トツゲキ
「ただいまー……」
「おかえりなさい恩人さん……元気ないですね?」
ハユリさんがいつも通り出迎えてくれた。そして、俺の状態に気付いたらしい。
「うん……やらかした……」
「何があったんですか?」
一つ言い訳しておきたいんだが、決してわざとじゃなかったんだ。距離があったせいで気付くまでに時間がかかっただけなんだ。
話は今朝の通学中に遡る。大学への道中、電柱の根元あたりに何か黒い塊が落ちているのが見えたんだ。何なのかと思って無警戒に近づいたのがマズかった。塊の正体は、まだ小さいカラスだった。時期的に多分、巣立ちでミスって巣から落ちたとかそんな感じだろう。つまり俺は、よりにもよって雛鳥に近づいたことになる。
ミスに気付いたが時すでに遅し。親鳥らしきカラスの突進を喰らい、慌てて逃げ出したのだった。幸いにも物理的ダメージは受けずに済んだものの、ショックがかなり尾を引いた。というか今も引きずってる。生き物好きを自称する人間が絶対やっちゃいけないことだった。あの若カラスは無事だろうか……。
「……というわけで、懺悔させてください……」
ハユリさん相手にしても意味は無いんだが、その場で土下座をしていた。
「お、恩人さんがへこんでる……とりあえず、頭を上げましょ?」
「はい…………」
ハユリさんに手を引かれて部屋に入り、鞄をベッドの上に放り投げる。
「そのカラスさんにまた会えたら、その時謝りましょうね、恩人さん」
「はい……」
いやでも、俺カラスの個体差とか分からないしな……。カラスが直接「あの時のカラスです」と名乗りを上げてくれればいいんだけど……いやそんなハユリさんたちじゃないんだから……。そもそもあのカラス、俺がうっかり近づいたせいで親鳥から見放されてたりしないかな……まだ上手く飛べないっぽいし、これで野良猫とかに襲われでもしたら、俺はもう腹を切るしか無くなるんじゃないか?
悩んでいると、コンコンとノック音が聞こえてきた。しかも、玄関側じゃなく窓の方から。窓のすぐ外はベランダになっているし、いくらここが1階といっても、わざわざ窓をノックするのは難しいと思うんだが……。
立ち上がり、カーテンを締め切っていた窓に近づこうとすると、天井から砂色の鱗に覆われた手が伸びてきて俺を制止した。今日はモリヤさんだったか。
「何、モリヤさん?」
「…………何でも無い」
「そう……」
絶対何かあったから止めたんだと思うけど、モリヤさんが何も言わないなら何もなかったと思うしかない。
カーテンを開けてみたけど、当然ながらベランダには何もいなかった。一応ベランダに出て周りを確認したけど、やはりノックの主は見当たらない。
「誰でしたか?」
室内に戻り窓を閉めたのと同時に、ハユリさんが尋ねてきた。
「誰もいなかった」
「はぇ……誰もいないのにノックされるなんてあるんですねぇ」
「小石でも飛んできたのかな……」
話していると、また窓がノックされた。
「また小石でしょうか?」
「どうだろうなー……」
振り返り、部屋の中からベランダを確認するが、見える範囲には何もいない。
「マジで何なんだ……」
窓を開け、一瞬引手に向けていた顔を上げる。ベランダの手すりの上に蹲るようにして、幼女が乗っていた。
「……どちら様?」
幼女は小さな羽根を継ぎ合わせたようなドレスと肩掛けを身に着けており、艶やかな黒髪も相まって全身『黒』って印象を感じる。……と、幼女が顔を上げた。というか、ものすごく睨まれている。
「ついに見つけたぞ悪党! 正義の裁きを受けよ、必殺”クチバ――」
幼女が飛び蹴りを放ってきた。咄嗟に後退りしたが流石に避けきれず、まともにキックを喰らうと思ったその時だった。
「ぶべっ」
黒い幼女がいきなり墜落した。少しして、天井からモリヤさんが下りてくる。
「流石に殺すのは駄目」
「えっ、俺殺されかけてたの?」
ただの幼女の飛び蹴りじゃ流石に死なない気がするけど……。と、モリヤさんが仰向けにひっくり返っている黒い娘の額に尻尾の先端を押し付けた。
「い……ぎゃあああああっ⁉ 痛い痛い痛い熱い熱い熱い! まってたすけてやめて! 負け! あたしの負けで良いから! カンベン! カンベン!」
