第23話 彼氏も入った事のない寝室に俺が呼ばれるって、緊張するなという方が無理だろ
今、俺の真横には詩乃が座っている。
その詩乃がずっと、むすーっとしてるのだ。
あの、めちゃくちゃ分かりやすく拗ねてます、この人。
……ていうかさ。
困ってるのに、ちょっとかわいいとか思っちゃってる自分がいるの、
修羅場なのに、何ときめいてんじゃねえよ、俺。
(さて、どうする? 詩乃さんは変わらずにやきもちを焼いてらっしゃる)
(あの玄関のシーンの衝撃から、まだ回復されてない)
(でも、誤解だから! 誤解! 俺、やましいこと、何一つしてないから!)
と、とりあえず声をかけよう…!
「……あの、詩乃さん?」
「はい」
返事は来た。
でも視線はそっぽを向いたまま。
これが完全なる社交辞令返答モードか……!
「……さっきの、柚葉との会話。すごく楽しそうでしたね」
ほらきた!
この『さりげなくない牽制球』、地味にえぐってくるタイプ!
「……私、笑ったり、上手に話したりするの、苦手だから……。
だから、柚葉みたいな子のほうが、直哉さんも好きなんですよね?」
拗ねつつも、不安げな色が混じるその声に、俺はちょっと焦った。
「いやいや、俺そんな軽い好みじゃないんだけど…!
そもそも、詩乃のちょっと拗ねてる顔とか、普通に反則ですから!」
「……ずるい言い方しますね」
「本音だからセーフ。
俺さ、詩乃のこと、こうして隣で怒ってくれる人として見れるの、
ちょっと嬉しいんだよね」
詩乃の顔が少しだけ朱色に染まった。
こんな状況なのに、そこもまた可愛いとか思ってしまう俺がいた。
「とりあえず聞いてくれ。
ほんとに、ガチで神崎の事について会議してただけで……。
LINE交換も、確かにした。
けど、それも全部、あいつの対策のためで……。
柚葉はからかっただけなんだよ。
それに、俺の気持ちだって――」
「……そこまで言わなくていいです」
俺の言葉を止めた。
だけど、詩乃はちゃんと聞いてくれていた。
黙ったまま、俺をじっと見つめた。
「ごめんなさい、私の方こそ。
信じられなくて……嫌な顔、しちゃって」
詩乃がバツが悪そうな顔をした。
「謝ることないよ。
なんていうか、素の詩乃、俺けっこう好きなんだよね。
ちゃんと怒ったり、やきもち焼いたりするとこ、見れて嬉しかった」
「も、もう。からかわないでください」
ふっと笑ってくれた。
その笑顔が素直に嬉しかった。
そして、詩乃は真横にいるのが恥ずかしかったようで、
少しだけ距離を開けて座った。
それでも、いつもより近い距離にいる詩乃に、
また少し鼓動が早くなる。
とにかく、よかった。
台風、通過完了。
――と思った瞬間。
「あの……その……ひとつお願いがあります」
え、なにそれこわい。何くるの?
まさかお母さんに紹介とか言い出すんじゃ……。
いや、それはそれで覚悟決めるけど、今このタイミングで!?
俺、靴下、今日、左右ちがうんですけど!?
「……見てほしいもの、あるんです……。
わ、私の……部屋……」
あ、あれ?
今、ものすごく予想外なセリフが投下された気がするんだけど。
「部屋、って……詩乃の?」
「はい、その……直哉さんだけに、知ってほしいんです。
私が、どんな子なのか……。
神崎さんじゃなくて……直哉さんに私の部屋を……」
そっぽを向きながら言った詩乃の頬は、
さっきよりもさらに赤く染まっていた。
その言葉はまるで、
神崎よりも俺を選んでくれたみたいで、
もう二度と、彼女が誰かに怯えることなんて、許したくなかった。
俺が彼女を救って、その瞳に映る存在になりたい――
そう思わずにはいられなかった。
罪悪感すら飲み込んで、ただ一緒にいて支えたい気持ちが溢れてきた。
「――じゃあ、お邪魔します」
詩乃が部屋の前に立つ。
彼女がドアを開けるその瞬間、
俺の心臓は更に高鳴った
そして案内された詩乃の部屋は――
畳の香りがやさしく漂う、六畳の和室。
小さな本棚には文庫本がきっちり並んでいる。
机の上に小さなクマのぬいぐるみ。
壁には、家族写真がいくつか飾られていた。
生活感と、少しだけ少女らしさが混ざった空間。
詩乃の柔らかい部分が、ここにはたくさん詰まっていた。
「……見られると、ちょっと恥ずかしいですね」
「いや、すごく……いい部屋だと思う。
なんか、詩乃っぽいなって」
「……っ、そう言われると、余計に恥ずかしいです」
詩乃は照れ隠しにクッションを抱きしめた。
その仕草が、なんかもう、爆発的にかわいかった。
今、たぶん俺、ニヤけてる。
鏡見たら自分を殴りたくなる顔してる自信ある。
けど、そうやって笑ってると、詩乃も笑った。
ふたりして、なんかもう、緊張も拗ねも全部どっかいったみたいで。
……もうちょっとだけ、この時間が続いてほしい。
クッションを抱いて頬を染める詩乃は、きっと神崎にはこんな顔を見せない。
今だけは、俺の彼女だと信じてしまいそうになる――
その想いが胸を熱くして、愛しくてたまらなかった。
いや、待てよ?
なんだか甘い雰囲気になっているが、
この部屋って――詩乃の寝室なわけで。
さっきまでむすっとしてた彼女が、いまは俺のすぐ隣ではにかみながら座ってて……。
そして今、俺たちは向かい座って、無言。
詩乃はそっぽを向いたまま、クッションを抱いてるけど、耳が真っ赤。
俺の心臓はというと、さっきからドラムロール担当だ。
(……これ、何か始まるやつじゃない?)
そんな空気のなかで、詩乃がぽつりと呟いた。
「……このまま、少しだけ話しませんか?
なんだか今日は、その……直哉さんの声、落ち着くんです」
「あ、ああ、もちろん!」
床に手を置いた瞬間、詩乃の指先にふれてしまった。
「……あ」
そのまま手を引くわけにもいかず、指先は触れ合ったまま。
詩乃も指を引くことはせず、ただ顔を赤らめている。
……詩乃はまだ、あいつの彼女だ。
けれど今だけは、俺の存在だけを頼ってくれている。
あいつじゃなく、俺が彼女の世界を満たしている。
きっと詩乃も、同じ想いでいてくれている。
そう信じられたから。
気づけば夕日も沈もうとしていた。
「……まだ、一緒にいてくれますか?」
「ああ、もちろん」
――あともう少しだけ、この2人だけの時間を楽しみたかった。




