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第3話 演技デートなのに、心臓が演技してくれないんですが


 日曜の昼すぎ、駅前のロータリー。


 人の流れの中に立っていると、不意に風が吹いた。

 俺は無意識に深呼吸して、それでも、どこか落ち着かなかった。


「お待たせしました」


 その声で、視線が吸い寄せられる。


 現れた月森さんは、白のブラウスにロングスカート。

 カゴバッグが妙に似合ってて、銀色の長髪は軽く巻かれている。


 休日の清楚系彼女感がハンパない。


 学校での、ちょっと近寄りがたい美少女という印象とは、まるで違って見えた。


 ……やばい。これ、デートの演技なのに、一番その気になってるの、俺じゃね?


 清楚で、けど作り物じゃなくて、ナチュラルに可愛い。

 思わず、心臓がひと跳ねした。


 ――落ち着け。

 相手は彼氏持ちなんだぞ……!


「……あ、うん。俺もちょうど来たとこ、みたいな」


 ここで、『おっ、モデルさん登場?』……って言えたらどんだけ余裕ある男なんだ俺。


 でも内心はマジでそう思った。


「じゃ、行こうか。駅裏の川沿い」


「はい。“彼氏さん”……!」


 そのちょっとした冗談に、俺の中で何かが崩れかけた。


 やめろ。

 冗談って分かってても、耳が覚えるっていう最悪なパターンがあるから。



 川沿いの道は、予想通り人通りが少なくて静かだった。


 しばらく歩くと、小さな赤い橋とベンチが見えてきた。


「ここ、良さそうですね。少し、写真を……」


「ああ。分かった」


「あの、手を、少しだけ、重ねますね」


 そう言って、彼女の指がそっと触れてくる。


 ふわりとやわらかくて、少し冷たい。


 けど、不思議と安心する感触だった。


 ……これ、温度じゃなくて感情であったかいとか、そういうやつ?


「……重ねすぎましたか?」


「いや、大丈夫。

 ……演技っぽくてちょうどいいんじゃないか」


 嘘だろ。演技で、こんなに揺れるなんて。


 ――カシャ。


 スマホの画面には、手を重ね合った恋人風の構図。


 カメラのフレームの中だけで恋人やってます、みたいな?


「じゃあ、もう一枚。今度は、ベンチに腰かけて……」


 俺たちはベンチに並んで座って、手を重ねる。


 月森さんが、ほんの少しだけ身体を寄せてくる。


 肩が、あと少しで触れそうな距離。


 ……まずい。あと3センチで、俺の理性が『君を守るナイト』から『間違えるモブ男』にクラスチェンジする。


「……これで自然にデートに見えると思います」


 その時、月森さんが不意にふっと笑った。


「ごめんなさい。ちょっと、楽しいかもしれません」


「えっ?」


 思わず、声が漏れた。


 え、今の100%ナチュラルじゃなかった? 演技じゃない、自然な笑顔。


 その瞬間、胸の奥がかすかに熱を帯びた。


「……変ですよね。すみません」


 すぐに彼女は目を伏せ、口元を隠す。


 その仕草が、やたら可愛くて、視線が外せなかった。


 だめだ。ちょっと、やばい。

 この人は、神崎の“彼女”だ。


 ――それなのに。

 なんで今、こんなふうに心臓が高鳴ってる?


