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家守と悪食

 目を覚ますと、天井に貼り付いていたモリイさんと目が合った。あんたも貼り付き族か。

「……いや、今日はモリヤさんだったっけ」

「うん」

 モリイさん、もといモリヤさんは1匹の小さなヤモリに姿を変えると天井から剥がれ落ち、ベッドに着地してから人型に戻った。

「改めて、ニホンヤモリの守家。家主の家を守らせてほしい」

「うん……本当にヤモリなんだな」

「うん」

 モリヤさんと握手すると、彼女はベッドから下りて玄関の方へ行ってしまった。後をついて行くと、玄関に蹲って扉の方をじっと見つめている。

「……モリヤさん? 流石にそこは邪魔じゃない? 俺今日も大学行かなきゃなんだけど……」

「んー……でも、ここが一番獲物が来るから……」

 ……まぁ、たしかに外と繋がってる玄関は虫が侵入しやすい場所だとは思うけど。

「出る時にちょっと退いてもらうことになるよ?」

「うん」

 部屋に戻ると、ハユリさんが起き出していた。

「あ、おはようございます恩人さん!」

「うんおはよう。昨日はモリイさんの服とかの世話してくれてありがとうな……今日はモリヤさんになってるけど」

「はいっ。わたしとユイちゃんで作ったんですよ!」

「手作り?」

「はいっ。二人で糸を使って織り上げまして……ほら、あの『はんもっく』みたいな感じです」

 なるほど。すげえ複雑な形作れるじゃん。

「……待って、『織り上げた』? つまりあれ、1枚構造?」

「はぇ? まぁ、はい。くるくるー、って」

 ハユリさんが空中で指をくるくると回すと、一瞬で空中にワンピースのミニチュアが出来上がってしまった。3Dプリンターかな?

「……二人ともすごいなぁ……」

「えへへ。それじゃあわたし、今日も頑張って悪い虫やっつけますね!」

「うん頑張れー」

 ハユリさんは今出した蜘蛛糸のミニチュアワンピースを口に放り込み、廊下に出ていった。直後、小さな悲鳴が上がる。

「ひゃあっ! も、モリイさん⁉」

「今日はモリヤだよ」

「も、モリヤさん」

 ……まぁ、玄関に誰かが蹲ってじっとしていたら驚くよな。後に続いて廊下に戻ると、モリヤさんとハユリさんがそれぞれ反対側の壁に貼り付き、見つめ合っていた。ちょっと愉快な絵面だ。今のところ大きな問題は無さそうなので、ひとまず放置して出かける準備を進める。

