第7話 『あの時は悪かったな』って、寝取りの謝罪、軽っ!?
神崎と、初めて向き合った日――それは、予想以上に最悪だった。
体育祭の準備も終盤に差し掛かった昼休み。
喉の渇きを覚えて、グラウンド脇の自販機まで足を運んだ。
硬貨を取り出していると、背後に人影を感じて振り返る。
「よう、篠宮。奇遇だな」
そこにいたのは、神崎光だった。
淡く光をはね返すような金髪。乱れのない制服。無機質な笑顔。
まるで、誰かに設定された理想像みたいに整っていて、人間味が感じられない。
「……ああ」
軽く会釈を返す。
……うん、動揺してない。
してないけど……心臓のやつが勝手に反応してるだけ。たぶん。
「なんかさ、ちょっと気になってたんだよ」
缶コーヒーを買いながら、神崎が続ける。
「ほら、美咲のこと、あの時は悪かったな。
一応、謝っとこうと思って――DVD送った件も含めてな」
性格わっる!!
性格悪い選手権、優勝候補だろこいつ。
「別に、もう済んだことだろ」
あいつを寝取られたのは事実。
笑えないが、結果オーライではある。
あのままズルズルいってたら、俺のメンタルが消し炭になってた気がするし。
でも――
だからって、こうして嘲笑してくるのは、やっぱり不快だな…
「……それならいいんだけどさ」
神崎は変わらず笑っている。
なのに、目だけが妙に冷たかった。
「最近さ、詩乃と話してるところ、何人か見たって聞いたから。
教室とか、体育祭の準備とか?
――あと、カフェでとか?」
唐突な言葉に、缶の取り出し口に伸ばしかけた指が、ぴたりと止まった。
……やっぱり、バレてたか。
指先が止まったのを、神崎に気づかれてないといいけど……
いや、絶対バレてんな、これ。
「……それが?」
「いや、別に? 同じクラスだし、
多少は仲が良くなることもあるだろうしな」
はい出た。爽やか装って全方位マウント系男子。
「しかし、詩乃が言っていた“強引にデートに誘われた相手“ってのが、
お前だとは、思わなかったよ。
――無害そうに見えて、中々やるんだな」
……牽制だ。
言葉は穏やかなのに、全身にじんわりと緊張が走る。
「あと最近、妙に詩乃とお前が仲が良いって話も聞いてな。
俺の勘違いなら、それでいいんだけど」
「勘違いだよ。何もない。
デートって言っても、
ほんの少し仲良くなったから、ちょっとカフェで話しただけだ。
少しだけ無理に誘ったから、月森さんに強引に思われただけだろ」
答えた自分の声が、思ったより低かった。
神崎はその言葉を聞いて、ふっと笑った。
けれど――その笑みが、どこか試すようにも見えた。
「じゃあ、よかった。あいつ、案外繊細だからさ」
はい、来ました。俺は全部お見通しですよ系の爽やか笑顔。
こいつ、寝取り魔界の貴公子とか言われてても違和感ねぇな。
「まあ、だからさ。
俺も、“これ以上、お前と詩乃が仲良くしなきゃ、何も言わないからさ“」
穏やかな口調なのに、その声には確かに圧を感じた。
「それじゃ、詩乃にもよろしく伝えといてくれよ。
――お前が詩乃に変なこと吹き込んでなきゃいいけどな」
“変なこと吹き込めるほど俺と月森さんは仲良くないですぅー“と、言えるわけもなく。
そう言い残して、神崎は踵を返す。
昼の陽射しのなか、その背中がすっと遠ざかっていった。
……どく、どく、どく。
手の中の缶ジュースの冷たさが、じわじわと熱を奪っていく。
寝取られたことなんて、もう過去の話だ。
今さら引きずるつもりもない。
けれど――
あんなふうに笑いながら探ってくる奴と付き合ってるなんて、
月森さんが、なんだか不憫に思えた。
それに、神崎のあの言葉。
“これ以上、お前と詩乃が仲良くしなきゃ、何も言わないからさ“
逆に言えば、これ以上踏み込んだら、どう出るか分からないって事か……
……偽装デートの言い訳もあと何回持つか。
……いや、もう、この言い訳自体通らないかもしれない。
そうなったら月森さんはどうなってしまうんだ…?
(……誰かが彼女を支えてやらないと。――いや、待て待て。お前は誰目線?)
ってツッコミながらも、止められなかった。
思っちまったんだから、しょうがない。
……なんか、俺の脳内だけラブストーリー進行してんだけど?
現実の方は、まだホラーとサスペンスの真っ最中なんですが。