第22話 妹「バカじゃん」詩乃「……これどういう関係?」←俺「えぇ…」
「それで、貴方の気持ちを聞かせて。
お姉ちゃんは、復讐の道具?
それとも、単に貴方がお姉ちゃんと同じ立場だったから、
同情してるだけの半端な気持ちで言ってるの?」
柚葉の目は冗談抜きの真剣なまなざしだった。
だけど、俺の答えは決まってる。
「復讐なんかじゃない。
最初は同情だったのは確かだ。
だけど……今はもう違う。
詩乃を見てるうちに、ただ助けたいじゃなくて……。
一緒に笑っていたいって、本気で思うようになった。
ただそれだけが理由だ」
「なるほどね。
でも、一か月後、神崎と揉めてお姉ちゃんが追い詰められたら?
学校も辞めざるをえなくなったら?
それでも、見てるだけ?」
言葉は冷静なのに、柚葉の声音にはかすかな揺れがあった。
俺は、静かに息を吐いて答えた。
「俺も辞めるとかは、すぐにはできないかもしれない。
でも、それくらいの覚悟はある。
もし詩乃の居場所が全部なくなったら――俺が、その場所になる。
無責任だって言われても、それでも一人にはさせない。
それに、神崎を止める方法だって探してる。
覚悟だけじゃなく、ちゃんと結果を出すつもりだ」
「無責任だって言ってるけど、本当に無責任だよ。
貴方だって一か月後にはどうなってるか分からないのに。
今は、口では何とも言えるけど、それで本当にお姉ちゃんを幸せにできるの?」
少し間を置いて、苦笑しながら続ける。
「確かに無責任かもしれない。
一か月後どうなってるか分からないし、神崎に勝てる保証もない。
潰される未来の方が簡単に想像できる」
――俺だって怖い。
だけど、詩乃を見捨てる選択肢は、最初から一つもなかった。
「でも、詩乃が泣いてるのを……怯えてるのを……もう見たくない。
救えるなら、自分がどうなっても構わない。
俺の未来なんかより、詩乃が笑える未来の方が、ずっと価値がある。
……もし一か月後、詩乃を守るために家族と離れなきゃいけなくなっても――それでも俺は詩乃を選ぶ。
その覚悟だけは、もう揺らがない」
一瞬、柚葉の表情が揺れた。
俺の言葉が、ほんの少しだけ届いた気がした。
だけどその揺れはすぐに消え、代わりに冷めた光が戻る。
たぶん、まだ俺の覚悟なんかじゃ足りない。
“お姉ちゃんを託せる相手かどうか“――そこまでの信頼は、まだ勝ち取れてない。
「……もしさ、直哉が守りたかったお姉ちゃんが、守りきれなくて泣き続ける未来しかなかったら?
それでも、そばにいられるの?」
「もし俺が何もできなくても、泣いてる詩乃を一人にだけはさせない。
逃げるしかなくなったら一緒に逃げる。
俺が最後までそばにいること、それだけでも、支えになれるって信じてるから」
柚葉は口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。
その瞳に、わずかに揺れるものがあった。
「……バカじゃん。そんなの……」
柚葉は、ふっと肩の力を抜いたように笑った。
「でも、なんか分かったかも。お姉ちゃんが直哉を気にかけてる理由」
目尻がほんの少しだけ柔らかくなって、ぽつりと呟く。
「その突き抜けたバカさ加減……。
自分がどうなるかも分からない中、本気で誰かを守ろうとする。
……そういうの、嫌いになれるわけないよね」
……あれ? バカ呼ばわりされてるのに、胸がじんわりあったかいんだけど。
「試す真似して悪かったね。
……でも直哉、完全に信じ切るのはまだ先かも。
まあ、今の言葉くらいは、ちゃんと信じてみてもいいかなって思えたよ」
柚葉は少しだけ笑みを浮かべた。
「私もさ、昔はこんな疑心暗鬼じゃなかったんだけどね。
……ほら、私が昔、いじめられてたのは聞いてるでしょ?
神崎が救ってくれたんだけどさ。
ほんとはあいつが裏で糸引いてたんだ……」
柚葉は悔しげに呟いた。
「それか……。
あのさ、詩乃から聞いた時から疑問に思ってたんだけど、
よく柚葉は神崎が主犯だって分かったな」
「神崎がお姉ちゃんと付き合いだしてから、
どうにもあいつの事が信用できなくてね……。
それで、探偵の真似事みたいなことしたからね。
SNSで神崎と関わりある奴の裏アカ調べたり、
神崎の友達や取り巻きの後つけたりしたから」
……うん、それストーカーですって。
探偵とストーカーって紙一重って言うけど、
今回かなりストーカー寄りだったよ?
