『大人のための絵本』
説明回です
追い出されたエルスたちは、暗い顔でカフェの前に立っていた。
店内からそれを見ていた店主が、いつまでいるんだよ!とものすごい形相で四人を睨んでいる。それに気がついたエルス達はぺこぺことお辞儀をしながらすぐにその場を退散する。
「…追い出されましたね」
「どうしたのでありましょうな…虫の居所が悪かったのでありますかね?」
ただ自己紹介しただけのつもりのヴォルは、とんでもなく不思議そうな顔をしている。
本気で店主の八つ当たりで追い出されたと思っていそうだ。
「ヴォルのせいですよ!?」
「小兵のせい…でありますか?」
「まさかの自覚なしです!?」
仕方なくAEOMのフードコートに移動した四人は軽く自己紹介(ヴォルがまた同じことをしようとしたので、めるが必死に止めた)をした後、とうとう『大人のための絵本』の話に移った。
「で、ヴォル。要注意リストに追加されていたって、どう言うことです?」
「俺もそれ、気になってました」
めるが「それ、確認した覚えないんですけど?」とヴォルに尋ねると、ずっと気になっていたらしいエルスが同調した。
しかし、それに対してヴォルは首を傾げた後不思議そうに尋ねた。
「いえ、隊長も確認していたでありますよ?」
「……ほんとです?」
「えぇ、チラッと資料を見た後『これはヴォルが適当に確認しておくです』…と」
「え?今のめるの真似ですか?なんか、胸焼けするくらい似てませんでしたけど!?」
「…やっべぇです…全く覚えてねぇです」
「めるは気にしてないんだな!?」
ヴォルの以上にネッチョリとしためるの真似が、エルスとリリィはものすごく気になったが残念ながら当人たちは全く気にしていないようだ。
頭に手を当てて、なんとか思い出そうとしている。
「…あ、なんか思い出した気がするです」
めるはそう呟いてから、ぽちぽちとスマホを操作しだした。
「確か、軍用のファイルに共有されてた気がするです…えっと、これですかね…?あ、あったです」
そう言った後、操作していたスマホの画面を全員に見えるように開く。
そこに書かれていたのは、『大人のための絵本』の所有者のプロフィールとスキルの能力だった。
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ドリダス・ウェルウィ/♂【42歳】
日本領セリヌス星
ウェルウィ家4男。本家の護衛として奉公に出ている。
違法依頼板の使用経歴あり
スキル『大人のための絵本』/悪魔系
オリジン/エドワード・ゴーリー
以下能力
この才能は成長型であり、使用するたびに能力が変化することが確認されている
ここには、その変化を大まかな段階に分けて記す。
第一段階『うろんな客』
うろんな客を呼び出す。
最初は明確な形を持たず、敵対的だが力で隷属させることで形が固定され従順になることが確認された。
第二段階『不幸な子供』
影が風船を持った子供のような形に変化し、使用者及び周囲1kmの人間に不幸な事故を誘発する。
才能を制御することで不幸にする対象を選択できることが確認されている
第三段階『敬虔な幼子』
自らの信仰心によって身体能力が変化する
『人形劇』によって信仰心を植え付ける実験では、鋼鉄の檻を変形させることを確認。
第四段階『悍ましい二人』
二人組の影が生み出される。その二人は黒いモヤをだしながら動き回り、そのモヤに触れた生き物は病魔に冒されたように苦しんで死を迎えることが確認されている。
二人の影は才能主を起点に生み出されて、30分間残ることが確認されている。
この段階にて前スキル所有者が死亡したため、この段階の制御方法及びこれより後の段階の有無は確認されていない。
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「なんか、やばそうでウケる」
とは、これを見たリリィの感想である。
エルスは、違法依頼板とやらに自分の殺害か、誘拐かの依頼が出てるっぽいことに絶望していた。
「なあ、める…違法掲示板って俺も見れるのか?」
「無理ですね。登録者からの紹介がないとダメです。めるも持ってないです」
一見さんお断りシステムらしい。
わんちゃん軍の強権で確認だけでもできないかと考えていたエルスは絶望した。
少し目のハイライトが消えている。闇堕ちしかけてるっぽい。
すると、その会話を聞いていたヴォルが手を上げた。