 30分ほどして戻ってきても、二人は全く動かずに同じ位置に貼り付いていた。

「ごめん、ちょっと退いてもらえる?」

「えっあっはいっ! ごめんなさい恩人さん!」

「ん、今、どく……」

 二人は素直に応じてくれて、ハユリさんは糸伝いに天井に、モリヤさんは壁を這って浴室に一度退避した。あそこはもう、モリイ&モリヤさんの定位置になりつつあるな……。

「じゃ、行ってきます」

「はいっ、恩人さん、いってらっしゃい!」

 元気よく送り出してくれるハユリさんに手を振り返し、部屋を後にした。


─────────────────────────────────────


 三角コーナーに湧いた羽虫の1匹を、結衣ユイの放った粘着質の細糸が捉えた。素早く雁字搦めにし、糸を引き寄せて手元に収める。

「おねーさんおねーさん、つかまえた……!」

「おー、えらいですよ、ユイちゃん!」

 蜘蛛二人の会話を背後に聞きながら、守家は微動だにせず玄関扉を凝視し続けていた。それに気付いた結衣が、羽虫を握り締めたまま背中に寄りかかる。

「もりー、食べる?」

「……守家」

「もりー」

「……もう良いや。私は必要ない」

 守家の素っ気ない返答に映李ハユリも接近し、正面に回り込んで顔を覗き込む。

「モリヤさん……お腹空いてないんですか? もっと大きな虫捕まえましょうか?」

 心配げに顔を近づける映李に、守家は溜め息を吐き立ち上がる。

「……違うの、先輩。私は、虫じゃないモノを食べるから……」

「はぇ?」

「ちょうど来た。少し下がってて」

 守家が1歩前進したのと同時に、部屋のインターホンが鳴った。

「あれ、お客さんでしょうか? 隠れないと……」

 映李が結衣の手を引いて部屋の奥に逃げるのを見届けてから、守家は視線を玄関に戻した。

「……先輩は、賢い。正しく動ける。さすがは、家主と一緒にいるだけある…………」

 瞑目して一息長く吐き出し、濁った目を開く。

「拒まないよ。入ってきたら?」

 睨み上げるように扉を見つめ、冷たく言い放つ。すると、ドアノブが一瞬激しく上下し、動きが止まった数秒後、扉を透過して1体の黒い影が侵入してきた。

 やや前傾姿勢のソレの上半身が完全に扉を通り抜けたのと同時に、頭部に当たる部位が切断されて落下する。動きを止めた影から視線は切らず、守家は尻尾を使って転がった頭部を引き寄せた。

「……首を落とすと止まるタイプか」

 足指に影の頭部を吸着させて拾い上げると、守家は大口を開けて舌を伸ばし、頭部を絡め取って丸呑みにした。

「…………味が薄い。まぁいっか」

 頭部を失ったことで既に『死亡』している影の右腕に舌を絡めて引き寄せると、その全身が扉を透過して廊下に倒れ込む。その物音に反応した映李が、部屋の奥から顔を覗かせた。

「モリイさん?」

「モリヤだよ」

「何かあったんですか……わぁ! その黒いのは⁉」

「先輩がたに引き寄せられてきたモノ。私の食べ物」

「へ、へぇ……」

 守家は影の腕に巻き付けた舌を締め上げて根元から切断し、千切れた腕を引き寄せて飲み込み始めた。

「わぁ……そんなにおっきいモノ、全部食べられますか?」

「ん」

「すごいですねぇ……」

 そのまま影の左腕、右脚、左脚と食い進め、細切れにされた胴体の最後の1片を飲み込んだ頃、玄関に鍵の差し込まれる音が小さく響いた。

「あっ、恩人さん!」

「ん、もう帰ってきたのか……先輩、頼みがあるの」

 守家の言葉に、玄関前に向かおうとしていた映李は足を止めて振り返る。

「はぇ? 何でしょうか」

「今日あったことについては、どうか家主には秘密にしてほしいの。家主を怖がらせるのは忍びないから……」

「はぇ……」

 扉が開く音に、映李は反射的に振り向いた。

「恩人さん、おかえりなさい!」

 部屋の主を迎え入れ、彼の後に続いて部屋に入ろうとした映李は、一度足を止めて守家の元へ駆け寄った。

「……先輩?」

「モリヤさん。恩人さんは良い人ですし、理解もあります。きっと、正直に話しても大丈夫だと思いますよ? わたしのことだって怖がらなかったし、わたしが恩人さんを食べたいのも受け入れてくれたんですから。モリヤさんが怖いモノからこの家を守ってくれてるって知ったら、きっと褒めてくれますよ」

 両手を握って話す映李に、守家はたじろぎ目を泳がせ、振り絞るように呟いた。

「……手を、離した方が、安全だから…………」

「はぇ? それって……っつぁ!?」

 掌に走る焼けるような激痛に映李は悲鳴をあげ、反射的に手を離そうとすると同時に後退り、足をもつれさせてそのまま転がった。

「どうしたハユリさん⁉」

 康祐が廊下に駆け込んでくると守家はその場で膝をつき、目を伏せた。

「ごめんなさい家主……私の汗が、先輩に毒になったの」

「え、あぁうん。俺は良いからハユリさんに謝っておこうな」

「ごめんなさい先輩…………」

 映李は手足をばたつかせて身体を起こすと、苦笑しながら守家の頭に手を置いた。

「大丈夫ですよ、モリヤさ熱ぅい!?」

「だから駄目だって……。私の毒は、理外のモノに猛毒になるから……。『ヒトの身に化けた動物』なんか絶対辛いと思うから……」

「そんなぁ……モリヤさんは何ともないんですか?」

 毒汗で焼け爛れた右手を振りながら、映李が尋ねる。守家は首を傾げて答えた。

「まぁ……自分の毒だし……」

「そんなぁ……」

「そんなことよりハユリさん、その手大丈夫⁉」

 康祐に手首を掴まれ、映李はきょとんとして頷いた。

「まぁ、はい……少しびっくりしましたけど、クモになってしばらくじっとしてれば……」

「マジか……」

「はい、というわけで、少し失礼しますね。ごめんなさい恩人さん」

 映李はハエトリグモに姿を変え、床を這って冷蔵庫の裏へと潜り込んでしまった。

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