でも、姉の為にここまで行動してた柚葉の覚悟、ちょっと舐めてたわ。
「だから、直哉が寝取られてたの知ったのもそういう行動してたからなんだ。
まあ、直哉の場合、かなり例外だよね。
下手したら一人でガッツポーズしてそうだもん」
「は? ガッツポーズじゃないし。あれはアレだよ?
解き放たれた魂が無意識に拳を突き上げただけだし?」
「ごめん、ホントにしてたって聞いたらドン引きしちゃった!」
案の定、柚葉はけらけらと笑った。
「けど、俺も神崎関連のSNSは調べたつもりだけど、
俺が見た範囲じゃ、ほとんど良いことしか書いてなかったぞ」
「それはまだ直哉が神崎の事を調べだして三日かそこらでしょ?
こっちは一年近く調べ上げたんだからね。
いくら完璧装ってても、性根が腐ってたらどこかでボロはでるもんだからさ」
一年近く調べ続けているのか……。
本当に、柚葉の詩乃を想う気持ちには驚かされるな。
俺も柚葉ぐらいの――いや、それ以上の覚悟を持たないとな。
「……お母さんはね。
うちが母子家庭で看護師してるから、すっごく忙しくてさ。
夜勤や当直続きでヘロヘロなんだ……。
だから、この件はほとんど言ってない」
柚葉のお茶の表面が揺れるほど、指先がかすかに震えていた。
「警察へ3人で一緒に行ってさ。
本当はなんともならなかったけど、
その件で片付いた、ってことにしてる。
これ以上この件に関わらせたら、頑張りすぎて最悪、倒れちゃうから……。
前にも倒れた事あったし……」
彼女は一度、ため息をつくように視線を落とした。
詩乃がやばい状況とはいえ、そんな状態なら無理にとは言えないか……。
せめて、詩乃に近しい立場の大人が、
一人でいいから味方にいればな……。
「まあ、私から言えるのはそんなところだね…
だから、これからはお姉ちゃんを救うためにも、
お互い共同戦線ってことでいい?」
「任せろ。俺、金将くらいにはなれるよう頑張るから」
「じゃあ私は?」
「当然、龍王。神崎を詰ませるのは君の一手だ。
俺は横で『王手ッスね!』って言ってる係」
そんなやり取りを交わしていた時。
「ただいま……ってあれ?」
詩乃が帰宅した瞬間、俺と柚葉は『将棋がどうこう』とか言いながら、
ちゃぶ台を挟んでけっこう近距離で盛り上がっていた。
その声に、俺と柚葉は同時に振り返る。
「な、直哉さん……!?
な、なんで柚葉と二人きりで……!?」
詩乃が玄関先でフリーズしていた。
「うーんとね、お姉ちゃんがいない間に、
直哉を家に上げて――ちょっと色々、深い話したんだよ!」
「……深い、話……?」
詩乃がぴたりと動きを止める。
ゆ、柚葉!?
何勘違いされるような言い方してるんだ!?
「な、直哉さん……!?
ち、違いますよね……?」
詩乃は疑いの視線を柚葉へ、それから俺へと向けた。
「直哉、LINE交換もしとこっか。ね?」
……なんか妙に“ね?”がねちっこくなかったか?
「え、いや、それは……! あの、その……!」
ちょっと待て! 今この流れでLINE交換って、完全に誤解されるやつだろ!
「な、直哉……さん……?」
詩乃がじと目で俺を見つめてきた。
その視線、すごく痛い。
え、あれ絶対誤解してるやつだよね?
なにその、詠唱始まりましたみたいな空気!
「ち、ちがうからな!?
これ完全に戦略的連携のためであって、やましい意味ゼロだし!」
「……私も座るね」
詩乃が何も言わずに、俺の隣にちょこんと座った。
………いや、かなり距離近いんですけど…!?
うれしいけど、めっちゃ怖いから!
「……直哉さん。
そんなに柚葉と仲良くなってたんですね……。
……私、知らなかったな……」
声は小さかったけど、胸にチクっと刺さった。
無言の圧力って言葉、今ここで使うために存在してる説あるぞ?
柚葉は、ちょっとだけ申し訳なさそうに笑いながら、
「じゃ、お姉ちゃん。ちょっとスーパー行ってくるよ。
晩ごはんの材料、今日、何もなかったし」
「え…? じゃ、じゃあ俺はこの辺で…」
「まぁまぁ! 直哉はもうちょい家にいてもいいから!
あ、お母さん、今日は当直で家にいないからさ。
好きなだけ、ゆっーーーーくりしていってね!」
そう言うと柚葉は玄関のドアを開け、颯爽と去っていった。
残されたのは俺と、
ほんのり唇を尖らせた詩乃さん。
「……直哉さんって、柚葉ともすぐ打ち解けちゃうんですね。
……ちょっとだけ、置いていかれたみたいです……」
小声でそう呟かれて、心臓が変な跳ね方した。
いや待て、これやきもちってやつだよな?
次の一手、間違えたら死ぬやつじゃねえか!
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