第6話 告白じゃないです。“またお願いしてもいいですか”がヤバいだけです。
神崎の友人に見られたようだが……
「バレてなければいいんですが……」
月森さんは少し震えた声を出した。
俺は、紅茶を一口飲んで、心の奥のざわめきを押し込めた。
◇ ◇ ◇
カフェを出るころには、陽は傾き始めていた。
駅前までの道を、俺たちは並んで歩いていた。
前よりも、少しだけ距離が近い気がする。
肩が触れそうで、でも触れない。そのぎこちなさが、逆に気になってしまう。
「……今日は、ありがとうございました」
月森さんが、ふいに立ち止まってそう言った。
その声が、どこか名残惜しそうに聞こえる。
「そう言ってもらえるなら、俺も来た甲斐あったよ」
神崎の友人の事は気にかかってるだろう。
だが、別れの際ぐらいはお互い、忘れた方がいい。
「でも、それだけじゃないです」
少しだけ俯いたあと、彼女は続けた。
「この時間、……なんだか、すごく助けられた気がしました」
「それ、演技としてじゃなく?」
「……わかりません。自分でも、ちょっと混乱してます」
言葉に詰まりながら、ふと笑う。
その笑みが、今日いちばん自然だった。
……あれ?
俺、寝取られガッツポーズ男のくせに、今ときめいてね?
誰か俺に冷水ぶっかけて。
「なら、また困ったら言ってくれ。できることなら、手伝うからさ」
自分で言いながら、なんだか変な感じだった。
俺は今、寝取られた側で。
その彼女に対して、こうして歩いている。
……それでも。
この弱い顔を、俺にだけ見せてくれることが、嬉しかった。
「じゃあ、また今度も、お願いしても、いいですか?」
「ああ。必要なら、いつでも」
俺の返事に、月森さんは少しだけ目を伏せて、頷いた。
いやいや、必要ならって、なんだそのビジネス彼氏みたいな言い方……
もうちょいマシなセリフなかったんか俺。
電車の到着メロディが流れた。
月森さんは、一歩だけ下がって、軽く手を振る。
「今日は、ありがとう。ほんとに、です」
そう言って改札へと向かっていく背中を、俺はしばらく見送っていた。
あの距離を埋めることは、きっと間違いなんだろう。
でも、それでも――近づいてしまいたくなる。
『また今度も、お願いしても、いいですか?』
いやそれもう告白前夜のセリフじゃん……!
はい俺、妄想カップルモード突入しました。
ご清聴ありがとうございます。
◇ ◇ ◇
夜。
カーテン越しに雨の音が響く部屋で、月森詩乃は布団の上に座っていた。
神崎の友人に見られたかもしれない恐怖から、
眠れずにスマホを見つめていた。
画面には、今日カフェで撮った1枚の写真。
――テーブル越しの手元。
それだけなのに、なぜか視線が離せなかった。
「こんな写真、証拠なのに」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
アリバイのために撮った写真。
“演技”でしかない時間。
――なのに。
胸の奥が、静かに熱を帯びていた。
(……あの人、また助けてくれた)
危険性がある演技のデートを頼んだのに、怒るどころか――
ちゃんと助けてくれた。
スマホを胸元にそっと当てて、目を閉じる。
前の川沿いの写真も、
今日のカフェでの一枚も、
どちらも嘘のはずなのに。
それでも、あの人といると、ふと安心してしまう。
知らないうちに、気がゆるんでしまうなんて。
(……そんなの、ダメなのに)
画面には、ぼんやりと“履歴”の文字が並んでいた。
《演技 デート 自然に見せる方法》
《バレない 嘘の付き方》
《嘘のはずなのに 笑顔が嬉しい》
《誰かに優しくされるのが こんなに怖いなんて》
無意識に開いたその履歴に、思わず目を逸らす。
……この検索履歴、神崎さんに見られたら本当に終わり。
ただ、あの人にだけは、気づいてほしいと思ってしまった……
でも、そんな彼を今日、巻き込んでしまった。
絶対、バレないからって約束したアリバイデートなのに、
神崎さんにバレたかもしれない。
「……私なんかのせいで、あの人まで巻き込んじゃった……」
誰かを巻き込んだって思ったら、涙が出そうになった
バレてたらどう責任を取ればいいだろう。
どう償えばいいだろう。
スマホの明かりが消える。
暗い部屋の中、雨音だけが静かに響いていた。
(お願いです。神崎さんだけには――バレませんように)
(そして、あの優しさに、甘えてしまったこと。少しだけ、嬉しかったことも)
(……巻き込んでしまったのに、次に会うのがもう待ち遠しくなってしまっていることも)
自分でも、止められなかった。
月森詩乃は、静かに目を閉じる。
雨音の下で、小さく、けれど確かに――その胸の鼓動が、響いていた。
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