第27話 私は、ずっと前からあなたが好きだったんだ
「ふふっ、さっきまでの直哉さん。
何度思い返しても微笑ましいですね」
「いやいや……こっちは割と真剣に悩んでいたからな」
今、俺たちはサイゼにいる。
デートの締めがまさかのサイゼ。
あの、SNSで“デートでサイゼはない“と言われる店だ。
俺が財布の面からチョイスしたが、
ずっと、びくびくしながら気にしていた俺に、
“あの、高校生なら普通にサイゼってデートでも来ますよ? 友達もみんな来てますし“、
と当たり前のように言った。
「くっ、まさか俺がSNSの情報に踊らされる奴だったとは……」
俺の嘆きに、詩乃はくすくすと笑った。
「そういうところ、まさに“直哉さん”って感じですね」
「どういう意味それ!?
褒めてるのかディスってるのかはっきりしてくれぇ!」
「ふふっ、ひみつです」
……くそ、かわいいかよ。
そうこうしてるうちに、ミラノ風ドリアとミートソーススパゲティが届く。
お互い、半分ずつ食べようという話になり、
ふたりでドリアとスパゲティをシェアしていた食事中。
「なんか、こうして一口ずつ交代で食べると、すごく……」
「何?」
「美味しいっていうか、楽しいっていうか……」
「楽しい?」
「うん。たぶん、誰と食べてるかって、大事なんですね……。
柚葉と一緒に食事してるのとも、また違う感覚……。
――あの人と食べてる時、こんな気持ちになれなかったのに、
今、凄く楽しくて……幸せ……」
そう言って、また一口食べる詩乃の表情は、ほんのり嬉しそうで、
こっちまで幸せな味がした。
ふたりでの食事が、何倍にも美味しく感じられるのは、
きっと気のせいじゃなかった。
――と、その時だった。
「お、こんなところで青春しちゃって~?」
突然、聞き覚えのある声が飛んできた。
振り返ると、そこにいたのは――
「……雪村先生!?」
うちの学校の養護教諭だった。
年の頃は二十代半ば。
薄茶色のボブカットが軽やかに揺れている。
パッと見てわかるタイプの明るさと、どこか肝の据わったような雰囲気を持つ女性。
――それが、保健室の雪村先生だ。
「やあ、篠宮に月森。
いやー、まさかサイゼで遭遇するとはね。
若人が青春してる姿を見ると、こっちまで元気になるわー」
「な、なんで先生がここに!?」
「帰宅途中だよ。たまに夕飯サボるときはここ来るんだ。悪い?」
「い、いえ……ぜんっぜん!」
「ふふ、月森も最近は前より笑顔が増えて、先生嬉しいよ。
やっぱり、篠宮の影響だったりする?」
「それは……その……そうかもしれません……」
詩乃が少し恥ずかしそうに答えた。
「うーん、青春してるね!
じゃあ邪魔しないで帰るわ。
それじゃね!」
そう言い残し、先生はウーロン茶のカップだけ片手にスタスタと去っていく。
――けれどその背中が扉の外へ消える寸前、
雪村先生は一瞬だけ、詩乃の背中に視線を送った。
そのまま何も言わず、視線を伏せてウーロン茶を一口。
表情は変わらないが――ほんのわずかに、眉が寄っていた。
「雪村先生って、ああいう感じなんですね」
「うん、まぁ意外とノリいいとこあるな」
先生が去ったあと、ふと詩乃を見ると、彼女はまだそっと笑っていた。
――この笑顔が、ずっと続いてほしい。
たぶん、そんなふうに願うのは、一度や二度じゃない。
そのあとも、ドリンクバーでおかわりしながら、
くだらない話で盛り上がった。
気づけば、デザートをひとつだけ頼んで、
『半分あげます』、
『じゃあ遠慮なく』なんて言い合いながら、
スプーンでつつき合うという、
完全にカップルムーブをかましていた。
「さっきもですけど……もしかして、これって間接キスとか、意識するべきですか?」
「……やめろ。そのワード、直撃だから」
「ふふっ、じゃあ、意識してくださいね?」
その笑顔が反則だった。
ほんと、俺をどうしたいんだこの人は。
デザートをふたりで食べながら笑っていると、
詩乃の口元に白いクリームがついているのに気づいた。
「詩乃、ほら、口のとこ、ついてる」
「え? どこですか?」
慌てて自分の口元をぺたぺた触るけど、取れてない。
「じっとしてて」
俺はテーブルのナプキンを手に取って、そっと彼女の口元を拭った。
ほんの一瞬のことなのに、やけに心臓がうるさい。
「……あ、ありがとうございます……」
詩乃は顔を赤くして俯いた。
俺もなんか視線を合わせづらくて、あわててデザートに視線を戻す。
「……あの、今の、なんか……」
「なんか、なに?」
「……その、意識しちゃいますから……」
「じゃあ、存分に意識してくれ」
「……っ!
