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番外編:守家vs四葉 二人の視点

7話でモリヤさんとヨツバさんがどんな戦いを繰り広げていたのか、二人の視点での番外編です。

本作でここまでのガチバトルは二度と無いと思います。

「おっ……おまえなんか、怖くないぞ!」

 四葉ヨツバが震える声で放った啖呵。しかしそれは、守家モリヤに緊張を走らせるに十分な『殺意』を孕んでいた。

(…………こいつは、家を、家主を、害しかねない。させちゃいけない。私が、止めないと)

 心配して声をかけてきた家主――康祐に対して、守家は四葉から目を離さずに忠告を放った。彼の動きを目の端だけで確認し、守家は小さく息を吐く。

(もう少し距離を……できればこの部屋から出ていてほしかったけれど……問題無い。私が、四葉こいつに傷つけさせなければ良いだけなんだから)

 守家はそろそろと床に下り、半身はんみに立って四葉と相対する。被弾面積を減らし、相手の攻撃に対して受け流しやカウンターを取りやすくすると共に、尻尾による攻撃に素早く移行するためである。

 彼女の臨戦態勢に対して、四葉も恐怖に二の足を踏む。守家の尻尾から滴る粘液は、『理外の存在』である四葉にとって激痛と生命の損耗を与える猛毒であるためだ。しかし、すぐに自らを奮い立たせ、深く前傾して突進の準備を整える。

(悪党をやっつけようとすると、コイツが邪魔してくる。コイツを倒さないと、あたしは何もできない。いつまでもビクビクしてられるもんか。あたしは頂点捕食者カラスだぞ! あんなに強いおかーさまとおとーさまの子供だぞ! トカゲの1匹ごとき、怖くなんか…………怖くなんか、無いっ!)

 最初に動いたのは、四葉だった。彼我の距離約1mを最高速度の突進で詰め、そのまま一撃で仕留める魂胆だ。しかし、守家の反応速度は彼女の想定以上だった。尻尾がヘビのようにうねり、突っ込んでくる四葉をそのまま叩き落そうとする。

(このくらいっ!)

 その反撃が、四葉を捉えることは無かった。彼女の肩掛けが翼状に変形し、羽ばたきによって軽量な肉体を一瞬にして数十㎝持ち上げたのだ。

 それは単純な”跳躍”ではなく、空中における完全に自由な行動手段、”飛行”である。それ故に、突如宙に投げ出された四葉は、自由を失いバランスを崩すことも空気抵抗によって失速することも無く、依然加速したまま回し蹴りを繰り出した。

「っ……!」

 斬撃の付与されたその一撃が首元を捉える直前、守家は息を呑み咄嗟に姿を変えた。身長131㎝尾長約120㎝の人型から全長約10㎝のヤモリ型への急激な体格変化によって、四葉の攻撃を空振りさせて落下する。そのまま這いずり目指すのは、真横に置かれていたテーブルの下の空間。

(狭い場所なら、自由には飛び回れない。それに、手足も振り回せないでしょ……!)

 蹴りを外した四葉の目は、猛禽らしく小さなヤモリの逃走を見逃さなかった。

(逃がすかっ!)

 四葉もカラス型に変化し、守家を追ってテーブルの下に飛び込む。しかし前進しようとして羽ばたいた両翼は、天板の裏や脚に衝突して動作を阻まれた。

(せまい! いくらあたしが小さくても、この高さじゃさすがに飛べない!)

『…………けど』

 四葉カラスの目が、床を這う守家ヤモリの姿を改めて捉える。

(せまい、ひくい、飛ぶために翼は使えない。……なら!)

 四葉は低く床を撫でるような軌道で、守家目掛けて翼を振り抜いた。直撃には至らなかったものの、初列風切の先端が胴体を掠め、ヤモリの身体は弾き飛ばされた。

(叩くための『武器』にすればいい、逃げ道をふさぐ『壁』にすればいい。今の有利は間違いなくあたしだ! このまま、押し切る!)



 守家は床上を転がりながら、即座に前足の指先を設置させ、吸着力のブレーキで態勢を立て直した。

(危なかった……! 『わざと吹き飛ばされる』選択をしなきゃ、どれだけの衝撃が来ていたか……!)

 守家の態勢が変わったことで、1羽1匹の小動物たちは正面から向かい合う形になる。

(こうして見ると……大きい……! 体長だけでも4倍近い? 重量差はそんなものじゃ利かない。この姿で戦うことになったのは、失敗だったかも……!)

 振り下ろされた嘴を全速力で前進することで回避し、守家は舌を伸ばして四葉の左脚を舐める。唾液に含まれる毒性が、四葉にダメージを与えるはずだった。

 しかし、四葉は怯むことなく蹴り返してくる。幸いにも先端が突き刺さることはなかったが、直撃を受けた守家は吹き飛ばされ、テーブルの脚に叩き付けられる。

(なんで……⁉ ダメージが…………違う! しくじった!)