黒幼女が急に泣き叫びながら暴れ出した。モリヤさんに触れられてこの反応……何となく察してはいたけど、人外だったか……。
「映李先輩、糸。こいつ捕まえて」
「はぇ⁉ は、はいっ!」
モリヤさんの指示で、ハユリさんが黒幼女を蜘蛛糸で縛り上げる。
「それで……お嬢さんはどこのどちら様で?」
問いかけると、幼女はこちらを鋭く睨みつけた。
「あたしは白詰四葉! おまえにいじめられたから、復讐しに来た! 悪党め、首を差し出せ!」
綺麗な名前の割に物騒だな……。
「…………待て、『いじめられた』? ……あの、すいません、一つだけ確認良いですかね……」
ヨツバさんの前に膝を突きながら尋ねる。
「悪党の言うことなんか聞かない!」
ヨツバさんは顔を背けてしまった。しかし、これだけははっきりさせておかないとならない。事によっちゃ、俺が十割悪いんだから。
「ヨツバさんってもしかして……カラスだったりする?」
「そう!」
ヨツバさんは威勢よく答え、小さなカラスに姿を変えた。個体差は全く分からないけど、サイズ感は今朝遭遇した若カラスとほぼ同じな気がする。すぐにヨツバさんは人型に変わり直した。一気にサイズが変わったせいで、ハユリさんの拘束も抜けてしまっている。
「どうだ! あたしの姿に覚えがあるだろ!」
「マジで申し訳ありませんでした…………」
ヨツバさんに答えるより先に、土下座していた。
「うえっ、何か聞き分け良い……? とっ、とにかく! 観念したなら大人しくその首……」
ヨツバさんが急に黙り込んだ。何かと思って顔を上げると、モリヤさんがヨツバさんの後ろから首を掴んでいる。
「……殺すのは、駄目」
「ひぃっ……で、でも! コイツはあたしをいじめたんだぞ! だからおかーさまがあたしをコイツから庇ってくれたんだ! コイツが悪党じゃなけりゃ、おかーさまが何かするはず無いじゃんか!」
どうしよう筋が通ってて何も言えねえ。カラスからすりゃ、人間なんて正体不明のデカい脅威に他ならないもんな。
「でも、あんたは無事じゃない」
「おかーさまが守ってくれたからだもん!」
モリヤさんがヨツバさんと言い合っている。
「モリヤさん、これについてはマジで俺が100パー悪いから、ここは一旦抑えて……」
モリヤさんに手招きすると、彼女は不満げながらこちらに来てくれた。
「えー……改めて弁解させていただきたいのですが、悪意があったわけじゃないんです……何か落ちてたから、何だったのか分からなくて確認しようと思っただけなんです…………ヨツバさんとお母様にはたいへんなご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……」
頭を垂れて弁明と謝罪をする。
「知らない! 許さない!」
許してもらえなかったようだ。
「とにかく! あたしとおかーさまを怖がらせた悪党は成敗する……の……」
うーん……これはもう、死ぬしか無いか……? ところで、語尾がやけに尻すぼみだったな?
身体を起こすと、モリヤさんがヨツバさんに肩を組んでいた。ヨツバさんは泣きそうな顔で震えている。
「モリヤさん、もう許してやってよ……」
「む……」
モリヤさんはかなり不満そうな顔ではあったものの、ヨツバさんから離れてくれた。それでもヨツバさんは震えっぱなしだったので、抱き上げて上下に軽く揺すっていると、元気を取り戻したようで髪の毛を掴まれた。
「はなせ悪党ぉ……」
「ごめんなさい……ヨツバさん、もう大丈夫? 声震えてるけど」
「へ、平気だもん、はなせっ!」
頭突きを顎に食らってしまった。まぁ元気そうで良かった。ヨツバさんは俺の腕から抜け出すと、転がるように窓の方へ逃げていった。
「きょ、今日はこわいやつがいるから帰る! そいつがいない時に成敗してやるからな!」
ヨツバさんはそう吐き捨て、ベランダの手すりに飛び乗ると、カラスに姿を変えて飛び去ってしまった。その姿を見送っていると、ハユリさんが服の裾を引いてきた。
「…………ごめんなさいできて良かったですね、恩人さん」
「うん……いや本当、生きててくれて良かったよ……」




