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第9話 寝取り男の本命と停電密室とか、もうこれ、詰みだろ


 体育祭前日の放課後。

 昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返った体育館の中で、月森さんが器具室の中にいた。


 ドアの前にしゃがみ込み、箱を整理している――その背中を、すぐに見つけた。


「……あれ、月森さん?」


 名前を呼ぶと、彼女は小さく肩を跳ねさせて振り返った。


「あ……すみません、もうすぐ終わりますから……」


「いやいや、責めてるんじゃないよ。俺も鍵返しに来ただけだし」


 そう言いながら、俺はポケットから器具室の鍵を取り出して見せた。

 ついでに、ってことで、もう一歩踏み込む。


「それ、手伝うよ。そっち、ひとりじゃ大変そうだし」


「……大丈夫です。私、慣れてますから」


「慣れた結果が、今この時間ってやつか?

 それ、ブラック企業の新卒が言うやつだぞ」


「っ……そ、それは……」


 彼女の手が、思わず止まる。


 まあ、ここで無理に押しても、かえって気を遣わせるだけだろう。


「じゃあさ。こっちはたまたま通りがかっただけの近隣住民ってことにしてくれよ。

 困ってる人を見て見ぬふりできない性分でさ」


「ふふ、勝手ですね」


 冗談めかして言うと、月森さんはほんのわずかだけ、唇の端を緩めた。

 それだけで、ちょっと得した気分になるのが自分でもよく分からない。


 ただ、そんなふうに笑う彼女は、やっぱり綺麗だった。


 段ボールを並べたり、マットをずらしたりといった作業を黙々とこなすうちに、外の陽もすっかり傾いていた。


 器具室の中は、もうほとんど夜の顔をしている。


「だいぶ片付いてきたな。あとは上の棚くらいか」


「はい。あれは私が――」


「おっと、そこは俺がやるよ。背の高さ的に」


 脚立を伸ばして上段のマットを戻そうとした――その瞬間だった。


 バチッ。


 乾いた音とともに、器具室の蛍光灯が消えた。


「……え?」


 一拍置いて、周囲が完全な暗闇に包まれる。


 外の明かりも届かない、密室の静けさ。


「……停電?」


 ブレーカーでも落ちたのか…?


 辺りは真っ暗闇になった。


 フィクションでよくあるシチュエーションだが、

 現実ではただただ、心臓に悪いだけだった。


 次の瞬間――


 彼女が、そっと俺の袖を掴んでいた。


「月森さん、大丈夫か?」


「……はい、すみません。

 でも……ちょっと、暗いところ怖くて……」


 その声は、いつものしっかりしたトーンじゃなかった。

 ちょっと震えてて、どこか心細さがにじんでる感じで。


 だから、思わず口にしていた。


「……俺で、いいのか?」


 この状況、この間、この距離で。

 言っちゃダメなやつだよなって、言った直後に後悔したけど。


 でも、月森さんは――小さく、でも確かに言った。


「……いまだけは」


 まるで、ずっと抱えてた何かを吐き出すみたいに。


 その言葉を聞いた瞬間、なぜか背筋がすっと伸びた。


 なんか、こんなふうに、誰かに頼られるとか、必要とされるとか。


 それだけで息がしやすくなる気がした。


「神崎さんに昔、教室でカーテンが閉まってる中、電気消されて……

 『詩乃は、怯える顔も可愛いね』って言われて……

 ……それもトラウマだったんです」


 おいおい、電気消してビビらせるって……


 普段なら『性癖は人それぞれですし〜』って笑って流すけど、


 トラウマになるようなことして悦に入ってたとか、笑えねえよ。


「ふふっ…こうしてるだけで…なんだか落ち着いてきました…」


 そんなことを言われたら、こっちのほうが落ち着かなくなるぞ…!


「頼りないと思ってた?

 俺って意外と守備範囲広いんで」


「ふふっ。……そうですね」


 ほんの一瞬だけ、笑ったような気がした。


 薄暗い倉庫の片隅。


 しばらく沈黙が続いたあと、月森さんがぽつりと声を落とした。


「……あの、篠宮さん」


「ん?」


「カフェのこと……神崎さんに、バレてました」


 言い終えると同時に、月森さんは小さく肩をすぼめた。

 まるで、怒られるのを覚悟してるみたいに。


「……知ってるよ。ちょっと前に、本人からお叱りを受けました」


「え……」


「ま、運が悪かったってことで。

 こっちは無傷。多少うざがられたくらい」


 俺がそう軽く笑うと、月森さんは驚いたように目を見開いた。


「ただ、“今はまだいいけど、これ以上詩乃と仲良くするなよ“的な、圧はかけてきたな。

 ……正直、今後は偽装デートの言い訳が立つかどうか……

 そこが問題だな……

 まぁ、もう1回ぐらいは行けるんじゃないかと勝手に思ってるけどさ」


 俺がそう言った直後、

 月森さんは、眉を寄せて、唇をぎゅっと噛む。


「……なんで、そんなふうに言えるんですか……

 先に私の心配して……

 私、“絶対迷惑かけない”って、言ったのに……」


 声が震えていた。


 怒られる覚悟で話し出したのに、まったく責められないことの方が、ずっと辛そうだった。


「だって、月森さんは悪くないじゃん。

 好きでバレたわけでもないし、そもそも俺が勝手に巻き込まれに行ってるようなもんだし」


 笑いながらそう返すと、月森さんはぐっと唇を結んだ。


「意味分からないです……」


 その声は、消え入りそうにかすれていた。


 俺は、静かに言葉を返す。


「頼んだのは月森さんだけど、引き受けたのは俺の意志だしな。

 だから、気にしちゃいないから月森さんも気にしなさんな」


「……篠宮さん……」


「ってことで。

 今後も偽装デートは随時受付中ですので」


 茶化すようにそう言うと、月森さんはわずかに笑った。

 けれど、目元は潤んだままだった。


「……ありがとうございます」


 かすれた声で、そうつぶやく彼女の横顔は――どこか、泣きたそうで、でも救われたようにも見えた。


 ……あーもう、心臓が体育祭始めそうなんだけど。リレーじゃなくて恋愛で走る気か?




 停電から、しばらくあって――


「……あの、篠宮さん」


 月森さんが、小さく呼んだ。


 その声の震えが、さっきより少しだけ強かった。


「……手、繋いでもいいですか…?」



 ……え。


 ……ちょ、俺の心臓、すでに組体操の最上段なんだが……?









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