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ミメーシス・エイドロン  作者: 名無し


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『ラプラスの悪魔』

「今すぐじゃないですけど、準備はしておかないと死ぬですから。気をつけるですよ」


 頭を抱えて「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」とゾンビのような声を出しているエルスに、めるが追い打ちをかける。

 エルスの声がさらに沈んだ。まるで神聖な空間にポイ捨てされたゾンビのよう。浄化の日は近いだろう。


「あー…そ、そうじゃ!一旦スキルの検証を再開しよう。まだわしの才能がきちんと使えるか確認しておらぬじゃろ」


 オルトがいうと、目のハイライトを失ったエルスが顔を上げた。


 それをみたオルトは一瞬ビクッと肩を振るわせた。

 めるが不思議そうな顔をしてから、エルスに視線を移してこちらもびくりと肩を揺らした。

 とっても怖かったらしい。椅子の後ろに隠れてプルプル震えている。

 めるが、「なんとかするです」とオルトを見るが、オルトもその表情に驚いて硬直していて二の句を継げなかった。


 だって、元々茶色っぽかったはずの目が、なぜか真っ黒なんだもの。目があったらジィってブラックホールみたいなそれが微動だにせずに見つめてくるんだもの。なんか、前髪が1本だけスゥって垂れてるのがびっくりするくらい不気味なんだもの!


 役に立たないオルトを放置して、めるが口を開いた。体はまだ椅子の後ろから出てきてはいないが。


「そ、そこまで絶望させるつもりはなかったですよ?でも、知らないまま3年間過ごす方が嫌かなぁって思っただけで…」

「だ、大丈夫です…死にたくない…自分の中でなんとか折り合いはつけたので…寿命で死にたい…軍でもなんでも入れますよ!…なんでこんな目に…」

「折り合いついてないです!心の声漏れまくってるです!」


 ガクガクと震えながらめるがつっこむが、エルスくん聞いていない。

 ブツブツと何かを喋っていたかと思えば、ぱあっと目を輝かせた。


「こ、怖いです…」

「そうだオルトさん!まだ検証途中でしたよね!やりましょうか!」

「そ、そうじゃな?えっと、大丈夫なのか?そんなに急に態度が変わると怖いんじゃが」

「大丈夫ですよ!なんだかもう世界が輝いて見えるようです!」


 どうやら、壊れてしまったようだ。

「今度は何をすればいいですか!」とハキハキと準備をしようとするエルスに、オルトはおずおずと紙を渡した。


「今度は、わしがこの紙に丸か三角か四角を書くから、才能を使って予想するんじゃ。それじゃあ…よし、良いぞ」


 エルスは、キュキュッとペンを走らせてかく丸を描いた。


「うぬ?不正解じゃ。わしが書いたのは三角じゃの」

「はい、選択肢が絞りきれませんでした。四角だけが排除されて、丸と三角の二択になっていました」

「ほう、才能の成長は、パーセンテージによるものか、それともまずまずの熟練度によるものか…そこまで検証する時間はないの…」

「それじゃあ、今日はこれで終わりですかね?」


 エルスが、嬉しそうに言った。目が少しまともに戻っている。

 帰れることがよほど嬉しいらしい。


「いや、もう一個才能を学習していってもらうぞ」

「えぇ…」


 それを聞いたエルスはガクッと頭を落とした。


「で、俺は何をしたらいいんですか」

「めるの才能を見て、学習するのじゃ。検証はすでに終わっているからの、覚えて使えるようにするだけで良いぞ」


 エルスが聞くと、オルトがめるの背中をポンと叩いて答えた。

 めるが、背中を手で払ったのを見てオルトさんが少し悲しそうである。


「え、それって大丈夫なんですか?」

「うん?何かじゃ?」

「えっと、オルトさんは変態だったから別に気にしてないんですけど…めるちゃーー」

「呼び捨てでいいです…ちゃんは殺すです」

「ーーめるは俺に才能を学習されて使われるのは嫌じゃないのかなって」


 そういうと、めるが一瞬首を傾げて「あぁ!」と呟いてから頷いた。


「実は、める元々貴族じゃないです。才能があったから貴族になっただけで、元々は平民ですよ」

「え、そうなんだ」

「ま、だからそこまで才能にこだわりはないですから安心していいです。ただ」

「…ただ?」

「使えるようになるまで、死ぬほど危険ですから、がんばるです」


 めるはそう言って、眼帯を外した。

 そこからは、青い左目とは対照的に真紅の右目が姿を表した。


「めるの才能は、常時発動型です。『ラプラスの悪魔』と言って、右目に宿った悪魔を介して悪魔を見ることができるです。その代わり、使っている間、常に対価として年齢が奪われ続けるです」

