特訓
「おはようであります。エルス殿」
「うぉ…!?って、ヴォルさんか。おはようございます」
翌朝、エルスが寝ぼけ目を擦りながら階段を降りるとコーヒーを飲んでいるヴォルに挨拶をされた。
護衛をしてくれていることを完全に忘れていたエルスは、一瞬おどろいてから挨拶を返した。
「確か、今日は隊長殿と才能の訓練の予定でありましたね?」
「そうですね。10時くらいに来るって言ってたので、もうそろそろ着く頃ですかね」
エルスが言うのとほぼ同時に、家のチャイムが鳴った。
キッチンで何やら作っていたレイラが「はーい」と言いながらパタパタと玄関へむかう。
「あら、めるちゃんいらっしゃい。」
「おじゃまするです」
「エルスの特訓に付き合ってくれるんでしょう?ありがとうね〜」
「仕事ですから。それに、もう他人じゃないですし」
玄関から、そんな声が聞こえてくる。
めるの「他人じゃない」と言う言葉には、ただ「能力を軍に言ってしまった罪滅ぼし」だとか「思った以上に関わりを持ってしまった」とかではない、もっと深い意味があるように感じられた。
それは、言われたエルスも感じたようで、嬉しそうに顔を綻ばせている。
「める〜!俺もお前のこと友達だと思ってるぞ〜!」
「うみゃっ!?な、なんですか…って、もしかしなくとも、聴いてたですね!?別にそう言う意味じゃないですから!ただの罪滅ぼしですから!」
「照れちゃってぇ〜」
「うがぁ〜!照れてねぇですよ!!」
感極まってしまったエルスがめるを抱き上げてくるくると回転する。
「子供扱いすんじゃねぇです!」と言うめるの怒号とともに華麗な足技がエルスの顔面に決まった。
エルスは鼻血を出しながら「は、鼻の頭折られちまったぜ…ポッキリとな…」とか言っている。案外余裕そうである。
レイラもヴォルも完全に無視の構えだ。エルスが悪いと言う判断らしい
エルスが現実の非情に打ちのめされながら顔を抑えてうずくまっていると、朝から風呂に入っていたリリィが洗面所から顔を出した。
そして、めるを見つけるとぱあっと花が咲いたように破顔する。いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか。
「わっ!どしたんですかめるさん?」
「エルスくんの才能の特訓のお手伝いしに来たです。ちょっとうるさいですけど、気にしないで欲しいです」
「わかりました!お兄ちゃんが悲鳴をあげてようがのたうち回っていようが無視します!」
「そ、そこまで行ったら気にしてくれるか?お兄ちゃんちょっと傷ついちゃうかも」
エルスのその訴えは、誰にも届くことなくリビングに消えていった。
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あのあと、着替えたリリィが食卓につくとレイラが用意していた朝食を机に並べた。最初はめるもヴォルも遠慮していたが、結局は食べた。
「いやあ、めっちゃ美味しかったですね…まだ朝なのにたくさん食べれたです」
「そりゃよかった。ま、作ったの俺じゃないけど」
朝食の後は各々のやることを始めた。
リリィは春休み課題を、レイラは家事(やることが残っているのかは不明だが)をヴォルはどこからか持ってきた筋トレ用具で筋トレを。
そして、めるとエルスはエルスの部屋で『ラプラスの悪魔』の特訓をすることになった
「じゃ、いつでも行けるですから。好きなタイミングで始めるです」
「お、おう…ってありゃ?」
前回の地獄を思い出して怖気付いていたエルスが、おや?と首を傾げながらパネルをスワイプして拡大したり縮小したりし始めた。
その指の先を辿ると、そこには。
《大人のための絵本ーー62%》
新たに使用可能となった、才能が記されていた。
「……なんで使えるんだ?」
「え…って、うわぁ…まじですか?」
エルスの様子を不思議に思って、パネルを覗き込んだめるも目を手で覆って点を仰いだ。
「昨日は30%ちょいでしたよね?」
「……だったな」
「じゃあ、そのあとで才能の能力を確認したから、使えるようになったってことです?」
「……だろうな」
「エルスくん、天皇とかから狙われちゃうんじゃないですか?確か、能力が事細かに才能歴史学の教科書に載ってた気が…」
「……しばしまたれよ」
お前はどこの武士だよ?と言いたくなるようなセリフを吐いて立ち上がったエルスは部屋の角っこで体育座りを始めた。
メソメソジメジメとした雰囲気が部屋の空気を通じて伝染しそうだ…
「なんでだよぉ…俺平和にふっつうの高校生して、文化祭のステージとかでちょっとちょけて校内でちょっとだけ時の人になって友達たくさんみたいな高校生活をする予定だったのにさぁ…」
ジメジメジメジメ
なんだか部屋の角がじんわりと緑に染まってキノコが生えてくる様子が幻視できた。それくらい面倒臭い。
そんな領域を展開しているエルスに可哀想なものを見る目を向けためるは、あっと口を開けてから口にした。そう、精一杯のーー
「これを公表したらエルスくんは貴族の中で一躍時の人になれるですね。よかったじゃないですか」
ーー慰めの言葉を
地面にのの字を書いていたエルスも、これには流石に憤慨した。立ち上がってウガーッ!と叫ぶ。
「それでできるのはお友達じゃなくて大量の追っ掛けだろ!?」
「そうとも言うです。めるが才能の利権やらにズブズブな貴族なら何がなんでも仕留めるですね」
「俺もさっさと『ラプラスの悪魔』を制御できるようにならないとまずいか…」
「うーん、『大人のための絵本』も試しておきたい気はするんですよね…」
めるがうーん、と唸りながら呟く。
(そうですよ!早く妾もこっちに出たいです!)
同調するように、どこかの世界線の不憫系女神の声が聞こえるが気にするべきではない。エルスも、少し顔を訝しげに顰めるだけでスルーした。
「確かに…でも、ここで大暴れされたらたまったもんじゃないしな…」
「ですね。胡乱な客とやらがどんなものなのかわからない以上ここで使うわけにもいかないですし」
(がーん!?妾の出演への道は長い…)
やっぱり、なんかでしゃばり女神が自己主張してきているが、無視だ。多分、かまったら冗長するタイプである。
「ま、学園が始まってからでいいですかね」
「そうだな。今日はひとまず『ラプラスの悪魔』の持続時間を伸ばすことに専念しよう」
めるが黒いぬのを持ってエルスにサムズアップする。
「じゃ、やるです」
「…行くぞ!」
エルスの右目が紅く染まり、バチバチと自己破壊と変化を繰り返す未来が視える。それは、何万何億にも分岐しながらエルスの脳に容赦なく刻み込まれ、処理が追いつかなくなった脳細胞は焼けこげていく。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ア゛ぁ゛ぁ゛!!」
エルスが意識を失う直前、めるが手に持っていた布を顔にかける。
それだけで、視界が黒に染まって何億にも分岐していた未来が一つに収束する。
「えっと、22秒ですか。まだ一回目なのに14秒も伸びてるです!筋がいいですね!せっかくですし、今日は30分連続を目指すです!」
ストップウォッチを見ながらめるが嬉しそうに言った。
毎回14秒ずつ伸びても最低でも120回以上、時間にすると約28時間。
どう考えても今日だけでそこまで伸ばすのは無理がある…のだが、テンションが上がってしまっためるは、時間許す限りエルスに特訓をさせた。
特訓が終わった時、エルスは寿命が100年分くらい削れた気がしたという。
ちなみに、特訓が終わった18時時点でのエルスの最長連続使用時間は23分14秒だった。




