操縦撃墜
下から来た。上には……いるな。
仕方ない、制限高度まであと300メートル。
緩いブレイクを繰り返す。相手をできるだけひきつける。
時々宙返りを繰り返す。
ゆっくりと、ただし止まらずに。太極拳?そんなものかもしれない。
ふっと三半規管が水平を認識するのを忘れた。脳の中にスライムが押し込まれた感覚。気持ち悪い。
一瞬止まりかける手を動かす。
後ろに敵が集まってくる。
できるだけ速度を上げる。緩降下。
少しずつ速度を上げる。
この時速度は最大速度の80%。戦闘機にとってある意味最も戦いやすい速度。大体最高速度と実用最低速度の三分の二。減速も加速もできる。
僕がいつも使っている速度よりも大分早い。
少しずつ降下。
今相手は墜とせそうで墜とせない敵に手こずっている。
高度計に目を向けている奴がいるか?
息を吐く。
制限高度を下回ったら撃墜判定。
この下に見えない地面があるわけだ。
あと三秒。
あと三秒で、反転する。
緩いブレイク。
レフト・エルロン。
一瞬止まる。
すぐに撃たれる!
ライト・エルロン。
ライト・ラダー。
一拍遅れて、アップ。
スライスバックから、降下。
さあ、こい!
一瞬止まる。他の敵機が標準をあわせようと集中したころか?
一気にアップ。
フル・フラップ。
増槽を切り離す。
制限高度ぎりぎりで上がる。
機首が跳ね上がる。
首がヘッド・レストに押し付けられる。
頼む、失速するな……!
後ろの敵機は衝突を避けるため急なスナップ・アップができない。
つまり、『見えない地面』にぶつかる。
「マニューバ・キル」
僕はコールする。判定上、僕は地面に敵機をまとめて叩きつけたことになる。実戦だったらあり得ない。地面に降下しているのに地面が見えないのはほぼ殆どあり得ないからだ。
今回の場合、文字通り地面が見えなかったからできた技。
実戦に即していないと怒られそう。
誰に?
それは、上司?同僚?仮想敵機?政治家?
そんなものはどうだっていい。
そんなものは気にしない。
生きているだけで価値がある。
ならただ何もしないで生きていれば、皆平等になるのに何かするのは何故?
自分が自分と確かめるため。差別化。つまり、自分が特別で居たいと言うエゴ。欲望。
上昇。
生まれた瞬間に殺してしまえば、皆平等なのに。
生まれてこなければ、不平等なんて生まれないのに。
不平等?
差別?
それは、必要悪?
それは、苦しみ?
空なら、人が創った不平等は少ない。そんな気がする。
だからかもしれないが、僕は飛んでいる。
上にいた敵機に向かっていく。
息は苦しい。でも、大丈夫。
敵しかいない。でも、大丈夫。
酸素マスクは悲鳴を上げる。
手は大丈夫。でも腕が痛い。
生き残った敵機も上昇を始めた。
あの三半規管の不快感は消えた。
パイロットの殆どは水平に飛ぶ癖がある。地上にいる生物も、飛んでいる生物も、泳いでいる生物も。
皆上を向く。何故?
植物は上を向く。日光を受けるためだ。
魚は上を向く。餌を日光で探すためだ。
動物は上を向く。天候を見るためだ。
人間は?下を向いていないか?
皆飛ぶときは上を向く。翼は上下逆にすると揚力の向きも逆になる。迎え角を増やせば大丈夫。
エンジンがきついかも。燃料供給関係が。
上昇角を弱めた。
まだまだ。
さあ、来い。
僕は飛んでいる。
墜としに来い。
まだまだ。
行くぞ。
あ、愚痴が入った。
天才ってずるいよね。