「あ、小兵入れるでありますよ。使ったことはないでありますが」
「え、使ってないですよね?」
「もちろんであります」
そう言って、ヴォルがスマホを開いた。
すると、どうやら専用のスマホアプリがあるようでポップな起動画面とともに、某フリー素材屋さんみたいな看板を持った青年のイラストがアップで表示される。
イラストが消えると、大量の吹き出しがずらっと並んだ。
とある星の貴族:『みんな元気?』
とある星の貴族:『あああああああああああ』
とある星の貴族:『荒らしはやめよ』
とある星の貴族:『↑自治厨乙』
・
・
・
「治安の悪い掲示板じゃねぇか!?」
「え?これ違法ですよね?」
エルスとめるの目が点になった。
貴族…それも高額で違法の依頼をしたり受けたりするような悪い貴族がこんな雰囲気で会話しているとは夢にも思っていなかった様子だ。
二人が「えぇ〜」と驚いている(引いているとも言う)の間にも、そのスレッドは動いていて、『荒らしは迷惑だろ』『顔真っ赤でくさwww』と小学生のような言い争いが続いている。
エルスとめるはそのスレッドをそっと閉じた。
「それで、ヴォルさん。今されてる依頼ってどうやって見たらいいんですか?」
「それはでありますね…確かこれを…こうでありますか…?んん?あれ……あ、これでありますね」
ヴォルに、スマホを魅せられたエルスは軽くその内容を読んでから、ピシっと固まってシクシクと泣き始めた。体は微動だにしていないのに両目から涙がつーっと垂れている。
ヴォルが、エルスに見せた画面の一番上。
そこには。
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【依頼内容】エルス・レルクレムの誘拐
【報酬】 3億
【依頼者】 ウィル・ファウス・シェルブルーム
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こう書かれていた。
「さ、さんおく?おれ、さんおくかけられてる?」
自体が飲み込めないエルスは、滂沱の涙を流しながら全てひらがなな感じで呟いた。
一般平民の自分がこんなバカみたいな金額の懸賞金をかけられている事実を受け入れたくないらしい。
めるは何やら思案顔でヴォルに何か話している。
内容は聞こえないが、十中八九護衛の相談とかだろう。
そして、何やらまとまったらしく口を開いた
「とりあえず、学園が始まったら貴族も手出しはできないですから…後、半月くらいですか?ヴォルを護衛につけようと思うですけど、どうです?」
「マジで…?めっちゃ助かる…それならなんとかなりそうだし」
「確か、『緋凰学園』は全寮制でしたから、それ以降はほぼ手出しができないのも考慮してのこの値段でしょうね。ま、もう少しの辛抱ってことです」
努めて明るい感じを保っていっためるが、「数日これが泊まることになるですけど、リリィちゃんも大丈夫です?」と視線を横に向ける。
すると、少し前から静かだったリリィが口を開いた。
「え、なんの話…?そんなことより、お兄ちゃん見て、虹タコセールしてた。二個買ったら一個無料になった…あ、めるさんとヴォルさんどうぞ」
「「え?」」
「小兵にもくれるでありますか?ありがとうであります」
両手と頭にたこ焼きを乗せて。
それを見たエルスは絶句していた。魂が抜け切ったようなその顔には、『え、兄の命よりたこ焼きってま?』と書かれているように見えた。
めるが、「だ、大丈夫です…?」と尋ねると、エルスはすうっと息を吸って仏のような表情で言った。
「大丈夫、リリィのことだ。多分、難しそうな話だったから微塵も理解できなかっただけだろ。あいつ中2になってまだ7の段以降言えないから」
「い、いや?私もう八の段言えるからね?…半分くらいは」
一才の抑揚なく放たれたその言葉は、どこか自分自身に言い聞かせるようなニュアンスを含んでいた。
ただ、焦ったようなリリィの反応を見る限り図星っぽい。エルスお兄ちゃんは胸を撫で下ろした。
お兄ちゃんの命なんてたこ焼き以下とか思われてなくてよかった。
その傍でめるが、リリィにもわかりやすいように話を抜粋しながらもう一度説明する。先ほどのエルスの反応で、その内容が重要っぽいことを理解したリリィは真剣な表情で聞いている。
ただ、5秒に一回首を傾げているのがとんでもなく不安だ。
めるは訝しんだ。本当にわかっているのかしらん?
