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トリニク

 大学からの帰り道。コンビニに寄り道してホットスナックのフライドチキンを買って出る。少し行儀は悪いが歩きながら包装を剥こうとしていると、突然頭に何かが落ちてきた。

 決して重くは無い重量感と硬く尖ったものが頭皮に突き刺さる感覚に頭上を手探りすると、何やら温かくてもふもふしたものを掌で捉えることができた。片手でそれをしっかり捕まえて、目の前まで持ってくる。正体は、小さめのカラスだった。

「…………ヨツバさん?」

 カラスは一声鋭く鳴くと、暴れて手の中から逃れ、また頭の上に乗ってきた。

「待ってヨツバさん、痛い、爪食い込んでる。もうちょい緩めて……」

 カラス状態のヨツバさんは俺の頭にしっかりと爪を立てて掴まっており、かなり痛い。

「んがっ⁉」

 爪の痛みとはまた違う、鋭い痛みが一瞬頭頂部に走る。何事かと思っていると、ヨツバさんが首だけを下げて俺の目の前に頭を突き出してきた。嘴には、今さっき俺から抜き取ったのであろう髪の毛の束が咥えられている。

てぇ……」

 思わずそう呻くと、ヨツバさんは頭を上げて一声長く鳴いた。ヨツバさんなりの『復讐』ってことなんだろうか。まぁ、こういうことをされる謂れはあるから仕方ないか。彼女が満足するまで好きにさせよう。



 アパートに帰ると、ヨツバさんは人型に変化して俺の頭から飛び降りた。せめて降りてから人型になってほしかった。流石に幼女一人分の質量を首だけで支えるのはしんどいんだ。

「恩人さん、おかえりなさい! あ、そっちはたしか、ヨツバちゃんでしたっけ」

「ただいま、ハユリさん」

 ハユリさんに挨拶を返し、部屋に入ろうと玄関を上がる。しかし、目の前に仁王立ちするヨツバさんは一向に退く気配が無く、何故かドヤ顔で腕組みしている。

「ごめんなーヨツバさん、一旦退いてな?」

 取り敢えず彼女を抱き上げて脇にずらし、部屋に引っ込む。ヨツバさんは人型状態でもかなり軽い。ハユリさんなんかと比べると少しだけ背が高いのに、体重に関しちゃ一番チビのユイさんよりも軽い気がする。鳥類だから密度が小さいんだろうか。

 定位置であるテーブルの目の前に腰を下ろすと、ヨツバさんも後からついて来た。彼女は不機嫌そうに頬を膨らませて天板に飛び乗り、俺を見下ろしている。

「ヨツバさん、テーブルに乗るのはやめようか……壊れるから」

「やだ! 悪党の言うことなんか聞かない!」

「いや危ないんだって……」

 ヨツバさんはテーブルの上で地団太を踏み、わざとらしく顔を背ける。いくらヨツバさんが小さくて軽いとはいえ、何かあっては困るので、やむを得ず捕まえて床に下ろした。

「やめろぉー! 悪党は困らせるのー!」

「にしたって危険な真似は駄目でしょうが」

 暴れるヨツバさんをどうにか押さえつけ、クッションに座らせる。

「はぁーなぁーせぇー……!」

「暴れんなって……」

 力尽くじゃ大人しくなってくれそうに無い。何かで機嫌を取れれば良いんだけど……。

「……あ、そうだ」

 結局手つかずになっていたホットスナックの包装を剥がし、ヨツバさんの眼前に突き付ける。

「食べる?」

「……これ何?」

 ヨツバさんの動きが止まった。上手いこと興味を引けたらしい。

「んー……帰りに食べようと思って食べ損ねてたやつ。美味しいよ」

「…………つまり、悪党の食べもの?」

「まぁ、元々はそうなるのかな……」

 答え終わるより早く、ヨツバさんは首を目いっぱい伸ばしてチキンに食いついた。そのまま大人しく咀嚼していたので一旦離れて様子を見守っていると、しばらくしてヨツバさんはゆっくりと身体を起こした。両手で行儀よくチキンを持って、夢中で食べ進めている。

