おかいもの!
エルスが階段を降りると、リビングでレイラが洗濯物を畳んでいるのに遭遇した。
「あら、エルお風呂行くの?」
「うん。今誰も入ってないよな?」
「入ってないわよ。お風呂入るならついでにシャンプー足しといてもらえる?リリィがなくなりそうって言ってたから」
「……あいつめ、自分で足せよ」
レイラから受け取った乾燥から上がったばかりのタオルを持って脱衣所に行き、服を脱いでからシャンプーを詰め替える。
無駄に鍛えているだけあって、腹筋はバキバキに割れている。
エルスは全身を入念に洗った後、湯船に浸かってしっかり100秒数えてから外に出る。想像の数倍は濃かった1日を思い出して、もはや風呂で眠ってしまいた胃気分だったが、水回りでの油断は事故の元なのでやめておいたらしい。
あくびを噛み殺しながら脱衣所で寝巻きに着替えてから、部屋に戻った。
「おはようお兄ちゃん!買い物に出かける準備はできてるかい!」
朝っぱらからやかましいリリィの声が、空気を震わせている。目を覚ましたばかりで、まだ顔も洗っていないエルスは迷惑そうに頭を押さえていた。
「準備は、できてるのかい!できてないのかい!どっちなんだい!」
「できてn…」
「るーーーー!!!やーーーーーーー!!」
「できてねぇよ」
某筋肉芸人のような掛け声で、準備をせかしてくるリリィを押し除けながら顔を洗って、服を着替える。
普段はつけないワックスでちょっとだけ髪の毛だって整えちゃう。
羞恥心をどこかに捨ててきてしまったリリィだって女の子だから。隣に立って「釣り合ってない」とかコソコソ言われたら心が粉々になっちゃうから!
もこもこの白いセーターに黄色いカーディガンを羽織ったリリィは、膝の上までしかないスカートから、真っ黒なタイツに包まれた長い足を露出させている。
一瞬、目を奪われたエルスは「見惚れちゃったぁ?兄弟なのにぃ!ねぇねぇ!」なんてニマニマと笑いながら突いてくるリリィをガン無視している。
扉を開いて、家の外に出ると冷たい風が顔を襲った。
「さっむ…なぁリリィ、今日やっぱ行くのやめない?もっといい日あるって絶対…」
「やだ!せっかく可愛いの着たもん!」
家から出たリリィが、エルスの手を引っぱった。
どうやら、買い物に行かない選択肢はないらしいと悟ったエルスは玄関に向けて「行ってきます」と呟いて歩き出した。
そして、場所は変わってAEOMトウキョウ店。ちなみに、家からバスで2時間ほどかかる。
「わあー!可愛い感じになってる!」
「ほんとだな。めっちゃキラキラしてる」
「お兄ちゃん見て!写真撮れるって!写真!」
「おぉ!ほんとだ!すげぇ!」
田舎民あるある、無駄に時間がかかるAEONとかのアトラクションコーナーで普通の遊園地くらいはしゃげる。
豆を投げる子供の顔出しパネルや、豆を投げられて苦しむ鬼の顔出しパネルなど、節分らしいアトラクションを楽しんだ後、二人は専門店コーナーを歩き始めた。
「あ、お兄ちゃん!見て!この服かわいい!」
そういって、店に吊られていた上着から、リリィが今来ているものよりふわふわでもっこもこな物を取り出してエルスに見せた。
「それ、着れるのか?」
「着れるけど??」
「そんなにふっわふわでもっこもこなのに?」
「うん、可愛くない?」
確かにシルエットは可愛いけど…!と手を握ったエルスは、どう考えても邪魔だろう!という気持ちを押し殺した。
まあ、なんか、某魔界の番犬シスターズみたいだが、まあリリィなら着こなすか…と値札を確認したエルスは財布を取り出してレジに向かって歩き出した。
「ちょちょちょ!お兄ちゃん!?私が買うよ!?」
「いや、この間ばあちゃんから大量の進学祝いをもらったからな。俺からの進級祝いだ」
「それ!私もほぼ同じ金額もらってるから!」
「兄として…出さないという選択肢はない!」
「いつも適当な理由つけてお兄ちゃんがかっちゃうから私人生でもらったお小遣い全部貯金することになってるんだけど!!」
「いいことだ、貯金はあるに越したことはないからな!」
全力で、お兄ちゃんを遂行する!と行った様子で、静止を無視して歩みを進めるエルス。リリィはとても恥ずかしそうだ。
「1万4000円になります〜」
微笑ましい兄弟を見て、疲れが吹き飛んだ店員さんはニコニコ顔だ。なぜか値札より30%ほど安くなっている。
エルスが店員を見ると、『3回目のご購入で30%OFF!』と書かれたクーポンをチラッと見せてくれた。どうやら、感謝を込めて常連さん向けのクーポンをこっそり使ってくれたらしい。暖かい世界だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ、ぜひまたご兄妹でご来店くださいね」
ニコッと微笑んだ店員さんにエルスは会釈してからリリィを連れて店を出た。
絶対にまた来ようと思いながら。
「お兄ちゃんさ!これどうするの!持って歩くにしても邪魔じゃん!」
「確かにな、コインロッカー借りるか」
「お金無駄にしちゃダメなんだよ!?」
「ま、たまにしかない遠出だからな。ちょっとの無駄遣いくらいいいだろ」
言いながら、近くにあったコインロッカーにふわふわの服を突っ込んだ。
リリィからの強い訴えで、一番安いサイズのものにしたせいでパンパンである。
「うーん、流石に移動に2時間も使うといい時間だな。昼飯にするか」
