二
このふたりは、戦闘訓練。
更に言うならば、言織の相手をするのが宵崎なのであった。
茉莉達に言ったように、言織はまだ妖怪としては未熟なのである。そのため、妖力を高めるべく、日課をこなしているのであった。
「では、行くぞ」
宵崎の宣言。錫杖の飾り輪が、揺れる。応じるように、足元にわだかまった影から伸びる――漆黒の槍。
それが、一斉に言織に襲い掛かった。
「!」
長刀を抜きながら、言織は右に跳んだ。狙いを逸れた槍は、そのまま鋭角に曲がってくる。
読んでいた。着地と同時に、太刀を薙ぐ。一撃目を撃破。黒い飛沫となって、空間に溶けていく。二撃目を返す一線で、また撃破。続く三撃目を、駆けながらの耐性でまた撃破。
「……くっ」
更なる追撃、四撃目は苦しい。言織は半ば倒れるように転がりながら、距離を取った。
起き上がりながら、何とかそれも撃破。
――五撃目。
「くそっ!」
無茶な一刀では、捌ききれなかった。押されて、大きく体制をくずしてしまった。
そのまま尻もち。その先は、対処できない。
槍が、言織の肩口に突き刺さる。
「……あう」
血は、出なかった。
彼女の身体を抉ることはなく、空気のように入り込む。それでも、痛みは感じるようで――小さな悲鳴をあげる言織。
「ふむ」
宵崎は錫杖を回して、言織に刺さった槍を引き抜いた。傷跡は、当然にない。他にも数本、追撃用にと展開していた槍も自身の足元に回収した。
「初撃はうまく対処できたが、五撃目。無理にさばこうとせず、防御か回避に専念すべきだったな」
「はーい」
冷静な分析に、不承不承ながらも受け入れる言織。
「ちくしょお、まだまだ全然だね」
へたり込んだまま項垂れる彼女に、宵崎は続けた。
「そんなに悲観することもない。言織は、確実に妖力を増している。そもそも儂やロクスケ殿に、数年で追いつくなどありえぬことだ」
妖怪としての力は、存在してきた年月によるところが大きい。宵崎は数百年、ロクスケに至っては千年以上。まだ妖怪としてたった数年の言織が、遅れを取るのは当然であった。
だからこその、日々の訓練。彼女はこうやって、自身の妖力を高めているのである。
「ふう、今日も疲れたー」
特訓を終えて、ひと風呂浴びる。それから昼食で、午後は自由時間。それが、平穏な一日の流れであった。
そう、何事もなければの話――
「言織ちゃん」
昼食を運んできた文香が、神妙な声をかけてきた。ちなみに、今日は中華である。昨日は洋風だった。朝食と夕食は和食メインだが、お昼は色々と文香が挑戦する。それは、さておき――
「どうしたの?」
彼女の雰囲気に、何かを感じ取った言織。表情が険しくなる。その空気は、食事に集まっていた他の面々にも伝染した。
「事件が、起こったかもしれないわ」
電脳世界を見回った文香が、何かを掴んできたようだ。珍しいことではない。
「もし疲れているみたいなら、無理しなくてもいいわよ? ――ねえ」
そう言われて、頷く景とロクスケ。
今日の言織は、いつもより特訓に熱が入っていたようだ。体力の消費も、大きかったであろう。
文香の気遣いは素直に受け止めて、首を振った。
「大丈夫。本当にやばかったら、ロクスケ達がいるんだし――やってみるよ」
日々の特訓。それだけではなく、これもまた必要なことなのだから。言織が妖怪として成長するために。
「で、何があったわけ?」
言織の問いかけに、文香は話し始めた。
「K市の東小、知ってる?」
「あー、あそこか」
それだけで、ロクスケは思い当たったようだ。
「確か、旧校舎があったよな。俺らの仲間がいたはずだけど……まさか、そこで何かあったのか?」
「そうみたい」
と、文香。
「どんな奴なの?」
言織の知っている妖怪ではないようだ。
「んー、おとなしい奴のはずなんだが」
「さすがに、怒ったんじゃないかしら」
文香が手をかざすと、そこに浮かび上がる画像と文字の羅列。どうやら、インターネットの画面のようだった。
「小学校に通う子供たちの、ブログやツイッター。ほら、これ見て? ここ最近、旧校舎の怪談って話題になってるわ」
「おー、何だか懐かしいな」
どこかしみじみと、ロクスケ。
「どういうこと?」
言織が訊ねる。先ほどから、疑問が続くようだ。これも彼女の妖怪としての若さゆえだろう。
「あー、おまえには馴染みないか。昔はな、学校とかにはお仲間がたくさんいたのさ」
いわゆる学校の怪談。
有名どころでは、トイレの花子さんなどだろうか。名前の通り、学校のトイレに居つく怪異の少女。他にも学校の七不思議など、その手の話題が多かった。殺されるとか行方不明になるとか、物騒なたぐいも多かったが――実際に被害が出たケースはほとんどない。それこそ、人間社会の事件よりも低かっただろう。
彼らはあくまで驚かすことが目的で、本当に危害を加えることは稀だった。
それでも、悪戯が過ぎて今は全員――隠れ里にて軟禁状態に近い。いわゆる罰である。もっとも、今の小中学校ではその手の話題も薄くなっているから――偶然の一致でもあろうか。
そんな中で、また話題となった学校の怪談。
話の流れからすると、学校七不思議が流行った頃にはおとなしくしていた妖怪なのだろう。
それが、今回――行動を見せた。
「子供たちが、行方不明になったみたいよ」
との、文香の言葉であった。




