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第26話 演技デートの思い出を甘々手繋ぎで上書き保存してきたんだが!?


 本日のデート場所である水族館へ向かう道すがら、

 俺たちは川沿いを歩いていた。


 ここは前にも来た場所だ。

 一番最初のアリバイデートのとき。


 同じ場所。けど、見える景色はまるで違う。


 詩乃が、ぽつりと呟いた。


「あの時も、ここ……来ましたよね」


「ああ。覚えてるよ。

 でも今日は――演技じゃない」


 詩乃は少しだけ歩調を緩めて、俺の横に並び直した。


「なんだか、不思議ですね。

 同じ場所なのに、こんなに違うなんて」


「ま、隣にいる俺がカッコよくなったからな」


「それは、どうでしょう?」


「即答すな」


 軽口を交わしながらも、俺の心はちょっとずつ高鳴っていた。

 ……このまま、言える気がする。


 今日は手を繋いでデートをしようと……!


 よし、言うぞ……俺から言う!

 いま言えば、かっこつくはず!


「……あの」


 来た――! 言うぞ俺!


「今日は、その……ずっと手をつないでても、いいですか?」


 ……え? ちょ、そっち!? そっちが言う!?

 いま俺、めっちゃ勇気ためてたのに!?


 しばし絶句したあと、俺はぽつりと口にした。


「……それ、俺のセリフだったんだけど?」


 詩乃は、一瞬ぽかんとしたあと、小さく笑った。


「ふふっ、じゃあ、“おあいこ”ですね」


 俺も、仕方ないなって笑いあった。


 そして、ふたりの手が自然に近づいたけど――

 ほんの数センチの距離がやけに遠かった。


 ためらったのは一秒もなかったはずなのに、永遠みたいに感じた。


 詩乃の手をそっと握る。


 その手は、ほんのりあたたかくて。

 でも、なんか不思議としっくりきた。


 互いの指が自然と絡まる。

 そのままでもよかったのに、詩乃はそっと握り直してきた。


 ほんの少しだけ力を込められただけで、心臓が跳ねた。

 手のひら同士の密着が、やけに鮮明に感じられる。


 以前この場所で、アリバイの為に手を重ねただけの俺たちが、

 今は指を絡めて手を繋ぎ合ってるなんて、なんだか信じられなかった。


 (これが……リアル恋人モードの手つなぎ……)


 (え、なにこれ、思ってたより全然いいんだけど?)


 (なんかもう、両手つなぎに進化したくなってきたんだけど?)


 (あれ? 俺、付き合って一週間で『将来の手つなぎ回数ランキング』とか作るタイプだったっけ?)


 手のひら同士が、ちゃんと繋がってるって実感が湧いてくる。


 詩乃の横顔をちらりと見ると、さっきよりずっと素直な笑顔を浮かべていた。


 これで、“手繋ぎ今日だけです”、宣言きたら?

 ――無理だわ。三歩で心、バキバキに折れるわ。



 ……俺から言えなかったけど、まあいっか。

 だって、言いたかったことは、同じだったんだし。



   ◇ ◇ ◇



 駅から歩いて十五分。

 俺たちは水族館に着いた。


「ここ、初めて来ます」


「俺は、小学校の遠足で一回だけ来たな。

 でも、中に何があったか、まったく覚えてない」


 そう返すと、詩乃はくすっと笑った。


「じゃあ、今日で塗り替えましょう。

 忘れられない思い出に」


 さらっと、そういう台詞を言うようになったの、ずるいと思うんだけど。


 詩乃はそう言ってから、俺の手をきゅっと握り直した。

 もちろん、今も手はつないだままだ。


 そりゃそうだよな。

 さっき、自分から『ずっとつないでていいですか』って言ってきたんだし。


 未だにちょっと信じられないけど、現実だ。


 その温もりを意識していたせいか、すれ違った小さな男の子が母親に耳打ちした。


「ねぇ、あの二人、恋人?」


 ……一瞬、空気が止まった気がした。

 詩乃の肩がびくりと動き、耳の先までじわっと赤く染まっていく。

 俺もつられて視線を逸らす。


 ――こんなん、ますます手を離せなくなるだろ。



 チケット売り場に並ぶと、ちょうど前のカップルがペアチケットを購入していた。

 係員が流れ作業で、「そちらもお二人でよろしいですか?」と聞いてくる。


「あ、はい」


 詩乃はためらいなく答え、自然に財布を取り出そうとする。


 思わず、俺は目を丸くした。


 ――え、即答?

