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第2話 寝取り男の本命彼女にデートを頼まれたんだが


 昼休み。

 購買で買ったパンをかじりながら、俺は桐山きりやまと教室の隅の席に座っていた。


「それ、新作? 激辛のやつだろ」


「うん。チーズも入ってるって書いてあったけど、匂いがもう辛い」


「午後の自分に謝っとけよ」


 くだらない話を交わしながら、昼食をとっていた。

 そんな時間なのに、昨夜起きた出来事は頭から離れなかった。


 ――寝取られ動画はDVDを取り出す際、

 間違って再生したら、もう見れなくなっていた。


 証拠を残さないため1回切りなんだろうが、たちが悪い。

 再生1回きりとか、レンタルDVDかよ……いや、それはまだ観れるわ。


 パンを食べ終え、そろそろ戻るかという時だった。


 ポケットのスマホが震える。

 画面に表示されたのは、意外な名前だった。


 ──月森詩乃つきもりしの


「……ん?」


 LINEには、ひとことだけ。


 『少し、お話できますか?』


 あー……昔、席が隣になった時、LINE交換したっけ。


 ……胸のどこかが、じわっと嫌な予感で汗ばんだ気がした


 あの月森さんが、俺に話があるって?


 まさか、昨日の続きか?



   ◇ ◇ ◇



 放課後。

 月森さんに呼ばれて、空き教室へ向かった。


 教室のドアを開けると、彼女はぽつんと立っていた。


 見慣れた清楚なオーラは影を潜めて、代わりに、誰かに助けを求めてるような顔をしていた。


 昨夜の動画を送ってきた男の本命彼女が、いま、誰よりも心細そうな顔で立っている

 ……この状況、どう考えてもおかしいだろ。


「あ、こんにちは……」


 声は小さく、伏し目がち。

 今日は明らかに様子がおかしい。


「何か俺に用事でも?」


「はい。実は……お願いがあって……」


 ……で、ここから何を言い出すのかと思ったら。

 月森さんは小さく息を吸って――


「明日、私と――デートしてください!」


「……は?」


 テンション差で意味が分からなくなった。

 今“デート”って言った?


 ちょっと待て、俺、今、寝取られ被害者代表なんだけど?

 次は加害者役やらされんの?


 脳の処理が追いつかずフリーズしてたら、彼女は慌てて補足し始めた。


「……こんなことをお願いするのも、おかしいって分かってます。

 でも……その……私、神崎さんとは、まだ……その、口づけもしてない関係でして……」


「……え?」


 またも処理落ち。

 神崎の本命で、あの動画の件も知ってる子が、キスすらしてないってマジ?


「……私にだけは妙に奥手なふりして……私も、怖くて……」


 ……奥手なふり、ね。


 あいつ、生徒会の副会長で、

 外では爽やか優男ぶってるからな……


 寝取られ動画送りつけるような奴が、

 清楚な本命にだけ奥手とか、

 冗談にしても質が悪い。


「ただ最近、神崎さんは……その……

 どうしても、そういう行為を望んでいるようで……」


 うん、まあ、あの性欲フリーダム男ならな。

 むしろ、なんで今まで押し倒されてないのか不思議だわ。


「明日、神崎さんの家に初めて行く予定なんです。

 でも、どうしても行きたくなくて……

 それで……別の男の人に、“無理やりデートに連れて行かれた”ってことにしたいんです……!」


 なるほど。

 神崎宅襲撃回避のための、アリバイ作りってわけか。


 ――って、

 それを俺に頼むの!?


 ……え、なに?

 このままだと俺、寝取られた男から寝取り返した男として、

 下手したら神崎に刺される未来まであるんじゃ……


 デートお願いされてときめく前に、胃にくるとか。

 これもう恋じゃなくてストレス性内臓疾患だろ。


 ――もしかして月森さん。

 清純そうに見えて、意外とドライなタイプなのか?


 そんな疑念が顔に出たのか、月森さんはぱたぱた手を振りながら必死で弁明してきた。


「あっ、ち、違うんです!

