05.魔物への攻撃は……
さっきよりも大きな火を出し、シェフレラは自分と魔物の間の地面に放った。今度は消えることなく、地面に落ちても火が燃えている。
それがシェフレラと魔物との間を隔てた。人間と魔物の間に、火の柵を設けたような形だ。
人間にすれば小さな焚き火程度だが、魔物にすればその火を飛び越えなければシェフレラのそばへ行けない状態になった。
「え……」
相手が火にちゅうちょしている間に、力をぶつけて追い払おうと考えたシェフレラ。
さぁ、軽く攻撃するか、と構えようとした時、一匹が火を飛び越えて来た。
ちょっと、そんなのありぃ?
予想外の動きに、シェフレラの頭は真っ白になる。構えるだけで、実際の攻撃に移れない。
もう少しためらうフリくらい、しなさいよっ。
魔物にすれば「知ったことか」と言われそうな文句だが、もう口にする余裕さえない。
そのままだと魔物の牙に倒れてしまう、という瞬間。
シェフレラに襲いかかった魔物の身体が、突然目の前で横へ吹っ飛ばされる。悲鳴が響き、魔物の身体が地面に落ちる重い音が聞こえた。
もちろん、シェフレラは何もしていない。構えていただけだ。
それに、無意識のうちに攻撃したとしても、横から力が走るようにはできない。
「攻撃するならさっさとしないと、喰われるぞ」
急速に暗くなってきた森の中で、そんな声がした。シェフレラと、残った魔物がそちらを向く。
いつの間に来たのか、シェフレラより少し年上であろう青年が現れていた。
短い黒髪で長身の青年は、見たところ丸腰だ。しかし、こういう状況で現れるということは、さっき魔物を飛ばしたのは彼だろう。
だとすれば、彼も魔法使いか。
魔物は、そしてさっき飛ばされた魔物も起き上がり、ターゲットを新たに現れた青年に変更したらしい。シェフレラを無視して、彼の方に向き直る。
魔物のあからさまな心変わりにちょっと失礼な気もしたが、とにかく助かった。
だが、彼だけでこの大きな魔物を相手にできるのだろうか。
さっきは不意打ちだから何とかなったかも知れないが、今度は完全に意識されている。魔物だって、もう油断はしないだろう。
協力した方がいい? だけど、初めて会った人と相談もなしに連携なんてできる自信はないし……。だからって、一人で逃げられないわ。
さっきのように彼が魔物を飛ばし、それでも魔物が逃げようとしないのなら自分がさらに攻撃を加えて……と、シェフレラは勝手に頭の中でそういうシミュレーションをした。
ある程度の力で彼が攻撃してくれれば、魔物がすぐ反撃できないように追い討ちをかけるくらいなら、シェフレラにもできるはずだ。
さっきはちょっと脅かして追い払うつもりでいたが、今度はこちらも本気でやれば何とかなる。魔物は彼の方に集中しているから、攻撃をよけられることはないはずだ。
……などとシェフレラが考えていると、魔物達の悲鳴が響いた。
あれ? と思って見てみれば、魔物達は全部地面に叩き付けられている。協力だの連携だの、全く必要ない。
彼の力だけで、魔物達は完全に戦意喪失していた。
魔物達はどうにか立ち上がると、慌てて森の奥へと逃げて行く。シェフレラは、その後ろ姿を呆然と見ていた。
今まで、何が起きていたのだろう。魔物が現れて逃げて行くまで、全てが一瞬だったような。
「子どもが火遊びしていたら、火傷するぞ」
その声にはっとする。
「だ、誰が子どもよっ」
反射的に言い返した。
「あたしは魔法使いよ。火の魔法だって、ちゃんと修業して……」
語尾が小さくなる。
修業してあの程度。まだまだ「修行中」の文字は消せそうにない。新人、と称するのもおこがましい気になってくる。
最後に大きな溜め息が出た。
「どうもありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「何だ、もっと怒りの言葉が続くかと思ったのに」
彼の言葉に、シェフレラは軽く肩をすくめながら苦笑する。
「自分の実力に空しくなっちゃって。先にお礼を言っておかないと、そのうちグチだけになりそうだから」
