ハイレート・クライム
あれから三週間の間に13回出撃した。これは平均から見るととても多い。敵にも六回遭遇した。その内戦闘機は三回。これは極普通の確率だ。
偵察もできる戦闘機か戦闘もできる偵察機が重要なポストを占めている。現に、三回のうち二回は偵察機だった。
それと、シノタキが五機撃墜でエースパイロットになった。今悩んでいるのは、【エースチーム】の塗装だった。遼機と隊長機共にエースの場合は機体に塗装がされる。士気を高める作戦なのだそうだ。そんなことに興味は無いがやらなければいけない義務。
おまけにシノタキはこっちに任せて部屋に戻ってしまう始末。まさか女子の部屋に押しかけるわけにも行かないだろう。そんなくだらないことで罰を受けるつもりも無い。
下地は基本塗装。さて……。
* * * *
主翼から胴体に掛けて三角形を二つ組み合わせた黒い形。青い下地にそこそこ映えるだろう。
この情報は大々的に公表されるそうだ。市街地でも銃を持つ許可が出る。
* * * *
【大規模なプロジェクト】が発令される、と聞いた。有体に言うと大規模な爆撃隊なのだろう。数十機以上の爆撃機と数百機の戦闘機、百数十の攻撃機などだ。目標は軍港。工場地帯と飛行場があるだけに相当な抵抗が予想される。敵空母がドック入りしているところを狙う。あと一週間で敵艦隊が来るべき戦闘に備えドック入りするそうだ。
そこが次の戦闘。敵もこの時期に戦闘があるだろうと予測しているだろう。先陣は地上の戦闘機を狙う低空攻撃隊、二陣が戦闘機隊で、先陣のバックアップと対戦闘機戦だ。
周りの空気が張り詰め始める。整備士は最良の状態で機体を送り出そうと何度も整備を繰り返している。
「氷川」
キリタだ。彼からわざわざここまできて話すことは殆ど無い。
「何?」
「フラップの角度を増やした。もうスポイラといってもいいだろう。ラダーも弄った。ヒーターも変えた。もうやることは無い」
「フラップ?ラダー?ちょっと待って、まだ何も頼んで無い」
「頼まれても無い」
僕は舌打ちをした。減速性能は確かに望んだことだ。だけど今やらなくてもいい。大抵こういうときは碌な事が無い。
「塗装もできた。ラダーは舵角を二倍に、フラップは無段階にした。引っ掛かりが無いから気をつけろ」
それぐらいならまあ許容範囲だろう。もちろん、それは許せるか許せないかではなく、生き残れるか墜ちるかだ。
僕は煙草に火をつけた。あと二日。酸っぱい。
空には雲も風も無い。絶好の爆撃日和だ。もう二ヶ月たてば雪が降るだろう。北のタラニアマは大変だろう。ミカゴタラは島国だ。大洋に散らばる島の殆どがミカゴタラ領なのだから恐れ入る。海洋戦に突入したら間違いなく世界一だ。タラニアマもミカゴタラも防衛に適しているのに侵略を企画しているのだからすごい。ミカゴタラはプロネットに侵略する気は無い中立だがタラニアマは攻撃してくる。ミカゴタラに付いたらタラニアマが黙ってないしミカゴタラが負けたらタラニアマはこちらに矛先を向けてくるだろう。危険だが今の状態が最も好ましいといえる。もちろん、勝った後も中立ならミカゴタラがタラニアマに勝った方がいい。
試験飛行の許可が出た……が、上から視察がきた。写真までとってどうするつもりか?答えは簡単。死んだ時、あるいは大戦果を上げたときに大々的に報道するつもりだろう。軍隊に入った時に個人情報の権利は剥奪されている。もちろん、そんなことは些細なこと。僕たちに未来は無い。作るつもりも無い。
ただ飛んで、飛んで。
舞って、
翻り、
撃ち、
撃たれる。
水平線は安定を忘れたように動き。
エンジンは狂ったように悲鳴を紡ぎ。
機体は軋み。
翼が捻じ曲がる旋回を繰り返し。
耐えた奴は生き残り。
耐えれない奴は墜ち。
人の前に飛行機がお釈迦になれば粉々に砕け散る。
絶望的に見えるだろうか。
消極的に見えるだろうか。
それでいい。
それだっていい。
なぜかって言うと理解されるのが僕らは嫌で、それでも理解しようとする奴は大抵粘り気がある奴だからだ。
死にたいわけじゃないさ。
生きたいわけでもないさ。
僕らは、
ただ、
飛びたいだけ、それだけなんだ。
ほら、その証拠に僕は興奮している。
滑走路に入る。
左手がいいか、いいか、と急かしてくる。
許可が出た。左手は待っていた様に、しかしゆっくりとスロットルを撫で上げる。
手は操縦桿を引き、
顔はヘッドレストに押し付けられ、
呼吸が一瞬止まる。
急激に機首を跳ね上げる。
ハイレート・クライム。
文字どうり高い割合で空によじ登っているみたいだ。