基地で
シノタキと編隊を組み直す。戦闘密集体形から着陸体形、つまり遼機が後方に下がる縦に長い編隊に組み直す。
シノタキ機のスタビライザに穴があいていた。胴体に被弾はない。
無線が使用可になってから聞く。
「尾翼と主翼端に被弾」
大丈夫そうだ。
着陸は二本の滑走路を同時に使う。片方が損傷がある編隊、もう片方が損傷の無い編隊だ。そうすれば損傷で二本同時に滑走路が塞がれることはない。
僕らは三番目になった。
進入する。こうゆう時はボウリングをしている気分。勿論、飛行機はあれの何十倍も速い。
着陸。
シノタキはついて来た。
少しふらついている。
ビビったのか?
誘導路に入る。
しっかりと止まった。シノタキは操縦席から出てこない。荒い息だけが聞こえる。
「シノタキ、大丈夫か?」
主翼に上がる。上がっていいのは機付きの整備員とパイロットだけだかまあいいだろう。
のぞき込んだ。怪我はない。
「大丈夫か?」
彼女は真っ青だ。ヘルメットを外しベルトを脱いだ。体を起こした。
ゆっくりとこちらを向いた。
「大丈夫か?救急室に連れてくか?」
「大丈夫」
やっと返答があった。主翼から飛び降りる。
流石にきつかったか。でも、大丈夫だろう。
温かいコーヒーでも飲めばいい。そう助言しておく。
オフィスへ向かう。報告のためだ。そういえばシノタキに戦果を聞いていない。遼機に被弾あり、帰還と報告した。
部屋に帰って本を読もう。紅茶を飲むのもいいかもしれない。シャワーを浴びて、本を読んで。
* * * *
シノタキは翌日には平常運転になっていた。報告はもう出した。ハンガーに向かう。
まだ日が出ていない。歩く。
シャッタは胸の高さまで閉まっていた。そこに人影。もたれ掛かっている。煙草を吸っている。白い煙は空に溶ける。呼吸が一瞬早まる。
冬制服を着ている。上に飛行服を着てもいい奴。こちらを向いた。目が合う。僕は立ち止まった。
会話のきっかけを探している。空気が防犯砂利のようにぎしぎしと音を立てそうだ。
「一日で直る」
先に話しかけてきたのはシノタキだった。
「そうか」
飛行機の事か、シノタキの事か。きっと飛行機だろう。
僕の胸ポケットには拳銃。彼女も持っているだろう。
舵翼には当たらなかった訳だ。
「三機」
三機か。大戦果だ。リーブァはどうだっだろう。だが生きているということは大丈夫だったわけだ。
「ありがと」
何がだろう。そうだ、後ろの一機を墜としたんだった。戦果を
褒めるべきか、褒めないべきか迷う。この職種には何故か褒められたくない奴が多い。
僕も煙草に火をつけた。日が昇る。空は雲が少ない。意外と多いのが、飛行機は雲を避けないと思っている奴。人間だって水溜まりを避けるだろう。あれと同じだ。
積乱雲は爆撃機だって避ける。入ったが最後、雨に混じってジェラルミンが降り注ぎそうだ。例外はあるが。
土手を歩く。高射砲が二門ある。右に侵入防止柵。左にはハンガー。向こうに滑走路が二本。後は霧で見えない。
一機の利奈が着陸進入する。あそこからだと、あと四十秒。きっと敵の反応を見てきたのだろう。もう利奈はこの基地にあれしかない。爆撃機は全て落ちた。
シノタキが宿舎に入るのを確認。此処からなら撃てる。こういう事を日常的に考えるのは、商人がなにかにつけて値段をつけるのと同じだろう。
ここが空だったら、と思う。
あれが敵機だったら、と願う。
きっと、華麗にダンスを躍れるだろう。
空に雲はない。風で吹き飛ばされたのか。爆撃しやすそうだ。
息を吸って、吐く。少なくとも、今この時は息を吸っていたら生きてゆける。
それに理由はない。
それに意味なんてない。
だけど、生きてゆける。
それは、餌を入れて屑を排出する袋と同じ。
飛んでいよう、と誓う。
舞って散ろう、と考える。
僕が墜ちるその日まで。
* * * *
この基地に向かってくる編隊を確認。その報が入ったのは朝食を食べ始めた直後だった。