「じゃあ、めるが幼女みたいな見た目なのはーー」

「ーーそういうことです。まあ、幼女と言われるのは誠に遺憾ですけど。」


 そう言っためるは弱々しく自虐的に笑って自分の髪をさわりと撫でた。

 白い髪の毛がふわりと舞って、それに合わせるように数秒の静寂が訪れーー


「いや、めるは才能が発現する前もそんなもんだったじゃろ」


 ーーない。

 オルトは普通に空気を読まなかった。


 本気でめるに感情移入していたエルスは「へ?」と視線を宙に彷徨わせている。


「空気読めですよ!?おじいちゃん!せっかく薄幸の少女的な雰囲気を出してたですのに!」

「いや、嘘はいかんじゃろ」

「でもですよ!エルスくんを見るです!現状が理解できなくてバナナになっちゃってるじゃないですか!?」

「( ᐛ)バナナ」


 エルスは某富士山テーマパークのジェットコースターみたいな情緒の急変についていけなかった。


「バナナ、逆から読んだら、ナババ」

「ナナバです!バナナを逆から読んだらナナバです!」

「める、つっこむところそこじゃなくないかの?」


 オルトがジトっとした目でめるをみた。めるは目を逸らした。

 自分でもずれていた自覚があるらしい。


「バナナ!バナ!バナバナ!」


 突然、エルスが大袈裟に身振り手振りをしながら喋り(?)出した。


「バナ!ナナバナナ!バ!」

「いや、エルスくん普通に喋らないとわからないです…」

「確かに。でさ『ラプラスの悪魔』もう使えそうなんだけど、どうする?」

「急に普通に喋るなです!」


 突然エルスが普通に喋ったせいで、突っ込んだめるが普通にしゃべられてびっくりしている。


 問われためるは「普通に喋れるなら最初からそうするですよ…」と呟きながら、オルトに確認した。


「ふむ、大丈夫じゃの。とりあえず今使っても死ぬことはないわい」

「じゃあ、大丈夫ですね。軍からの許可ももらってますし」

「じゃ、発動するぞ…グァ!?」


 エルスがパネルを操作すると、右目が赤く変色した。

 視力が奪われた右目に、カシャンカシャンと、映画のコマが進んでいくように不確定な未来が連続的に映される。一つのの未来が数百の未来に分岐し、またそれぞれが分岐する。

 確定と自己破壊を繰り返す永遠が、常人には耐えられるはずのない無限の処理となってエルスの脳内をおそった。


「…あぁああぁあっあっっぁァァ!!」


 部屋の中にエルスの絶叫が響き渡る。

 エルスは頭を掻きむしって、ガクガクと膝を震わせている。


 普通の人間なら廃人になるレベルの量の情報を無理やり詰め込まれたストレスで黒い髪に白が混ざり始め、目や鼻から血がポタポタと垂れている。


 灰色に染まった頭を掻き毟りながらのたうち回るエルスの意識が消えかけ…目の前が真っ暗になった。

 めるがこの真っ黒な幕をかけたらしい。

 それは、一瞬でエルスの視界を奪い、1瞬先の未来を確定させた。


「…はぁ…はぁお、おさまった?」

「うーん、流石に特訓が必要ですね」


 エルスが『万能の天才』のスロットから『ラプラスの悪魔』を外したのを確認してから、めるが幕を外した。


「で、特訓って、何するんだ?」

「頭が慣れるまで何回もさっきと同じことを繰り返すです」

「それってさ、地獄じゃない?おれ」

「だから言ったじゃないですか。使えるようになるまで死ぬほど辛いって」


 ため息をついためるが、幕をかばんにしまい込んだ。

「え?」とエルスが惚けた声を出すが、エルスが何かを言うよりさきににオルトが口を挟む。


「流石にもう遅いからの。子供は帰る時間じゃろうて」


 オルトが刺した時計の短針はすでに7を回っており、それはエルスが家に帰るのが8時を過ぎることを示していた。


「あ、ほんとだ…じゃあ、帰らせてもらいます」


 そう言ったエルスが帰ろうと鞄を持ち上げると、めるがスマホを取り出してレインのQRコードを移した。


「『ラプラスの悪魔の』特訓は安定するまではめるとやるです」

「え?でも目の前に幕をかけてもらうだけだよな?誰でも良くないか?」

「ミスったら数秒後には赤ちゃんですけど、いいんですか?」

「…この年で赤ちゃんからやり直したくはないからやめとくよ」


 レインの友達欄にめるの可愛らしいケーキのアイコンが増えたことを確認して、オルトからエルスはオルトからスキル持ちの高校への転入用資料を受け取った。


「じゃあ、特訓の日にちは追って連絡するです」


 そう言っためるに見送られて、エルスは家路についた。

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