「これで……大丈夫そうですね」


 写真を確認した月森さんが、小さく頷いた。


「ああ。手の感じも自然だし、デートしてたって言われても通る」


「はい。……あとは神崎さんに、ちゃんと言い訳します。“無理やり連れて行かれて、仕方なく付き合った”って」


「演技として、な」


「……ええ、演技ですから」


 そのとき、彼女の笑みがふっとやわらかくなった。


 その笑みが少しだけ、ほんの少しだけ素に見えた。



 何かあったら、という時の為に、一応俺も写真を撮った後、俺たちは川沿いの道をゆっくりと戻り始めた。


「……なんか、久しぶりなんです。こうして、誰かと並んで歩くの」


 唐突な言葉だった。


「え?」


「この1年くらい……自由に外を歩くっていうのが、ほとんどなくて」


 その言葉には、どこか諦めに似た響きがあった。


「友達と遊ぶのも控えてて……神崎さんからLINEが何度も来たり、 “今日は何時にどこ”って、会う時間を決められてたりして」


 そこまで話したところで、月森さんはふと言葉を止めた。


「……この前なんて、“嫌がってる顔、興奮する”って言われました……」


 おいおい。

 性癖の墓場に片足突っ込んでるぞ、あの男……。


 というかそれはもう、普通のカップルっていうより、管理されてるって言ったほうが近いんじゃ……。


 その言葉が喉まで出かかったが、ぐっと飲み込んだ。


 俺の元カノの時もそうだった。

 支配されて、壊されて、それでも俺は『好き』だと錯覚していた。


 だから余計に、月森さんの境遇が他人事に思えなかった。


「今日、気持ちよかったです。風も、静けさも。あと、誰かと何かを一緒にするっていうのも」


 彼女は、空を仰ぐように小さく息を吐いてから、静かにそう言った。

 その横顔には、どこか安心したような表情が浮かんでいた。


 だから、つい、口にしてしまった。


「……少なくとも、今日くらいは……俺といる時くらい、誰の目も気にしないでいいんじゃないか?」


 言ってから、少しだけ照れた。

 けど、月森さんは驚いたようにこちらを見て、そして、ふっと微笑んだ。


「……そういうふうに言ってもらえるの、久しぶりです。少しだけ、甘えてもいいですか?」


 その声には、ほんのわずかに頼るような響きがあって、思わず、胸がざわついた。


「うん。全然いいよ。俺でよければ」


 照れ隠しに、つい軽口を添える。


「まあ、川沿いデートコースのチョイスに関しては、俺ってわりと定評あるしな? 静かだし、秋なのに冬並の寒さの方が意外と喋りやすいし」


 すると月森さんは、一瞬驚いたような顔をして。


「……ふふ。たしかに、今日は当たりでしたね」


 冗談を受けて、小さく笑ってくれた。


 その笑顔は、作った清楚さなんかじゃなかった。


 本当に自然な、心からの微笑みだった。



 駅前まで戻ってくると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


 人通りは少しだけ増えて、街がいつもの表情に戻り始めている


「今日は本当に、ありがとうございました」


「いや、大したことしてないし」


「……いえ。すごく、楽になれたんです。それだけで今日は来た意味がありました」


 月森さんはそう言って小さく頭を下げた。


 その仕草に、どこか名残惜しさのようなものが滲んでいた。


「また、今日みたいな感じでよければ、いつでも言ってくれ」


 気づけば、口が勝手に動いていた。


 なんでだよ。

 そんな親しいという訳でもないのに。


 なのに、どうしてこの子に、手を差し伸べたくなってる?


「……ありがとうございます」


 月森さんは、ふとスマホを取り出して、画面を覗き込んだ。


 画面には、橋の上で撮ったあの写真。


 俺と彼女の手が、ふわりと重なっている。


 それをじっと見つめたあと、彼女はそっとスマホを閉じて、静かに、胸元のバッグへとしまい込んだ。


 証拠のための一枚……のはず、なのに。


 写真を見た瞬間、少し笑みを浮かべたのは気のせいか?


 おいそれ、それ思い出の仕舞い方じゃん……!?

 俺だけ勘違いしてたとかいうオチ、やめてな?



 月森さんを見送ったあと、俺は一人、少し遠回りして歩いた。


 スマホを取り出して、さっき撮った写真を開く。


 映ってるのは、名前も顔もわからない手元の写真。

 おい。これ、カップルSNSにありがちな、顔出しNGだけど仲良しです感じゃん。


 ……でも、もし、今日の笑顔が、

 演技じゃなくて、本音だったら。


 そんな事を考えていたら、少しばかり心臓が高鳴ってしまった。


「くそ、情けねぇな」


 そう呟いて、スマホをポケットにしまった。

 そのくせ、画面オフにするだけで、写真は削除できなかった。


 ……これ、恋じゃなくて発作ってことにしていい?


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