「ーーてわけで、エルスくんの寮の使用許可が降りるまではヴォルがお家に泊まるんですけど…理解できました」
「ん?だいじょーぶ!なんかよくわかんないけど、ヴォルさんが家に泊まるんでしょ!うん!わかった!」
めるが先ほどの話を端折りに端折って、連載小説のあらすじくらいの長さにしたものをリリィに説明した。
重要なところだけは理解したっぽいのでリリィのことはもう諦めてめるもエルスも話を進めることにした。
「とりあえず、特訓もエルス君の家でやることにするですから。部屋をきれいにしておくですよ。くれぐれも丸めたティッシュを放置したりしないように」
「…!?んぐっ!ゲホッ!しねーよ…!てか、じょ、女子がそういうこと言うな…!?」
「男も女もカンケーなく汚ねぇのは嫌ですよ」
突然の下ネタに、むせ返るエルスにあっけらかんと言っためる。思った以上にいい反応をしたエルスに、少しご機嫌である。
そして、ご機嫌のままヒョイッとたこ焼きを口に放り込む。
「あーん…ぐふぁっ…!あっついです!?」
そして咽せる。
少し時間が経って周りの部分が冷めてきたたこ焼きだったが、中のタネの部分は温度を保っていたらしい。「の、喉元を過ぎれば…!」とか言いながら大量の水で流し込んでいる。
「と、とりあえず、今日は帰るですよ。親御さんに事情も説明しないとですし」
「そうだな…一応先に連絡しとこ。掃除とかするだろうし」
「お兄ちゃん、知ってる?たこ焼きってこれに入ってるときの数え方、舟らしいよ」
「ごめん、リリィ。多分今それどころじゃない」
「えぇ?」
不満そうだ。
そんなリリィを放置して、エルスがレインでレイラに事情を含めて連絡する。
すると、30秒ほどで『仕方ない』と訳知りげに頷く魔法生物のスタンプが帰ってきた。そのスタンプは全体的に妙にリアルで気持ちが悪いのだが、レイラ的には『独特なかわいさ』があるらしい。
リリィもエルスも、いつかママ友との諍いの原因にならないか心配している。
エルスは、レイラがいつも使うその気持ち悪いスタンプに顔を顰めながら「ま、まあ理解してくれたっぽいし…いい…か?」とアプリを閉じた。
「大丈夫そうです?」
「あぁ、準備しといてくれるって」
様子を見ていためるが尋ねると、エルスは頷いて答えた。
すると、めるがリリィとヴォルを無理やり立たせて四人でバス停へ向かった。
バスに乗った四人は、ヴォルが両手の指を往復しても足りない位声量を注意されたり、カーブでリリィがたこ焼きを宙に放り出して前の席のおっさんの頭をソースまみれにしたりと色々あったがなんとか途中で下車することなく最寄りのバス停に到着した。
後に行われたインタビューで、その日バスの運転をしていた男性は「この世の中の終わりかと思った」「その2時間半のうちに30回ほど窓をぶち破って逃げ出したい衝動に襲われたが、そこはプロの意地でなんとか耐え切った」と語った。それを思い出す運転手の表情は、幾つもの死線を潜り抜けた戦士の表情だったという。
そして、その後家に帰ったエルスたちがいつも以上にきれいに掃除された家と異常にめかし込んだレイラに仰天するが、それはまた別のお話。