 落下の寸前、守家は後肢でテーブル脚に貼り付き、持ち堪える。続けて四葉が放った翼の叩き付けを、テーブル脚を上ることで回避する。

(今の四葉は、元のカラスの姿だ。ただのカラス相手には、私の『理外のモノを害する猛毒』は効きが薄いんだ!)

 天板の裏を這い回りながら逃げ回る守家。四葉は跳び上がって背中を叩き付けるようにして圧し潰そうとしてくる。

(パワー、スピード、リーチ、質量、全部負けてる上に毒も効かない。今の私じゃ勝てない! やるなら、『人型の四葉こいつを毒で倒す』しか無い……!)

 守家が天板裏への吸着を止め、自由落下を開始する。それを逃すことなく、四葉は突進を仕掛けた。しかし守家は自らに向かう嘴に着地し、慣性に飛ばされることでテーブル下を脱出しながら人型に変化する。

(コイツ、人型に! それならあたしもっ!)

 飛行能力と嘴・爪を有するとはいえ、カラスの小さな肉体では人間大の相手との戦闘では分が悪い。毒性粘液を分泌する尻尾を思えば猶更だ。故に、四葉も迷いなく人型に変化し、逃げる守家に手刀を振るった。『どこかに当たればダメージとなる』、それを狙ってのことだが、この反射的な攻撃は、不運にも守家の尻尾を捉えていた。人型になった四葉の指先を、猛毒が侵蝕し、激痛と糜爛をもたらす。

 四葉は苦痛に顔を歪めながらも、追撃を加えるためにテーブル下から這い出した。



 守家は切断された尻尾を身体に引き寄せ、テーブルから距離を取った。粘度の高い組織液が切断面から滲み出し、出血は即座に停止する。

(ダメージは、そこまで重くない……大丈夫、まだ、戦える……!)

 尻尾を軽く振り、動作の調子を確かめる。先端から長さにして頭一つ分、およそ20㎝程度を斬り飛ばされたために先端速度はわずかに低下しているものの、動作それ自体に大きな支障は無い。

「モリヤさん⁉ 尻尾……!」

「平気……! イモリの身体は、すぐ治るから……!」

 テーブルに目を向けたまま、家主・康祐の心配の言葉に答える。同時に舌を伸ばし、テーブルの陰に転がる尻尾片を回収。そのまま飲み下す。

(欠けた分は回収した。一瞬で生えてくるわけじゃないけど、これで多少は治りも早くなるでしょ……。あとは、四葉あいつをどう片付けるか……)

 守家の脱出からやや遅れて、四葉も這い出してくる。彼女は右手のダメージに息を荒らげ、左手で庇っている。

「うぅ……痛い……!」

 その弱音は、意図して吐かれたものでは無かった。相手が平然としていたならば、四葉とて気丈に振舞う覚悟はできていた。『追いつめている側』の自分の方が弱気になるのは、『勝者』の態度では無いから。

 しかし、守家も『明確な欠損』という決して小さくないダメージへの動揺と危機感による精神的消耗から、呼吸を乱し腰も引けている。

 『両者共にダメージに苦しんでいる』。その事実が四葉の気を緩め、無意識に苦痛を口に出させてしまったのだ。

「当然、でしょ…………! 私を斬るなら、毒液に触れないわけには、いかないんだから……!」

 言い返す守家を睨み返し、四葉は再び構え直す。右手を前に、”カギヅメ”を叩き込むための構えだ。対する守家も左足を前に踏み込み、短くなった尻尾を四葉に向ける。

「ふ、二人ともそろそろやめた方が……」

 康祐が仲裁しようと声をかけたが、二人は互いを見つめ合ったまま、同時に力強く拒絶した。

「悪党はだまってて!」「家主、平気だから、大人しくしてて……!」

 先に動いたのは、守家だった。左足を更に踏み込み、そのまま軸足に回転して尻尾で薙ぎ払う。四葉は跳躍し、そのまま飛行状態に移行。”カギヅメ”の斬撃効果を付与した踵落としで、相手の脳天を狙う。それも屈み込んで回避され、顎を狙って尻尾の突き上げが放たれる。しかし四葉が僅かに上昇したために、切断された守家の尻尾は標的に届かず空を切った。

(あの尻尾に触るのはだめだ……なら、”突き(クチバシ)”で頭か心臓を撃ち抜く!)

(四葉、見るからに私の『尻尾』だけ警戒してる……なら、隙を突いてこの手で押さえつける!)

 空中から打たれた四葉の回し蹴りを、守家は『跳躍して』回避した。

(跳んだ……? トカゲは飛べない。空中戦なら、私が勝てる!)

