第16話 ヒロインを救う覚悟した直後、嫉妬全開のラスボスが現れたんだが
幕が下りてしばらく経っても、体育館の拍手が鳴りやまない。
「すごい……」
「ガチじゃなかった? あの空気……」
「なんか、泣きそうになったんだけど……」
そんな声が、あちこちから聞こえた。
――うん、ガチです。
ガチガチに緊張してましたとも。
俺と詩乃は、舞台袖に戻りながら、そっと手を離した。
「おつかれ、詩乃」
自然に出た言葉だった。
「……はい」
詩乃も、顔を伏せながら答えた。
けれど、その横顔は、どこか安堵と名残惜しさが入り混じっているようだった。
「……本当に、おつかれさまでした」
詩乃がそっと言った。
その声は、さっきの台詞よりも小さくて、でもずっと素直だった。
「ああ。……すげー、緊張した」
「ふふっ。……でも、ちゃんと伝わってましたよ。直哉さんの言葉」
「……そうか?」
「……はい。ちょっと、ずるかったですけど」
そう言って、詩乃は少しだけ笑った。
「でも……嬉しかったです。本当に」
その一言に、胸がいっぱいになった。
俺が言ったのは“台詞”じゃない。
本音だった。
それを詩乃は、ちゃんと受け取ってくれた。
……たとえ、全部が演技の中の出来事でも。
詩乃の頬が赤らんでいた。
きっと俺も、同じような顔をしてたと思う。
「ありがとな。
詩乃のおかげで、途中で台詞吹っ飛ばさずにすんだわ」
「……っ」
詩乃の目が驚いたように揺れる。
でも、すぐに柔らかく笑って、小さくうなずいた。
その笑顔が、やけに綺麗で、しばらく言葉を失った。
「……じゃあ、着替えてきますね」
「あ、ああ。俺も……着替えてくる」
ふたりとも、言葉の終わりに名残惜しさが滲んでいた。
詩乃にも十分伝わったなら、俺の覚悟も分かってくれたと思う。
……彼女は、どう応えてくれるだろうか……
詩乃はこちらを見て微笑んでから、それから歩き出す。
その背中を見送りながら――
俺の胸には、舞台の余韻とはちがう、確かな温かさが残っていた。
それは拍手でも歓声でもない。
詩乃というひとりの人間と、ちゃんと心を通わせた、たった数分間の記憶。
たぶん、俺はあの一瞬だけ――
本当に、彼女の恋人だった。
……少なくとも、そう信じたいと思った。
詩乃が立ち去ったあとも、俺はしばらくその背中を見つめていた。
◇ ◇ ◇
舞台袖の奥で着替え終わった直後――
「……か、神崎さん!?」
その瞬間、詩乃の声が揺れた。
俺の耳にも、その声が届く。
直感で、やばいと悟った。
そっとカーテンの隙間から覗くと――
そこにいたのは、壁にもたれた神崎だった。
腕を組み、無言のまま詩乃を見つめている。
(……いつから、そこに……)
その場に現れるには不自然なタイミングだった。
まるで最初からこの瞬間を狙っていたような、そんな空気。
俺は息を殺し、詩乃の背中越しに神崎の顔を睨む。
詩乃の背筋が、少しずつこわばっていくのが見えた。
神崎は、ゆっくりと口を開く。
「……ずいぶんと仲が良さそうだったな。
あの篠宮って男と」
「………」
詩乃は、言葉を失っている。
その表情は、舞台上で見せていたものとはまったく違っていた。
緊張、戸惑い、そして――怯え。
(……詩乃……)
思わず、詩乃の前に出そうになる足を必死にこらえる。
ここで出るべきか…!?
いや、そうしたら逆に詩乃の状況をもっと悪くさせるか…!?
(くっ……どうする!?)
神崎は笑顔を崩さない。
けれど、その内側にこもるのは、確かな怒気。
「それは文化祭の出し物で、私は……」
「おいおい、俺に嘘をつかないでくれよ」
その言葉に、詩乃の肩がぴくりと揺れた。
「俺、あえてさ、昨日も今日も詩乃を自由にさせてあげたんだぞ?
文化祭初日に、イチャついて回ってたのも演技なのか?」
「……あれは……」
詩乃はうつむき、唇を噛んだ。
(……どう答える……?)