「お口に合ったようで何よりで……」

 ヨツバさんが完食した頃合いにそう呟くと、勢い良くこちらに振り向いてきた。

「あってない!」

「にしちゃ美味しそうに食べてたけど……どうだった?」

「…………つよい、味がした」

 何か聞き覚えがあるコメントだなぁ……やっぱり野生動物には人間の食べ物あげるのはアレなのかな。今は人型だし多分セーフだとは思うんだけど。

 突然、ヨツバさんが手の中に残っていた包装紙を雑に折り畳んで、テーブルの上に叩き付けた。

「帰る!」

「え、うん。ヨツバさん帰るところあるんだ?」

「なんとかする!」

「そっかぁ……気を付けてね」

「うっさい! 悪党に心配されなくてもあたし生きてけるもん!」

 ヨツバさんはベランダに出ると、小さなカラスに姿を変えて飛び去ってしまった。



 ヨツバさんが開けっぱなしにしていた窓を閉めていると、後ろからハユリさんが近付いてきた。

「恩人さん、ヨツバちゃん行っちゃいましたね」

「行っちゃったなー。まあ元気そうで良かったよ」

「ヨツバちゃんに食べさせてたやつって何だったんですか?」

「味付けして衣付けて揚げた鶏肉」

「はぇ……鶏肉……トリの…………肉?」

「だろうねぇ」

 ハユリさんの声色が何かおかしかったので、振り向いて確認する。ハユリさんは頭を抱えて、何ともいえない表情で黙り込んでいた。

「どうしたハユリさん」

「よ……ヨツバちゃんって、カラスですよね?」

「だなぁ」

「カラスって……トリ…………? だ、大丈夫なんでしょうか……?」

 まさか虫食ってるムシのハユリさんからその疑問が出るとは思わなかったな。あれか? クモは昆虫じゃないから同族食いの意識が無いのか?

「カラスは雑食だし、野生なら小鳥狩って食うこともあるだろうし、別に良いんじゃないかな。流石にカラスとニワトリじゃ共食いにはならないと思うよ」

 もしそれで共食い判定なら、牛や豚や羊を日々喰らってる俺は蛮族だぞ。

「それなら大丈夫なんですかね……?」

「大丈夫じゃねえかと思うけどなぁ」

 ハユリさんと話していると、ユイさんが廊下の方から出てきた。

「おにーさん、おねーさん、外に何かきた」

「何?」

「あっち」

 ユイさんは、今さっき俺が閉めたばかりのベランダに続く窓を指差した。

「……ちなみに、何が来たか分かる?」

 そう尋ねたが、ユイさんは首を横に振る。

「……せめて、サイズ感とかさ」

「んー……このくらい」

 ユイさんが示した大きさは、大体30㎝くらい。そこまで大きくは無い。

「何だろ……ヨツバさんが帰ってきたのかな……」

窓を開けて軽く見回すが、何もいない。窓を閉め直そうとしたその時だった。

「ぎゃっ!?」

 足の甲に何か硬いものを押し付けられた。思わず痛みで変な声が出て、その場に尻もちをつく。

「恩人さんっ⁉ 大丈夫ですか⁉」

「大丈夫じゃない……めっちゃ痛い……」

 足の甲を確認するが、取り敢えず出血は無い。足元を見ると、小さいカラスが立っていた。

「……やっぱ大丈夫だわ、血は出てないし骨も折れてないし……」

「そ、そうですか……」

 駆け寄ってきたハユリさんに軽く手を挙げて答え、ヨツバさんに視線を戻す。

「……どうしたのヨツバさん」

『さっき食べたヤツ』

 ヨツバさんが、カラス姿のまま言う。

『あれ、どこで獲れる?』

「捕獲できるような代物ではないかなぁ。今度また買ってくるから、折を見てまたおいで?」

『狩れるんじゃん!』

「『狩る』んじゃなく『買う』の」

 ヨツバさんは長く一声鳴き、俺の足を軽くつついてからエアコンの室外機に飛び乗った。

『よく分かんない!』

「何かごめんな……」

『じゃあ次に悪党が狩ってくるまで監視してる!』

「それはまぁ…………好きにしてもらって良いけど……」

 ヨツバさんは2度、頷くように頭を下げ、短く鳴き声をあげると、その場で丸くなって動かなくなってしまった。

「…………寝た?」

 返事は無い。本当に眠ったらしい。起こさないように窓を静かに閉めると、ハユリさんとユイさんが近寄ってきた。

「ヨツバちゃん、どうなりましたか?」

 ハユリさんが尋ねてくる。

「んー…………子供って、電源が切れたみたいに突然眠りに落ちるよな、って…………思った」

「はぇ……」

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