老猫は看取られたい③
昼食を終えたおソラさんは、更に眠くなってしまったようで、テーブルに肘をついたままこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
「おソラさん、やっぱりお昼寝する?」
「んぅー……? いやだよォ…………お兄ィさん、もっと愛でておくれよぅ…………」
そう言いながら、おソラさんは俺に抱き着いてきた。そのままぐりぐりと頭を押し付けてくるが、呼吸音がほぼ寝息なんだよなぁ……。
「ねぇおソラさん、やっぱり少しくらい寝たら?」
「いやだよぅ…………」
「俺も一緒に寝るからさ?」
「じゃぁ寝るぅ……」
答えたっきり、おソラさんはぐったりと脱力してしまった。まだ意識は残っているみたいだけど、彼女の身体はじんわりと熱を持っている。眠い時の子供ってまさしくこんな感じだよな……お婆ちゃんなんだか幼児なんだか分からんな……。
おソラさんを抱き上げると、彼女は更にひしとしがみついてきた。動きにくいのを我慢してベッドに寝かせたは良いものの、彼女の手が俺の胸元から離れる気配が無い。
「おソラさーん?」
「……一緒に寝てくれるんだろぅ? 早く隣に横におなりよぅ……」
そんなこと言ったっけ。言ったな。言っちゃったものは仕方がないので、諦めて隣に寝転がる。
「んゃぁ……♪」
目を細めて小さく鳴くと、全身の力が抜けて動かなくなってしまった。一瞬死んだかと思ってしまったが、どうやら呼吸はしているらしい。
温かいおソラさんを抱いていると、何だか本当に眠くなってきてしまった。適当に抜け出すつもりだったけれど、気が付いたら本当に俺まで眠ってしまっていた。
目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。スマートフォンで時間を確認すると、23時を少し過ぎた頃合いだった。
「…………そういえば」
隣で寝ているはずのおソラさんを確認する。冷たくなっていたりしたらアレだな……と思ったが杞憂だったようで、顔の前に手を近づけると温かい寝息が吹き付けてきた。耳がぴこぴこと揺れていたので、手慰みに頭を撫でる。
「…………お兄ィさん?」
「うわっ。起きてたの?」
「ちょっと前からね……」
おソラさんが俺の手を舐めてくる。
「……ねェお兄ィさん、知ってるかィ? 猫は1匹で死ぬんだよ?」
「……死期を悟るとどこかに行くってのは、よく聞く話だなぁ……」
「誰だって格好悪いところは見られたくないモンさ。……けどねェ…………駄目だなァ、人の身にこんな不便なところがあったなんて」
「何かあるの?」
おソラさんが俺の指を咥え込んできた。何故人外幼女たちは人の指を食おうとするんだ……。
「おソラさーん?」
「…………脳ミソまで人に寄るとさァ、一人ぼっちが寂しくっていけないね。死ぬのは怖くないけどさ? 一人寂しく終わりを迎えるってのァ、あんまりにも悲しいじゃァないか……」
「……おソラさん、死ぬの怖かったりする?」
おソラさんが黙り込んでしまった。図星を突いてしまっただろうか。おソラさんは黙って俺の指を軽く噛んでくる。ざらざらの舌と意外と尖った歯の感触がまぁまぁ痛い。
「そんなんじゃないってば、お兄ィさん……ずっとお喋りしててよぅ」
「それは難しいかなぁ……」
「じゃ、ずぅっと抱きしめていてくれよぅ……一人はいやだよぅ……」
おソラさんがにじり寄ってきて胸元に顔を埋めてきた。昼間はあんなにも余裕のある雰囲気だったのに、それが嘘みたいに弱気じゃないか。…………何というか、本当に寿命なんだなぁ……。
「……おソラさん?」
「……なぁに?」
「服噛むのはやめてほしいかなぁ」
「……にゃぁ、バレたか♪」
おソラさんが俺の服から口を離し、こちらに顔を向けてニンマリと笑ってみせた。元気になったようで何より。
「そらそらお兄ィさん? お手てがお留守だよォ? お兄ィさんの両腕は今、アタシを抱きしめるためにあるはずだろう?」
「はいはい……」
軽く腕を持ち上げてみせると、おソラさんは自ら俺の胸に飛び込んできた。
「んふぅー……♪ …………お兄ィさんは、温かいねェ……♪」
「……おソラさんも、随分とぽかぽかしてるねぇ」
「お兄ィさんのおかげだよぅ♪」
腕の中のおソラさんがしばらく顔を擦りつけてきた後、脱力して静かになった。……死んだ?