胸がざわつく。
思い出すのは、舞台上での詩乃の言葉――あの手のぬくもり。
「勘違いしないでほしいんだ、詩乃。
俺はお前を大切に思ってるんだ。
だからこそ、周りの男と仲良くしてほしくないんだ。
分かってくれるよな?」
大切に思ってるから束縛するって、DV男の常套句だろ。
「ほら、それを証拠にさ。
お前が嫌がってるから1年間、一度も手を出さなかったろ?
詩乃を気遣ってキスすらしなかったじゃん」
「………」
詩乃の額に汗が滲む。
「だから、俺はちょっと軽~いお遊びで済ませていた訳で…
そのお遊びすらお前は『もうこんな事、止めてください!』って、
止めてた訳だし。
そろそろ、詩乃も譲歩してくれてもいいんじゃないかな?」
軽〜いお遊びって、いやそれ寝取りって名前のフルコンボ技な。
説明欄に精神崩壊って副作用書いてあるヤツ。
よくそんなもん涼しい顔で語れるな。
クソ性格・オブ・ザ・イヤーにノミネート出来るだろ。
「……俺は詩乃のこと、好きだよ。
誰よりも。本気で、大切に思ってる」
神崎の声は妙に優しく、低く響いていた。
「だからさ……少しだけ束縛してしまうのも、
仕方ないと分かってくれないかな?」
……昔、俺も同じ台詞を聞いた。
DVを“愛情”だと信じてた元カノの口から。
俺の痛みなんて存在しないみたいに。
「……詩乃。
俺は本当にお前に一途なんだ。
もし、詩乃が俺ともっと深い関係になってくれるっていうなら、
他の女と一切、関係持たないって誓えるよ。
それぐらい詩乃、一筋だからさ」
……それ、詩乃が身体を許せば寝取りをやめてやるって、そういうことか?
どこまで最低なんだよ、こいつ。
くそっ……奇麗な言葉を並べて、圧だけかけて――
だがそれは――まるで、“詩乃を取られるかもしれない”って焦ってるような言い方だった。
……いや、たぶん実際、焦ってるんだろうな。
最近、詩乃の様子が変わってることに、こいつも気づき始めてる。
笑顔の中に、かすかな苛立ちが見えた気がした。
たぶん――俺の存在が、あいつの頭をかすめてる。
それに気づかないフリをして、
先に踏み込んだ方が勝ちみたいな論法で、詩乃を縛ろうとしてる。
「俺が詩乃を好きなのは本当なんだ。
他の女を抱いても、詩乃だけは特別だから。お前も嬉しいだろ?」
詩乃はギュッと拳に力を入れて唇を噛んだ、
その姿に俺は胸が痛くなる。
「いいか、詩乃。お前が誰とどう接しようと、今は俺の彼女なんだよ。
そこ、忘れてないよね?」
「……忘れてません。忘れたことなんて、一度も」
詩乃はそう言うしかないかのような表情だった。
……ここまで醜い言葉を吐かれても、詩乃は耐えるだけ。
普通なら、こんな奴とすぐに縁を切るだろう。
詩乃……一体、神崎に何をされているっていうんだ?
「なら、説明してくれないかな?
なぜ俺じゃなくて、あの篠宮なんかを頼るのかを」
“篠宮”って単語を出した瞬間、神崎の目がほんの一瞬だけ鋭くなった。
笑ってはいるけど、その笑みの奥で――
明らかに俺のことを、意識してる目だった。
……ああ、こいつ、嫉妬している。
気づいて――“詩乃を取られる”って、本気で思ってる顔してる。
詩乃は、しばらく沈黙した。
――さすがに、ここまで詩乃が追いつめられた状況で、黙って見てるだけってのはいかない。
詩乃にとって不利益な行動になるかもしれない。
だが、俺はもう限界だった。
神崎の前へ現れようと、一歩踏み出したその時――
「……直哉さんは、私のこと……少し惚れてるみたいです。
だから、それを利用してます」
………
……え、ちょ、ちょっと待って!?
……どういうこと……?
惚れてるってのはまぁ、うん、否定はできない。けど!
『利用してた』って、俺、ガチでチョロイン扱いされてた系男子!?
「私が少し色目を使ったら、
彼、あっさり私の事信じてくれたみたいで。
それで、今は、彼を利用するのが必要だから一緒にいます」
(……うそ、だろ……?)
……俺、まさかガチでピエロだったとか言わないよな?
そりゃ、最初はアリバイ演技の関係だったけどさ。
今の関係はもう、演技ってレベルじゃねーぞ!?