 デートって言っても、本当にただの演技なんです。

 手だけ映るようにスマホで写真を撮って、それを見せて、デートしてた証拠にするだけです。

 デートもバレないよう人が少ないところでします。

 顔も映さないし、篠宮さんに絶対迷惑はかけません!」


「…………」


 ……情報量、整理。


 顔は映さない。

 撮るのは手だけ。

 デート中も人通り少ない場所限定にする。


 つまり、絶対安全演技プラン。


 うん、まあ……それならアリか?


「ていうか、なんでそんなに嫌な神崎と付き合ってるんだよ」


 そう、そこが一番わからない。

 嫌がって、デート演技してまで避けるような奴と、どうして付き合うなんて選択になる?


 すると――


「……昔、妹を助けてくれたんです」


 ぽつりと、月森さんが語り出す。


 ――妹が中学で、酷いいじめに遭っていた。

 それを助けてくれたのが、神崎だったと。


「助けてもらった時、すごく感謝して……

 その時、“いつか絶対にこの恩を返す”って、心に決めたんです。

 だから……告白された時、迷ったけど……断れなくて……」


 ――それは優しさでも好意でもなかった。

 ただの義務感だ。


 ――しかし、なんか引っかかるな。


 妹がいじめられていたのは事実らしいが、

 神崎が助けたって話、あいつの性格にしてはどうも出来すぎている。


 ……まさか、いじめも仕込みで、それを解決して恩を売ったとか?

 いや、でも、そんな漫画みたいな話――


「それで、それから私が何度も別れたいと言っても、

 神崎さんは、“お前は俺に借りがある”って……言ってきて……

 あと……その……言えませんが、それ以外にもどうしても別れられない理由があって……」


 彼女は視線を落としたまま、指先をぎゅっと握りしめていた。


 ……彼女は、ずっと――縛られてたんだ。


 勝手に“恩”を感じて、


 勝手に“返さなきゃ”って縛られて、


 勝手に“幸せ”を犠牲にしてたんだ。


 俺は、ため息混じりに頷いた。


「……まあ、神崎にバレずに済むなら、いいよ」


 彼女に特別な感情があったわけじゃない。

 俺に頼んだのも、月森さんに唯一怒らなかった男で、尚且つ、昔優しくしてくれた人として記憶に残ってたからだろう。


 でも、そんな話を聞かされて頼まれたら、見捨てられるほど俺もドライな男でもなかった。


「えっ……!」


 月森さんが、ぱっと顔を上げた。


「ただし、絶っ対に顔は映さない。デート場所も俺が指定する。

 それで文句ないなら、やるよ」


 ──はい、巻き込まれました。気づいたら即承諾してた俺がここにいます。


 てかこれ、よく考えたら寝取られ男、次は寝取り男にクラスチェンジすんのか?

 神崎にバレたら即バッドエンド直行コースだぞ。


 ……でもまあ、月森さんみたいな美人と合法的にデートできるチャンスなんて、

 人生のどこに転がってんだって話だし。


 そして、あくまで演技って建前に全力で乗っかれば、罪悪感ゼロで幸せになれる。


 うん、理屈は完璧だ。

 これなら、俺も月森さんも幸せになれる。


 すると、一瞬、彼女は言葉を失ったように、じっと俺を見つめて――


「ありがとうございます!

 本当にありがとうございます……!」


 ぱぁっと笑って、両手で俺の手を包んでくる月森さん。


 ──おい待て、今の笑顔、完全に反則カードだろ。


 いや違う。ちょっとドキッとしただけだ。そう、これは事故。事故だから。


 これはその、なんというか──顔面偏差値によるものであって、恋とかじゃない。うん。


 しかし、月森さんが帰ったあとも、なんか胸のざわつきが収まらなくて――


 ……はい、理屈では“好きじゃない”ってことにしてます。

 でも心臓が反論してきて、俺、今わりと負けそうです!!



 ──やばい。俺、明日、絶対ニヤける自信ある……!!




   ◇ ◇ ◇




 ……その時はまだ、何も知らなかった。


 あの笑顔の奥に、どれほどの痛みと孤独が隠されていたのか。


 そして俺が――“恋”じゃ足りない想いで、彼女を純愛で寝取って救いたいと思うようになるなんて。




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