ハンガー
起きる。汗をかいているようだ。こういうことがたまにある。忘れたころ来るようなものだ。突然の来客のように。存在を忘れないほどに、鬱陶しくないほどに。
談話室へ向かう。大分前にできたこの基地だが居住性は悪くない。大抵こういう所は広いことはあれ狭いことはない。ありもしない…かもしれないに振り回されて大きめに作るのだ。とりあえず階段を下りていく。存在理由を疑うようなカーペットが無駄にでかい階段につながっている。特につかむ必要のない手すりに軽く手を乗せる。薄い緑色したドアを開けて誰も談話しない談話室に入る。パイロットが8人しかいなく、平均一機に一1,5人が整備士がいることを考えても何かのホールのような大きさは大きすぎる。冷蔵庫を開けてサイダーを取る。酒が飲めないわけではない。ビールが嫌いなだけだ。
しわしわのソファーに座り込む。訓練はない。訓練するには頻繁に実戦に参加するからだ。ただし、そのうち殆どが偵察か護衛という名の保険で実際に敵に遭う可能性は少ない。その内戦うのは極僅か。一ヶ月に一度二度あるくらいだ。慢性的な戦争に突入したタラマニアとミカゴタラの戦争というよりは紛争、いや紛争というよりは小競り合いは偵察と挑発と威嚇ばかりでもあった。とはいえ戦闘機が墜ちた、墜としたというのは良くあること。仕返しとその仕返しで塗り固められ12年もたった。唯今タラニアマで新特殊爆弾が開発されているらしい。それでここ、プロネットが迷惑を被っているわけだ。
窓から見える滑走路をはさんだ向かい側のハンガーに利奈モデル3が2機並んでいる。軽量小型複座高速偵察機だ。長い胴体にクリア・アクリル張りの機首、双発推進式T字尾翼という独特の形になっている。
自分が乗る試作鳳流モデル0,4はこの寮の隣のハンガーに入っている。試作というのは実験配備というわけではなく実験配備された部隊で生き残った機体とパイロットが僕だけということ。ほかは皆死んだ。機体の欠陥がわかったころ生き残りが僕だけで、モデル0,3の中の一機だけ改造派生型がモデル0,4として今僕が乗っている。
もう実用試験が済んだモデル0,4はスクラップにされるのが普通なんだけど、せっかく作った戦闘機は壊すのも勿体無く、今僕が乗っている。試作機だということで改造などもわりと簡単に改造ができる。問題のあった主翼付け根も改善された。モデル0,3はマイナスGに弱すぎた。フルダウンを打つとバンザイするように翼が折れる、というよりも外れてしまうのだ。これは左右別々だった主翼を一体にして主翼を交換したから解決された。
プッシャ式なので機首上げするとプロペラが地面について四散するのでフラップが大きい。フラッペロンやスポイロンとして機能する優れものだ。カナードは下半角が少しついている。
サイダーがなくなってきた。ドアを開けて談話室の勝手口から外へ出る。季節は初夏、開けた窓からの風が心地よい季節だ。ハンガーに行くとキリタがいた。奥のほうでライトを交換していた。
「どう?」
「氷川か。風邪も引いてねぇし、健康そのものだな。」
「馬鹿、鳳流だよ。」
「今すぐにでも飛べるぞ。」
「飛ばないけどね。」
「がんばんな、ガル。」
「FNで呼ぶな。」
無線の名前をFNと呼んでいる。言わずもがなカモメの事である。
機体に近づく。突然生えたようなカナードと対照的に滑らかなフィレットに包まれた主翼が綺麗だ。フィレットが終わったところに切り詰めたようにカウルが付いている。逆ガルの主翼に斜めにつけられた垂直尾翼が主脚の一部を担っている。機首のふくらみに付けられた機銃口がある。主翼前縁の少し前に斜め下を向いた大き目の扉つきの排莢口がある。機首上げ時にはしまり水平飛行中には開くのでプロペラに空薬莢が当たらない。
滑走路に2機の燈京モデル3が並んでいる。双胴単発単座重戦闘機だ。機首に3門もの機銃、主翼に2門で主翼にハードポイントがある攻撃機に近い戦闘機だ。速度が速いので一撃離脱に向いている。
今日はやることもない。