これまで一人で相手にしたことのないサイズで戸惑ったとは言え、手際が悪かった。助けてくれる人が一緒にいないのだから、先手必勝で強い攻撃に出るべきだったのだ。
それなのに、こけおどしのような魔法で対処しようとするから。怖がって逃げてくれればいい、なんて甘い考えで対峙していたから。
怒って本気になった魔物に、襲われかけたのだ。あの危険は、自らが招いたこと。
「あなたの言う通り、さっさと攻撃するべきよね。ああなったのは、自業自得だわ」
「新人か? 反省なら、後でゆっくりすればいい。いくら道が続く森でも、こういう場所を歩く時間はもっと考えた方がいいぞ。熟練者くらいでないと、一人では危ないだろう」
「あたしだって、まさかこうなるなんて思ってなかったわよ。……あなたはどこへ向かってるの?」
「ここを抜けた先に、街があるだろう。そこがとりあえずの目的地だ」
「ディーシャの街? あたしもそこへ戻るところよ」
向かう先が同じなら、お互いに同行を断る理由はない。
シェフレラは、リオントと名乗った青年と歩き始めた。
☆☆☆
「リオントはどこから来たの? 旅人って言うには、少し軽装な感じもするけど」
薄手のベージュのマントに、持ち物は小さな布袋だけ。あまり丈夫そうには見えない生成りのシャツに、マントより少し濃い色のズボンとベスト。
街から村へ帰る時のシェフレラと、あまり変わらないような格好だ。
並んで歩くと、シェフレラの頭のてっぺんが彼の肩あたり。そんなに小柄というのでもないシェフレラと並んでそうなのだから、リオントはかなりの長身だ。
さっきまではばたばたしていたからわからなかったが、こうして話しながら歩き、ふと彼の顔を見ると、濃い青の瞳と出会う。人がたくさんいるはずの街でも、こんなにきれいな色は見たことがない。
美しい青玉のような瞳が、茶色の瞳のシェフレラにはちょっとうらやましかった。
美しいのは瞳の色だけでなく、顔立ちも。街を歩けば、女性達が頬を赤らめて彼を見詰めそうだ。
シェフレラは隣を歩いているので近すぎるため、かえってしっかりと彼の顔を見ることができない。だが、そのおかげで見惚れることなく歩ける。
「南の方からだ。旅というのとは少し違うんだが」
リオントは「捜し物をしている」と言う。
「おふくろの……んー、思い出の品って奴。少し留守をしている間に、盗まれたんだ。かなり落ち込んでいて、見かねた双子の妹、つまり俺にとっての叔母が捜して来いって」
母親は元々線が細い方だが、このことでますます小さくなったように見えた。息子としても放ってはおけないので、捜しに出たのだと言う。
「役所には届けた?」
「いや、そういうのはちょっと……な」
何かしらの被害に遭っても、役所に届けない人は多い。
どうせ……と、最初からあきらめていたり、見付けてもらえるとは思えない、と信頼していなかったり。
街にもよるが、富裕層が余程大量の物品や金銭を盗まれ、捜すように圧力をかけなければ、なかなか本気で捜査されることはない、というのが大半だったりする。
役人達の名誉のために言えば、サボッている訳ではなく、役所の人手不足だったり、殺傷事件などの命に関わることの方に重きを置かれることが多いためだ。
連続で起きれば動きもあるだろうが、一件だけでは放置されかねない。
リオントも、そういった後回しにされることを懸念して、届けていないのだろう。
「それで、自分で捜すことにしたのね。改めて聞くけど、リオントは魔法使いよね?」
魔物を倒した力が魔法でなければ何なのだ、となってしまう。
「まぁ、そんなところ」
「魔法使いでも、手がかりがないと捜し物は難しいでしょ」
「普通はな。でも、おふくろの気配があるから、それを追っているんだ」
「え、そんなことができるの? はぁ……やっぱりレベルが違うと、そういうことができるのねぇ」
できる人は違うのだ。
悔しいが、あのクロスカスもそういう術を使い、ターミスを見付け出した。実力があれば、できることも多いと思い知らされる。