「わ!いいねお兄ちゃん!何食べよっか!」
AEOMの地図を見ながら、飲食店を見ていく。
寿司、しゃぶしゃぶ、うどん、ステーキ、ラーメンetc…
多種多様な飲食店が並んでいて、二人とも悩んでいる。
「……ラーメンはどうだ?大体どこでもうまいだろ」
「いや、この後ずっと口臭いのは嫌じゃない?」
「確かにな…じゃあ、無難に喫茶店的なところで」
「でも、せっかくならーー」
二人は、壁際に集まってコソコソと話し合っている。
「あれ?エルスくんですか?」
全く終わる気配がない話し合いをしていると、背後から幼い声が聞こえた。
振り向くと、鋭い目つきでエルスをにらむ少女ーーめるの姿があった。
「今、私のこと幼いって思ったですね?」
「思ってない!全く思ってない!だからさ!その先の尖った日傘をしまわないか!?」
エルスの目の前に日傘を突きつけて、じとっとした目でエルスを見つめためるに、エルスが慌てたように訂正した。
「ねぇ、お兄ちゃん、誰なの?この女の子?」
そして、せっかく兄妹水入らずで買い物に来ていたのに水を刺されたリリィは、目からハイライトを消して、ジィッとエルスのことを見つめていた。
どうやら、目を真っ黒に染める技術は、血で遺伝するようだ。
どんよりとしたリリィの視線が、エルスを貫いてその背後のめるを貫いている。
入る店を探していた時と打って変わって、明らかに空気が重い。
「で、お兄ちゃん…この子、誰?」
口だけ動かして、にっこりと笑ったリリィが言った。
「あー、知り合いだよ。才能検査の時に世話になったんだ」
「へー、本当にそれだけ?」
「あぁ、それだけだな」
「そ、それだけですよ!」
エルスがリリィに、めるとの関係を説明する。
そしてめるのことを紹介しようとした時、エルスはとある事実に気がついた。
その事実とはーー
「あれ…?俺、めるの苗字しらねぇや」
エルスは、めるの苗字を知らなかった。
「へ…?める自己紹介してなかったですっけ?」
才能検証の時、めるは自身の1人称が名前であることも相まって彼女は自己紹介を端折っていた。
どうせ名前で呼ばれるからいっかみたいなメンタルだったのである。
「へー?お兄ちゃん、お世話になった検査員さんのお名前も知らないんだ?全く、困ったお兄ちゃんだね!私がいないと何にもできないんだから!」
それを聞いたリリィは、エルスとめるの仲が別に親密なわけじゃないことに気づいたらしい。
ご機嫌もご機嫌でニッコニコだ。お目々がキラキラしている。
めるはちょっとピキッとしている。別にエルスと親密でもなんでもないのは事実だが、ちょっとだけイラッとしたらしい。初対面のリリィの手前笑顔は保っているが、口元がピクピクしている。
「え、えー、リリィちゃん…ですね?明日から、エルスくんの才能の特訓を手伝わせてもらう、偉人軍第三隊隊長の夢乃めるです」
「夢乃さんですね!仕事上とはいえお兄ちゃんの面倒見てくれてありがとうございますね!」
中心に立たされているエルスを差し置いて、二人の視線がばちばちとぶつかっている。
二人の背後に大きな白い虎と形容詞がたい不定形の悪魔のような何か…の影が見えた気がした。
「す、ス◯ンド!?」
その迫力に気圧されたのか、一歩下がってしまうエルスくん。
二人の顔がグリンっとこちらを向いた。
背後の何かの顔も一緒にこちらに向かってグリン!
エルスくん、ちびりそうである。
「そういえば、エルスくん、今日は予定があるみたいでしたけど、この子と遊ぶのがそんなに大事だったですね?もし、今日襲撃されてたら死んでたかもしれないですのに」
「ねぇ、お兄ちゃん。ご飯食べに行こっか?大丈夫だよ。だって、今日は1日一緒にお買い物するんだもんね?めるさんもわかってくれるよ。きっと。だから早くいこう?ね?」
二人が詰め寄る。
中学3年間で、身長が170cmを突破しているエルスが女の子二人(それも見た目12、3歳程度の)に詰め寄られている図は側から見ると、ロリコンの修羅場にしか見えなかった。
周りで見ているおばさまがたはこちらを見ながらコソコソと何やら噂話をしていた。
エルスくん的には「誤解なんです!誤解なんです!」と選挙カーのように言って回りたいぐらいだ。
しかし、それを行動に移さなかったことでエルスは女の子の母親の間で危険人物として知られるようになるのだが、それはまた違うお話。
閑話休題
「え?あー…とりあえず、落ち着いてくれない?周りの目が痛いんだけど…」
二人に詰め寄られたエルスは、気まずそうに二人を宥めようと試みた。
「「落ち着いてるよ(ですよ)」」
声を揃えた二人の視線は、実にドロドロとしている。
「あー、はは」と乾いた笑いをこぼしたエルスは、一歩後退る。
トンっと背中がカフェのガラスにぶつかった。これ以上の後退はできないようだ。
「お兄ちゃん、私とのお買い物、楽しいよね?ね?」
「別に、妹さんとの買い物を優先させるのはいいですけど、エルスくんは自分の命がかかっていることを理解するべきだと思うです」
もし、後ろに何もなかったとしても、この二人がこれ以上の後退を許したとはとても思えないが。
とりあえず、この現状をなんとかしなければ!
文字通り後が無くなったエルスは、冷や汗を垂らしながら口を開いた。
「とりあえず、なんか食わない?」
震える指で、背後のカフェを指差しながら。