さっきのお返しとか……いじわるです」
照れ隠しのように顔をぷいっと逸らしながらも、頬はほんのり赤いままだ。
「でも、なんか、嬉しかったですけど……」
小さく視線を落としながら言うその声は、かすかに弾んでいた。
詩乃の顔には、笑みが浮かんでおり、どこか幸せそうだった。
気づけば、外はすっかり夜だった。
「今日は、すごく楽しかったです」
詩乃が呟くように言って、俺の袖を少しだけ引っ張った。
「こっちこそ。めっちゃ癒されたわ」
店を出ると、夜風が少しひんやりと心地よかった。
肩が触れそうな距離で並んで歩く帰り道――
さっきより、もっと自然に。
俺たちは、手を繋いでいた。
街灯が落とす光のなか、指先がほんの少しだけ動いて、
互いに握る力を確かめ合う。
その小さな動きが、心の奥までじんわりと伝わってくるようだった。
駅までの道のりを、ふたりでゆっくりと歩いていく。
それだけなのに、胸の奥がやけに満たされていくのがわかった。
「……直哉さんと手を繋いでるだけで、心が楽になるなぁ……」
詩乃がぽつりと呟くように言う。
その声は、まるで夜空に小さく咲いた火花みたいに綺麗だった。
「なら、ずっとこうしてるよ。
これからも、何度だって」
ぬくもりを確かめるように、手を重ねたまま歩いていく。
秋の夜風が、肌寒さを連れてきたのに。
詩乃の手を握っていると、不思議と心はずっとあたたかかった。
俺たちは、世界で一番あたたかい、手つなぎをしていた。
◇ ◇ ◇
私の手に、直哉さんのぬくもりが、じんわりと伝わってくる。
そのあたたかさが、胸の奥にまっすぐ染み込んでくるようだった。
体温も、感触も、直哉さんの手の大きさも。
どれも愛しく感じられて、だけど嬉しくて。
手を繋いでるだけなのに心臓の鼓動が、ほんの少しだけ速くなる。
きっと、心のどこかでは、もうずっと前から気づいてた。
でも、気づいちゃいけないって思ってた。
私の“恋人”はあの人。
私は彼の“彼女”だから、直哉さんに気持ちが傾くのは、許されないと思い込んでいた。
彼の“彼女”であることに、意味なんてもう残ってない。
なのに私は、それに未だに縛られていた。
でも、今はもうそれ以上に――自分の心を、嘘で縛りたくなかった。
――こんな気持ち、直哉さんじゃなきゃ絶対に抱けなかった。
だから――
今ならはっきり言える。
息をするのが、少しだけ楽になった気がした。
初めての恋の相手で、いつまでも一緒にいたい人。
この気持ちに、嘘偽りはひとつもない。
私は直哉さんのことが好きなんだ。
※二人のデート編。お読みいただき、ありがとうございました。
次回は柚葉が登場し、その先からはいよいよ修学旅行編へ。
詩乃とのじれじれ純愛もさらに深まり、神崎との対立も本格化。
ぜひ次回もお楽しみください。
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