入学式
『ラプラスの悪魔』の特訓からはや2週間。
エルスは1時間ほどなら使ったままでも運動ができるようになっていた。
めるから一人でできる特訓のやり方も教わったエルスは、毎晩寝る前に少しずつ着実に時間を伸ばしていっていた。
そして、来たる4月9日。
『緋凰学園』の入学式の日。
エルスは背中をいつもより丸めながら学園へと続く貴族街を歩いていた。
周りには、同じ制服を着たお嬢様おぼっちゃまが優雅に歩いている。
「あの子、姿勢が悪いですわね…どこの子供かしら」
「本当だね…育ちの悪さがみてとれるよ」
周りからくすくすと笑う声が聞こえる。
エルスは貴族様に突っかかるだけ無駄だとそれを無視して門の中へ足を踏み入れる。
指定された教室までいって、座席表の通りに荷物を置いたエルスはチラリと時計を見る。
9時15分。入学式は10時20分からなのでだいぶ時間が空いてしまった。遅刻だけはするまいと余裕を持って家を出たので当然ではあるが。
「うーん、一回校内散策してみるか」
周りを見渡すと各々好き勝手に歩き回っている。どうやら、時間までは自由にしていていいようだ。
席を立ったエルスは、教室から出てなんとなくふらふらと歩いてみることにした。
ーー20分後
「ひ、広い…」
エルスは校庭のベンチに腰掛けながら呆然としていた。
この20分間でエルスは校庭すら回りきれていなかった。ゴルフ場から温泉、噴水公園に森…もはや校庭と呼んでいいのか怪しい施設が大量に並んでいた。
これが貴族の学校…とエルスが呆然としてしまったのも無理はないだろう。
「んんっ!」
少し休んだエルスは伸びをして立ち上がった。
次は校舎の中を散策するつもりらしい。
図書館や射撃場、プラネタリウムなどの施設を見学しながらぷらぷらと歩いていると、廊下の反対側から歩いてくる女子生徒が目に入ったらしい。
訓練された精兵のような動きでエルスはすぐに道の端によって顔を伏せた。
それを特に気にした様子もなく、前を通ろうとした女子生徒は少し通り過ぎたところで立ち止まる。
そして、髪をかきあげながら振り返った。
「…あ、エルスくんだ」
少女が言った。
ビクッと肩を振るわせたエルス。
だ、誰だ!?なんで俺の名前知ってるの!?
とか思っていそうだ。
「チ、チガイマス」
なんだか怖かったのでエルスは否定した。
冷や汗がダラダラ垂れていて、逃して欲しそうな雰囲気がビンビンである。
「いや、エルスくんでしょ?顔あげて」
しかし、回り込まれてしまった!
エルスは逃げられない!
「い、いえっ!私のような人間が貴族様に顔を見せるなど…」
「あげて?」
「はいっ!」
エルスに半ば強制的に顔を上げさせた少女は、エルスの顔をまじまじとみて言った。
「やっぱり、エルスくんだよね?」
「え?あ…あっ!あの時はありがとうございました!」
その言葉と、少女の表情が微塵も変わらない顔を見て思い出したエルスは深々と頭を下げてお礼を言った。
「だいじょうぶ。仕事だから」
「それでも、ありがとうございます」
「……ま、感謝されて悪い気はしない」
言うと、少女がずいっと顔を近づけてきた。
少女の長いまつげが、瞬きするたびにエルスのまつげと交差する。
(遅、近いッ!?なんかいい匂いするっ!?)
10人に問えば、11人が美人と答えるであろう少女の顔が急に至近距離に近づいたことにエルスは驚いて飛び退いた。
顔を真っ赤にさせてはぁはぁしながら手を突き出している。
「ふぅん、本当に、ロリコンじゃないんだ」
「ま、まだ疑ってたんですか!?」
エルスがつっこむと少女はくすりと顔を綻ばせた。
それから、「そういえば自己紹介がまだか」とつぶやいた少女は胸に手を当てて言った。
「私はルナ・シェルブルーム。確か1年A組だったはず」
「えっと、お…僕はエルス・レルクレムです。同じく1年A組です」
俺と言おうとして慌てて訂正するエルスを見て、ルナがくすりと笑う。
「知ってる。あと、別に俺でいいよ」
そう言ったルナに、エルスは少し目を見開いてから意外そうに口を開いた。
「シェルブルームさんってーー」
「ルナでいい。長いし」
「ルナさんって意外と表情豊かなんですね」
「別に、仕事の時だけだよ。表情殺してるの」
問うたエルスにルナはそう答えた後「ついてきて」とエルスの手を引っ張って歩き出した。
ずんずんと歩いていくルナに、女子慣れしていないエルスの顔は真っ赤だ。煙も出始めているので、そろそろ爆発するかもしれない。
「バフっ…しゅぅ〜」
した。
そのまま、エルスがルナについていくと、巨大な建物が姿を現した。
その建物に入ると、中央に大きな舞台がその周りには取り囲むように座席が設置されていた。
座席の下側を通って闘技場のような石造りの舞台連れて行かれたエルスは、雰囲気にそぐわない近代的な機械に出迎えられる。
「それに学生証をかざして。もらったでしょ?」
ルナが学生証をかざすと、ルナの服がジャージに変わり薄い膜のようなものが体にそうように発生した。
目を白黒させながらも、エルスが言われた通りに学生証をかざす。
すると、エルスの制服もいつの間にかジャージに変わって薄い膜のようなものが体に沿って発生した。
「え、何でジャージ…?」
「これに学生証をかざすと、設定した服装に勝手に変更されるんだって。このシールドが怪我しないように守ってくれるみたいだから、手加減無しでやれるよ」
「あ、この膜シールドなんだ」とエルスが自分の手の周りにまとわりつくシャボン玉のようなものを眺める。
地面から生えていた機械が、ズブズブと地面に埋まっていく。
そして、気がつく。ルナが言った聞き捨てならないセリフを
「手加減なしって…何するんですか?」
闘技場の壁に立てかけてあった木刀を2本持ってきたルナは、片方を俺の方に投げ渡す。
「え、待って、本当に何するつもりですか?俺、戦えないんですけど?」
「勝負。エルスくん、強そうだから」
「いや、ですけど?」
一瞬の沈黙が流れた後、ルナが首を傾げた。
「なんで?」
「いや、俺素人ですから…!?」
「大丈夫だよ。証拠に、ほら、当たらない」
そう言って木刀を振り下ろしたルナは、からぶった一の太刀を楽しげに二の太刀へと繋げる
(当たってるんだけどね!?)
