第21話 “お姉ちゃんを幸せにできる?”、妹の圧迫面接がガチすぎた
着いたのは築年数がそれなりに経ってそうな団地だった。
ここが詩乃が住んでいる家か。
「はい、おじゃましていいよ。
狭い家だけど、将来の義兄候補にはそれなりのもてなしはしてあげるからさ」
「……これ婚活会場より緊張するんだけど?」
「そりゃ、お姉ちゃんの恋愛フィルターがなきゃ、秒で不採用だって」
軽くボケたつもりだったのに、柚葉はマジで言ってそうなのが怖い。
俺は玄関で、柚葉に支給された変装一式を脱ぐ。
キャップにコートにマスク。
『どこであいつの取り巻きが見てるか分からないからね』。
その一言で、秋風の中を一時間、完全不審者スタイルで歩くことになった。
玄関を抜けると、畳敷きの和室が広がっていた。
どうやら、ここがリビング代わりらしい。
家の中は昔ながらのつくりで、リビングも和室だった。
ソファもカーペットもない。代わりにちゃぶ台と座布団。
この和室が、月森家の居間らしい。
「はい、ウーロン茶。
パックの安いやつだけど、
直哉もいつも飲んでるだろうし、これで十分でしょ?」
「おい、なんで俺の舌レベルそんな低く見積もられてんの。
まぁ、合ってるのが悔しいんだけど」
座布団に座った俺は手作りのお茶をごちそうになる。
「で、どう?
お姉ちゃんの家入って。
幻滅した?」
「は? なんで?」
向かいの座布団へ座った柚葉は意味の分からない事を言う。
「だって、お姉ちゃんって清純でおしとやかな美人でしょ。
いいとこのお嬢様だと思ってる人も多いんだよね」
柚葉もお茶をすすった。
「言葉にしないけど顔には出てて、
『あ、詩乃の家ってこんな感じなんだ…
イメージと違うなぁ…』
って、軽~く幻滅する女友達とかも、ちょいちょいいたよ」
「へぇ、そうなのか。
あいつの清楚で清純な美人オーラ、半端ないもんな」
「まぁ、直哉は全く顔色変えないところ見るに、
『そんな事より早く詩乃の寝室見たい!!』、
って欲望が上回っちゃってるみたいだけどね」
「ねぇよ! ちょっとしかねぇよ!」
俺が突っ込むと柚葉はけらけらと笑った。
「別にどんな家でもいいよ。
俺が惚れたのは、家じゃなくて詩乃自身だし」
そう言うと、柚葉はきょとんとする。
「……ふーん、そっか。
なら、まぁ、そこは安心かな。
友達とかならいいけど、
お姉ちゃんの恋人になろうとしてる人が、
そういうので、げんなりしてたら、
本気で、『ないな』って、なってたからね」
ぽつりと呟いた柚葉の顔から、ふざけた調子がふっと抜ける。
声には、ほんの少し――安堵が混じっていた。
「でさ、いくつか本題あるんだけど、先に一番の本題から入ろっかな」
柚葉は今までの小悪魔的な笑みを消した。
「いきなり一番から?
さては柚葉。
ショートケーキは最初からいちごを食べる派だな?」
俺はそんな軽口を叩いた。
さっきまでの柚葉なら冗談で返したはずだ。
だが、柚葉はお茶を一口飲んだだけで、相手にしなかった。
……ここからはいよいよマジの話って訳か。
「先に言っておくと、盗聴器の類はこの家には設置されてなかったから。
だから、何喋っても大丈夫」
「えっ、そこまで調べたのか!?」
「そりゃそうでしょ」
盗聴器発見機も使ったって事だよな?
そこまてする……のはおかしくないか。
相手が神崎だからな。
詩乃の家に盗聴器仕掛けてたって驚かない。
「お姉ちゃんが彼氏持ちなのは知ってるよね?」
「あぁ、当然だ」
「それでも好きなの?」
それは最初、演技のデートから始まった関係だった。
けど今は違う。嘘じゃない。
「……本当は、こんな立場の俺が好きなんて言っちゃいけないのかもしれない。
でも――それでも、俺は詩乃を放っておけなかった。
神崎ってクソ野郎は確かに彼氏だ。だが、俺は……」
迷う理由なんてもうどこにもなかった。
俺が動かなきゃ、誰が詩乃を救うっていうんだ。
「俺があいつから、詩乃を寝取ってやる。
詩乃が、心の底から笑える毎日を取り戻せるように。
俺が、そうしてやるって決めたんだ」
「へぇ……」
少しだけ、柚葉の目が和らいだ気がした。
可愛らしい顔立ちをしている柚葉が、
真剣な顔をすると、目元にだけ詩乃の端正な面影が宿る。
それが、逆に怖い。
さっきまでのギャップもあり、
少しだけ威圧された。
「彼氏持ちなだけじゃくて、
神崎がどれだけやばい奴かってのもあるのに、
それでも貴方は本気でお姉ちゃんを幸せに出来るの?」
柚葉は瞬きもほとんどせずに俺を見つめている。
「それとも、貴方はただ、
自分の彼女を寝取られたから、
神崎から本命の女を寝取り返したい――復讐の為の道具なんじゃないの?」
「…っ!?
なんで、俺があいつに寝取られたの知って…!?」
「まずはこっちの質問に答えて。
貴方が本当にお姉ちゃんを幸せに出来るのか。
……私はお姉ちゃんが笑ってるの、ずっと見たいから」
その表情は、誰よりも姉の幸せを願う、まっすぐな家族の顔だった。
柚葉はそれだけ姉の事を想っているのだろう。
だからこそ、生半可な気持ちの男に任せられないのは当然だ。
――だが、俺も覚悟は決めている。
だから、答えは決まり切っていた。
だけど……。
よりにもよって寝室見たい宣言の後って、
一生に一度の覚悟を宣言するタイミングとして、悪すぎじゃないか!?