 いや、まあ恋人デートなんだけど。ペアチケに対する戸惑い、ゼロなんすか……?

 こっちは詩乃とペアチケというだけで、ちょっとドキッとしてしまったぞ。


 自分をなだめながら、チケット代は俺が払った。

 男子の見栄というやつで。



 中に入ると、ひんやりとした空気と、ほのかな潮の匂いが迎えてくれる。


 目の前には巨大な水槽。その中を泳ぐ魚の群れが、青く幻想的な光を反射していた。


「わぁ……」


 詩乃が小さく感嘆の声を漏らし、ペンギンの水槽の前で足を止めた。


 彼女の横顔が、絵になるくらい綺麗で、

 俺は思わず見惚れてしまった。


 水槽の中でペンギンが水に飛び込み、すいすいと泳ぎ回る。

 詩乃が、その動きを目で追いながら小さく呟いた。


「……可愛い」


 それを見てる詩乃の横顔の方が、よっぽど可愛いんだけど。


「……? なんですか?」


 不思議そうに俺の顔を見る詩乃。

 視線がぶつかって、わずかに胸が跳ねる。


「いや……詩乃は、ホントに可愛いなって」


 あ。

 自分でも驚くほど素直に、声に出してしまった。

 詩乃の目がぱちくりと瞬き、そして――


「……そ、そういうの、急に言うの、反則です……」


 頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに視線を逸らす。


 ――いや、それ言われたこっちの方が反則だわ。


 心拍数が跳ね上がったのを感じながら、ふたりでしばらく水槽を眺めた。




 イルカショーを見終えて、一息つこうとなった頃、小さなベンチを見つけて、ふたりで腰を下ろす。


 俺は近くの自販機でジュースを買って、詩乃に一本渡した。


「ありがと」


「どーいたしまして。

 てか、俺さ……こういうの、あんまり慣れてないから」


 缶のプルタブを開けながら、つい口に出た本音。


「デートで女子をリードとか、正直全然、能力ないんだわ」


 恋人はいたが、相手が色々と特殊だったので、その辺の経験は培われなかった。


 詩乃は静かに缶を口元に運んでから、ぽつりと答えた。


「……わたしも、です」


「え?」


「慣れてないですよ、私も。

 でも、今日は、すごく楽しいし嬉しいです」


 彼女の声は、少しだけ照れてて、少しだけ素直で――

 でもなにより、温かかった。


 再びつないだ手は、そのまま離さず。

 俺たちは、しばらく黙って、水族館の淡い光に包まれていた。


 ……なんだろうな。


 美咲みさきとは――前の彼女とは、何度もこういう場所に来た。

 デートもたくさんした。


 手だって、何度も繋いだし――キスだってしてる。


 なのに。


 今こうして、詩乃と並んでいるだけで、

 なんでこんなに、心が満たされるんだろう。


 比べちゃいけないって、わかってる。

 どれだけ酷い付き合いだったとしても。


 でも――


 詩乃といる時間のほうが、ずっと楽しい。

 落ち着く。癒される。


 どこか懐かしくて、だけど新しくて。

 ――なんか、すごく不思議だ。


 そんなことを考えて、隣にいる彼女の横顔を見る。


 詩乃も、なにかを感じ取ったのか――

 不思議そうに首をかしげながらも、ふわりと微笑んだ。


 その笑顔に、また胸があたたかくなる。


 ……気づけば、外は少しだけ夕暮れの色を帯び始めていた。


 俺たちは、静かに立ち上がる。

 手をつないだまま。


 次は、夕飯――どこに行こうかなんて相談しながら、俺たちは水族館をあとにした。


 ずっとこんな風に、手をつなぎながら詩乃と過ごせる日が続けばいいのに――


 そう思った瞬間、詩乃がそっと指をきゅっと絡め直してきた。

 その小さな動きだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 ……ああ、もうやっぱり離せないな。


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