エルスが心の中で叫んだ。
そう、ルナの太刀筋は乱雑なように見えて、確かな狙いを孕んでいる。
ラプラスの悪魔が見せる未来では、すでに五回は頭を叩き割られていた。
「いや、無理ですって!?それに入学式遅刻しますよ!?」
「そんなに嫌…?じゃあ、賭けをしよっか…エルスくんが私に勝ったら貴族から守ってあげるよ。こう見えて、ツテとか結構あるんだよね」
「勝たせてもらいます!」
「お、楽しくなってきた?」
まんまと餌にかかったエルスが、『世界変形』まで使用しだすと、ルナはさらに苛烈に仕掛け始めた。
避けて、避けて、避けて、避け…られないから打ち返す…
隙を見て一太刀だけ仕掛ける。
打ち返される。返しの太刀は合わせようがないから一回引く。
避ける避ける避ける避ける避ける避ける……
息を吐く暇もない。エルスは、未来を見てもなお攻撃を避けるので精一杯だった。
「わたしも、才能まで使って全部避けられるのは…うん、初めてかな」
余裕の表情でおしゃべりをするルナ。
淡々と致命傷を狙ってくるルナに、『ラプラスの悪魔』と『世界変形』で必死にくらいつく。
「ねぇ、エルスくん。君、やっぱり戦えるでしょ」
「…嫌味ですかね!?今ッ!もッ!必死でぇいッ避けてるんですけど!?」
ガッガギッ
避けようのない一撃がエルスめがけて振り下ろされる。
エルスの避けた先へと振り下ろされる不可避の1撃。
仕方なく木刀で受けるが、その重さに目を見開く。
「これでも…筋トレは結構してるんですけどねっ!」
「うん、いい筋肉。後で触らせてくれない?」
「んなっ!?それ、セクハラになりますよ!最近は!」
「あはは!逆だったらね!」
楽しげに笑ったルナが、木刀をふる。
乱雑に振られたように見えて、正確無比な連撃がエルスを襲う。
ガッガンッガガッ!
だんだんと、積んでいく。
どの選択をしても、どの未来を見ても避けられない位置に木刀がいつの間にか現れる。選択肢を奪われていく。
パンッ!
乾いた破裂音が響いてーー
ーーシールドが、割れた。
はあ、はあと憔悴しきった様子のエルスは地面にへたり込んでいた。
相当疲れたようだ。特訓を重ねて、相当時間持つようになった右目から少し出血しているのがその証拠だろう。
「ふふ、私の勝ちだね?じゃあ、何をしてもらおうか」
はぁ、はぁ、と肩で息をするエルスにルナが言った。
えっ!?とエルスが顔を上げる。
俺賭けには乗ったけどそんなものベッドした覚えないんだけど!
その表情から、こんなことを考えていることは容易に予想できた。
エルスが口を開いて、それを言う
ーーより先に、ルナが口を開いた。
「私すごく強いんだよね」
「知ってます」
木刀を片手で弄びながら、唐突に自慢を始めたルナに少しムッとするエルス。
嫌味か?という思念をギチギチにつめた5文字を返す。
なぜか、少し嬉しそうな顔をしたルナは続けた。
「エルスくん、多分スキルがあるからだと思ってるでしょ?」
「…あ、あぁ…違うのか?」
エルスはとりあえず頷いておいた。
それは、そうでない訳がないと確信しているが故のためらいだった。
実際エルスも、『ラプラスの悪魔』と『世界変形』がなければ。
というか、『万能の天才』がなければ先ほどの打ち合いは最初の一撃で決まっていた。
それくらい、スキルというのは、戦闘において身体能力以上に重要な役割を担うのだ。
そんなことは、貴族教育を受けていない平民でもわかるような常識だ。
だから、エルスはこの確認になんの意味があるのか、すぐには理解できなかった。
「でもね、私さ、スキルが出る前からこれくらい強かったんだよね」
そして、続いた言葉に、エルスは絶句した。
「いやいや、さっきスキルまで使ってって言ってましたよね?」
「うん、スキルは使ってたよ。でも、私の才能は1対1だと転けなくなる位の効果しかないの」
それを聞いて、エルスは絶句した。
当然、戦っている時に絶対に転けないことの安心感は凄まじいだろうが…
だとしても、あの動きは普通の人間が普通の人生を送っていても身につくものではなかった。
「私ね、実家の星で最強だったの」
そうして、ルナは語り出した。




