲームである。
迷い家の住人のひとり、一野儀景も少しかじっていた。そもそも、彼はゲームが大好きである。もっともコンピュータゲームではなく、アナログ系のゲームを好む。
迷い家の居間。
ちゃぶ台の上で、景と言織はくだんのゲームに興じていた。
互いに組んだデッキを交わし、先に相手のポイントを全て奪った方が勝ちとなる。
三種類のデッキを組み合わせ、順番に競わせていくのが特徴だった。それぞれのデッキに特性を持たせ、様々な 戦術を駆使して闘うのである。
主に、攻撃力。
高いパワーを生かし、相手に大打撃を与える。ソルジャーデッキ。
主に、機動力。
手数を生かし、相手から確実にポイントを奪う、ドライバーデッキ。
主に、特殊能力。
色々な効果を生かし、前後の戦いを左右する、ソーサラーデッキ。
その三種類で、五つのデッキを作り、十枚×五で戦うゲームである。
「じゃあ、始めようか」
少し疲れた声の、景。
『ソルジャー』
『ソルジャー』
『ドライバー』
『ソーサラ―』
『ソーサラー』
攻防バランスの取れたデッキである。
「今度こそ、勝つぜ!」
鼻息荒い言織の、デッキ。
『ソルジャー』
『ソルジャー』
『ソルジャー』
『ソルジャー』
『ソルジャー』
攻撃偏重のデッキである。
と、言うかそれしかない。
「だから、もうそれはやめろって言ってるだろう?」
「うるさいなー、やってみなければわからねえ!」
「いや、わかるんだって」
疲れたように――ではなく、明らかに景は疲れていた。例えるなら、勝てもしない勝負をうんざりするほど挑まれてげんなりしているような――例えるまでもなく、それそのまんまである。
「火力重視で、戦術も何にもない。はっきり言って、ゲームにならないんだよ」
「何でだよー、勝負できる奴もいるんだろ?」
「君には無理」
ぶうたれる言織に、景は素っ気なく言い放つ。
「上級者でも、扱いが難しい組み合わせなんだよ。と、言うか。ソルジャー重視って言っても、ふつーひとつは他のデッキも入れるから!」
「うるさい! さあ、勝負だ勝負だ!」
熱くなる言織と、対照的に冷ややかな景。
「言織は、なぜあの組み合わせにこだわるのだ?」
様子を見守っていた宵崎が、傍らの文香に尋ねる。 彼女の浮かび上がるノートパソコン――その近くで丸まっていたロクスケが、欠伸混じりに答えた。
「始めたばっかりにな、たまたまその無謀なデッキとやらで勝っちまったのさ」
それはそれは、圧倒的に、一方的に、爽快な勝利だったと語ったそうな。
「んで、そん時の勝利にはまっちまったんだろうなー」
「……言織ちゃん、絶対にギャンブルはやってはいけない性格だね」
文香が、複雑そうな顔でつぶやいた。
「つーか、おまえも一役買ってるだろうが」
ロクスケのぼやきに、口元がひきつる文香。
さもあらん。
立体映像を駆使して、カードの戦闘シーンを煽りまくった。派手な音楽や効果音で盛り上げまくった。
言織の初戦勝利を印象づけた戦犯は、間違いなくこの文車妖妃である。
「メモリーは削除されているわ」
「嘘つけ」
ビギナーズラックという言葉がある。初心者がギャンブルで、たまたま大勝ちをしてしまい、その味を忘れられず、無謀な勝負に挑み続けるのだと言う。
今の言織は、それに似ていた。
むしろ、まんまだった。
「勝つ! 今度こそ勝つ!」
そして、当然にまた負けた。
「うーわー! なぜ勝てないのじゃー!?」
頭を抱えて絶叫する。
呆れたように、景はため息をついた。
「うー、もっかいもっかい」
「はいはい」
文句を言いつつ、付き合いのいい景であった。
「なかなかに興味深いな」
興味を持ったらしい宵崎が、ルールの書かれた冊子を手に取った。
「せっかくだし、儂もやってみるかな」
「まあ、覚えても言織とは勝負しないでやれよ?」
と、ロクスケ。
「さすがに、酷ってもんだろうぜ」
それから一時間後。
覚えたての宵崎に惨敗を喫し、畳の上を転がりまわる言織の姿があった。
とりあえず――
今日の迷い家、怪事件もなく、一応は平穏無事だった。