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第24話 クズ彼氏との記憶を、優しい抱擁で上書きした夜


 夜中に好きな女の子の寝室でふたりきり。

 ……これで緊張しない男子高校生はいないだろう。


 テーブルはない。だから、詩乃とは手を伸ばしたら普通に届く距離だ。


 これ、冷静に考えたらすごくない?


 机も壁もなにもかも、距離を阻むバリアが存在していない。


 座布団一枚ぶんくらいの距離で向き合ってるだけなのに、やたらドキドキする。

 畳の軋む音すら、やけに響く気がして落ち着かない。


 しばらく沈黙が続いたあと、詩乃のほうからぽつりと口を開いた。


「……さっきは、ごめんなさい」


 詩乃がそっと口を開く。


「拗ねたり、ちょっと怒ったりして……。

 でも、直哉さんが“そういう詩乃も好きだ”って言ってくれて……すごく嬉しかった」


「いや、こっちこそ。

 素直に謝ってくれるのとか、部屋に招いてくれたのとか、めっちゃ勇気いったろ?」


「はい。凄く緊張しました。

 でも、それで少しでも私の事、直哉さんに知ってもらえたら嬉しいです」


 そう言った詩乃の声は、どこまでも真っ直ぐで。


 息を呑むような沈黙の中で、詩乃がそっと口を開く。


「……あの、さっき、“直哉さんの声が落ち着く”って言いましたけど」


 その視線は、どこか恥ずかしそうで、それでいてまっすぐだった。

 俺は、息を詰めるようにしてその続きを待つ。


 彼女はまるで覚悟を決めたみたいに、だけど少し震える声で。


「……ほんとは、“直哉さんとずっと一緒にこうしてたい……”って言いかけて……。

 慌てて言い換えたんです……」


 一瞬、思考が止まった。心臓がスキップしたみたいな感覚。


「ま、まじで?」


 俺の声が、少し裏返った。

 それくらいには不意打ちだった。


「……え? ……あ、いや!?

 ち、違います! いや、違くはないんですけど……。

 や、やっぱり、な、なんでもないですっ!!」


 顔を真っ赤にして手を振る詩乃。

 その必死な姿すら、いまはやけに可愛く見えてしまう。


 少し間を置いてから、彼女はぽつりと呟いた。


「あの……もうすぐ、修学旅行ですね」


 少しきまずそうな顔を見せる。


「たぶん、行動班……神崎さんと、同じになりそうで……。

 修学旅行中、ずっとあの人と一緒にいることになりそうです」


 やっぱりそうか。

 あいつなら、絶対に詩乃を逃がさないようにするだろう。


「……だから、その前に」


 詩乃が、そっと俺を見つめる。


「演技じゃないデート、してみたくて……」


 詩乃の顔が少しだけ朱色に染まった。


「もう、演技として直哉さんとデートしてたのは神崎さんにはバレているし……。

 だから、逆に堂々とデートしても大丈夫かなって、思って……」


 詩乃はもじもじと、スカートの裾をいじりながら続ける。


 神崎の事だ。

 バレたら相応のリスクはある。


 だが、彼女はそれも承知で言っているんだろう。


「私も、いろいろ考えて……もう、演技だけじゃ嫌だって、思ったから」


 その言葉が、静かに胸に落ちてきた。


「それ、OKしない理由ある?

 むしろこっちがお願いしたいくらいなんだけど」


 俺がそう返すと、詩乃は顔を真っ赤にして、


「……じゃあ、また今度、連絡します」


 少しだけ目を反らして言った。



 しばらくの間、沈黙が落ちる。

 時計の針の音だけが、静かに響いていた。


 詩乃の様子がどこかおかしかった。

 俯いて、何だか寂しげな顔をしている。


「どうかしたか詩乃?」


 その言葉に詩乃は、すぐには答えなかった。

 少し待つと、ぼそりと言った。


「あの、思い出さないようにしてたんですけど……。

 今日の帰り道……いつもより、ちょっと辛い事があって……」


 その瞬間、詩乃の表情がわずかに曇る。

 神崎の事か――胸がきゅっと締めつけられる。


「今日も帰り道は……神崎さんと途中までずっと一緒で……。

 何度も肩を触られたり、手を握られたり……。

 声には出せなかったけど、すごく怖かった……」


 その言葉を聞くだけで、怒りと悔しさがこみ上げる。

 あいつは平気で彼女を傷つけている。

 そんな奴の隣にいさせていいわけがない。


「特に嫌だったのが……今日は頭を撫でられたのが嫌で……。

 でも、私は笑うしかなくて……」


 詩乃は悲しそうな表情で、声を詰まらせた。


「――っ」


 俺の胸の奥で、怒りが収まらなかった。

 今すぐ引き剥がしてでも、あいつの隣から引き離したい衝動が止まらなかった。


 もう、震える彼女を見ていられない。


 俺は、彼女の震えを全部自分の腕で閉じ込めるように、抱き寄せて、

 ぎゅっと腕の中に閉じ込める。


「詩乃が心が苦しいと感じた時は、何度だってこうするから」


 言葉を重ねながら、彼女の髪に顔を埋める。


「せめて、隣にいる時だけでも、俺が詩乃の安心できる場所でいる」


 彼女の震えが少しずつほどけていくのが分かった。


「このまま……もう少し、こうしてていいですか……」


 上目でそう頼まれて、俺の心臓が強く鳴った。


「もちろん。いつまでだってこうしてるさ」


 すると小さな手が、迷うように背中へ伸びる。

 そして、彼女が震えたまま抱き返してくれた。


「ありがとう……直哉さん……。

 直哉さんとこうしているだけで、

 嫌な気持ちが全部溶けていくみたいです」


 小さな声だったけど、確かに届いた。

 その言葉が、まっすぐ胸に染みこんでくる。


「あの……頭、撫でてほしいです」


 詩乃はそっと呟いた。


「……神崎さんに撫でられた感触が、まだ消えなくて……。

 直哉さんの手で、優しい記憶に塗り替えてほしい……」


「分かったよ」


 そっと手を伸ばし、詩乃の頭をゆっくり撫でていく。


 細くて柔らかい髪が、俺の手のひらをくすぐる。


 詩乃は最初、びくりと肩を揺らした。

 でも、すぐに体の力を抜いた。


「あ……」


 小さな吐息が漏れる。

 わずかに熱が伝わってくる気がした。


「……なんだか、直哉さんに撫でられるのくすぐったいです」


 そう言う詩乃の声は、どこか嬉しそうだった。


「ふふっ…ありがとう、直哉さん」


 詩乃の目が、そっと俺を見返す。

 その瞳が、まっすぐすぎて、言葉が詰まる。


 ……え、ちょっと待って。

 顔、めちゃくちゃ近くない?


 抱きしめ合ってるから当たり前だけど、俺と詩乃の顔、ほぼゼロ距離なんだけど……!?


 今どきのスマホでもこの距離じゃ顔認証しないぞ?



 でも、嫌じゃない。

 むしろこのまま、時が止まってほしいと思うくらい――。


 この時間も、この距離も、この想いも。


 全部、間違いなく“本物”だった。










※お読みいただき、ありがとうございました。


物語はついに折り返し。

加筆修正の結果、全44話+幕間2話、約12万字で完結予定です。


明日は24.5話(幕間回)と25話、二話お届けします。


この回に少しでも感じるものがあれば、ブクマや評価、感想をもらえると励みになります。

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