「……んゃ…………」
まだ生きてるっぽい。身体も温かい。
「……おやすみ、おソラさん」
聞こえていたかどうかは分からないけど、更にしっかりと引っ付いてきた気がした。
次に目覚めた時、外はもう明るくなっていた。隣のおソラさんを確認すると、彼女は小さく身体を丸めて動かなくなっていた。……死亡確認とかしたくねぇなぁ…………。
「恩人さん恩人さん、おはようございます」
ハユリさんが天井から下りてきて声をかけてきた。
「うんおはよう……」
「おソラさんは……?」
「…………確認した方が、良いよなぁ……」
おソラさんの方に視線を戻すと、いつの間にかユイさんが壁を這ってきて、おソラさんを覗き込んでいる。
「おにーさんおにーさん」
「ん? どうしたユイさん」
ユイさんは答える代わりに、おソラさんを指差した。なにが言いたいのかは分からないけど、とりあえずおソラさんの頬に触れる。…………温かい。
口元に手を近づける。おソラさんの呼吸を感じる。……生きてる?
「おソラさん⁉」
思わず大きな声が出た。それで起こしちゃったのか、彼女の顔がむにゃむにゃと小さく動き、舌が小さくちろりと飛び出して俺の指を舐める。
「ふにゃ……ァ。おはよぉ、お兄ィさん……♪」
おソラさんは何事も無かったかのように身体を起こすと、大きく伸びをして、寝ぼけ眼を擦りながらこちらを見上げた。
「…………おはよう、おソラさん」
「んふふ、も一度おはよう、お兄ィさん♪ 大好きな人と朝の挨拶ができるってのァ素敵だねェ♪」
「そう…………その、何だ。生きてたね」
「んー? そうだねェ……なんでだろうねェ? アタシの見立てじゃ今日の朝を迎えることは無いと思ってたんだけどねぇ♪」
おソラさんは割と物騒なことを、楽し気に笑いながら言う。もう一度大きく伸びをして、いきなり抱き着いてきた。
「んー……! 何だか身体が軽いねェ……♪ 死期ってモンがどこかに行っちゃったみたいな気分だよぅ♪」
「そっかぁ……」
猫耳がぴこぴこ揺れて、顔にぶつかってくる。
「ねーェ、お兄ィさん? 何故かは分からないけど、運良くこうして生きていられたんだ。もうちょいとばかしここに置いておくれよぅ♪ 『人の身を得た老猫』なんて可愛がってくれる人、お兄ィさんしかいないんだよぉー♪」
おソラさんの頭が、ぐりぐりと顎の下に押し付けられる。
「んー…………まぁ…………うん…………」
どうしよう、長期的に置いておくとなると……子供1人養うのは……ただの大学生の俺には厳しくないか……?
「餌代の心配ならいらないよォ。ネズミでも狩るからさァ」
心の中を見透かしたようにおソラさんが言う。
「部屋ん中にネズミはそうそう出なくないか?」
「そぉ? じゃ、ご飯のためにはお出かけしないとだァね。お兄ィさんだって昼間はお出かけするんだろ? いないうちにご飯は自力で捕まえるからさァ、お兄ィさんはアタシを愛してくれるだけで良いんだよぅ」
「あー……なら、まぁ……良いか…………戸締りはしてね?」
「にゃーぁ♪ ありがとねェ、お兄ィさん♪」
……しかしまぁ、住人増えたなぁ……。部屋が狭くなってきたことに思いを馳せつつ、おソラさんを見下ろす。彼女の背後で揺れている尻尾が、目の錯覚か2本あるように見えた。素早く振れてたからもしかしたら残像かもしれないけど……もしかしておソラさん、猫又になったりしてない?
……まぁ、今はどうでも良いか。