 上昇速度から守家の心臓の位置を予測し、左拳による”クチバシ”が打ち出された。鳥類の嘴の如き『硬度』と『貫通性』を得た『突き』が、守家の胸郭を目掛けて飛ぶ。しかし衝突の直前、守家の上昇が空中で突然停止した。直上に向けて伸ばした守家の手指が天井を捉え、ヤモリ特有の吸着力によってそのまま『足場』に変えたのだ。

(止まった!? なんで、『身動きが取れない』が崩れた! ……いや、問題ない!この距離、この速度……届く! 貫ける!)

 四葉の刺突は止まらない。実際、このまま拳を振り抜けば、守家に致命傷を与えることは可能だった。しかし――

「今ヨツバさんのこと『クロ』って呼んだ?」

 康祐の声が、四葉の耳に届いた。相手が結衣ユイであれば、四葉は気にも留めていなかっただろう。彼女は畢竟、『この部屋に住む生き物の1体』でしか無く、四葉を妨害する存在でも無かったのだから。どのような呼称を用いられたところで、苛立つことも無かったはずだ。

 しかし、康祐は違う。母に庇われた記憶は四葉の脳に刷り込みのように焼き付き、件の青年への抗いようの無い執着を心の奥深くへ根付かせていたのだ。

「誰がクロだぁ!」

 だからこそ、反応してしまった。彼に顔を向けてしまった。姿勢が僅かに崩れ、拳の到達が一瞬遅れた。

 そしてその隙を、守家は見逃さなかった。両脚を引き上げ、視線の外れた四葉の無防備な横顔に、天井に手を付いた疑似的ドロップキックを喰らわせる。

「わぶっ!」

 守家の足指は、四葉を吸着力によって捕え、蹴り飛ばすエネルギーの一切を逃すことなく叩き込んだ。直後に吸着性が消えたことで解放されたエネルギーは、慣性力によって四葉をその場で水車のように縦方向に回転させ、平衡感覚を奪い『飛行能力』という強みを喪失させる。

(これで…………)

 一度離した足で再び四葉の後頭部を掴み、振り下ろす勢いで床に叩き付ける。

(終わり!)



 頭を打ち付けたことで一瞬脱力した四葉の背中の上に、天井への吸着を止めた守家が着地する。

「………………理解……できた…………? 四葉…………悪さ、したら…………私、が……承知…………しない、から…………」

 緊張から解放されたことで、途切れ途切れに言った。対する四葉は遠のいていた意識を気力で取り戻し、抵抗を再開しようとする。しかし、脳震盪とダメージのショックで身体には思うように力が入らない。

「んぐ……まだ、まけて、ないもん……!」

 力無く藻掻く四葉と、それを押さえつけようと苦心する守家に、康祐が近付いて仲裁する。それを聞き入れ、守家は四葉の背中から足を退かしてへたり込んだ。背中への荷重が消えたことで、四葉も息を吐き出し身体の緊張を完全に解く。

「二人とも、食べたいものとか無い?」

 康祐の問いかけに対し、二人の疲弊しきった小動物は同時に、まったく同じ回答に辿り着いた。

「「肉」」

 康祐が部屋を出た後、数分して四葉がよろよろと起き上がった。その様子を、光の無い瞳で守家は観察する。

「…………まだ、まけてないから」

 四葉が俯いたまま呟いた。

「私が勝ったから」

「ちがうもん! 中断しただけだもん!」

「いーや、私の勝ち」

「悪党が変なこと言わなきゃあたしが勝ってた!」

 言い返され、四葉は一瞬口を噤む。四葉の主張はたしかに的を射ていたためだ。

「……でも、現に倒れたのはあんたじゃない」

 しかし即座に言い返し、今度は四葉が言葉に詰まった。

「…………それじゃ、私が勝ったんだから私の言うこと聞いてよね」

「やだ!」

「別に、一生下僕にしてやるって話じゃないのよ」

「……そうなの?」

 守家は身体を捻り、首を傾げる四葉に詰め寄った。

「家主を殺すのは、絶対に駄目。それだけ守って。それだけで良いから」

「むっ…………で、でも、あいつは悪党で……」

「守って」

 鼻先が触れ合うほど近づかれ、四葉は堪え切れずに目を逸らす。数秒目を泳がせ、再び守家と見つめ合う。

「……殺さなきゃ、良い?」

「…………待って、何考えてるの?」

「言ったよね? あいつのこと、殺さないのだけ守れば良いんだよね?」

「…………まぁ、うん……」

 その答えを聞いた四葉は身体を大きく反らせ、口角をにんまりと吊り上げた。

「ユイ! あいつまだ帰ってこないの!?」

 突然尋ねられた結衣は、一度玄関に目を向けると首を横に振った。

「四葉? 何考えてるの、四葉?」

 守家の問いに、四葉は屈託のない笑顔で答える。

「殺さない程度に悪党こらしめるの!」

 頭を押さえ、守家は溜め息を吐いた。

「そう……まぁ……良いか…………」

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