第1話 寝取られた夜、寝取り男の清楚な本命が謝りに来た
『ねぇ見てる? 今から、君の彼女、寝取りまーす♪』
『ご、ごめんね……直哉。私、彼に本気で惚れちゃって……。
もう、アンタの恋人じゃいられないの……』
TV画面に映った俺の彼女が、
隣のクラスのイケメンに寄り添って、そう言った。
リビングに流れる、終末みたいな空気。
でも俺は、絶望どころか――
「……あっぶねぇ! 笑いそうになったわ……!」
腕は勝手にガッツポーズまでしていた。
彼女を寝取られてガッツポーズするとか、頭おかしいと思われるかもしれんが勘弁してくれ……!
だって、俺の彼女、美咲は――
スマホも財布も勝手に漁られて、LINEを5分既読が遅れれば浮気認定。
挙句の果てには、自作のGPSタグで24時間、監視までされていた。
そんな彼女からも、これで晴れて自由の身だ……! そりゃ、ガッツポーズの一つもしちゃうだろ!
そんな気持ちでDVDを止めて、ソファに座った瞬間。
──ピンポーン。
「……ん?」
インターホンが鳴る。
今はもう夜だ。こんな時間に来客か?
ドアスコープを覗いて、俺は絶句した。
制服姿の女子生徒。
銀色のロングヘアが、玄関灯の下できらりと光を放っている。
どこか浮世離れした空気をまとった、凛とした佇まい。
誰が見ても振り返るほどの、清楚で近寄りがたいほどの美人。
俺の知る限りで、動画の寝取り男、神崎光の唯一の本命彼女。
月森詩乃だった。
「……ごめんなさい。あの動画……止められませんでした」
月森さんは、小さく頭を下げながらそう言った。
……ちょっと待て。
なんで今、神崎の彼女が俺ん家に立ってんの?
いや、状況おかしいだろ。
動画の感想アンケートに来たわけでもあるまいし。
神崎の差し金?
ご丁寧に“寝取りました”の報告書持参か?
しかし、目の前の月森さんは小さく震えていた。
完全に申し訳なさMAXでうつむいてるし。
俺、ガッツポーズまでして喜んだこと土下座して謝るべきか?
しかも、月森さんと俺は同じクラスってだけの関係。
同じクラスって関係だけで、夜に家に訪問ってある? 親戚の法事でもこんな急には来ねぇよ。
……まあいい。ドアノブに手をかける。
「……何の用?」
問いかけると、彼女は顔を上げた。
「ご、ごめんなさいっ……! 本当にごめんなさい……!」
頭を下げて、必死に謝ってくる。
「あんな酷い動画を……あの人が送ってしまって……!
ごめんなさい、私、止められなくて……!」
――その様子からして、神崎に言わされてるって感じじゃない。
それ以上に、今こうして謝りに来た月森さんには、悪い気持ちはない。
俺に謝りに来たんだ。わざわざ一人で。
まあ、仮に言わされてても、俺としては――
(寝取ってくれてありがとうな、神崎)
ってぐらいに思ってるんで。
「とりあえず、上がって」
外でずっと謝られるのも、互いに気まずいしな。
「……はい。お邪魔します」
リビングでソファに向かい合うと、俺は少しだけ表情をやわらげた。
「……月森さん、謝るのは、もういいよ。こっちも、正直、助かったぐらいだし」
月森さんは神崎に命令されてるわけじゃないだろう。俺にはどうしても、彼女の謝罪が演技には見えなかったからだ。
そんな単純な理由だが、俺は月森さんの行動を信じたかった。
月森さんが、目をぱちくりとさせる。
「……え?」
驚いた声を出す。
「いないヤツの悪口言うのは好きじゃないけどさ。俺の彼女、あんまり良い人じゃなくてな……。
だから、神崎をそこまで恨んではないんだ」
人の女を寝取って、あんなDVDを送りつける性格の悪さはムカツくが、それ以外は不快な思いはしていない。
「それに月森さんは神崎の恋人であって本人じゃないだろ? なら、謝る必要ないって」
そう言うと、月森さんの目尻に涙が溜まっていき、溢れて止まらなくなった。
「……わ、私……毎回、酷い動画を送るって聞くたびに……止めようとしたんです。
でも私、あの人に逆らうと……っ……。
被害者の方へは謝りに行くたび、罵倒されたり、時には平手で……っ」
月森さんが悲痛な顔をする。
「そ、そんな……酷いことをした人の恋人に……。そう言われるのは……初めてで……。
だから謝るのは、ただの自己満足だとずっと思ってたから……。
こ、こんなに受け入れてもらえるとは……思ってなかった……です……」
月森さんはぽろぽろと、涙をこぼしている。
……いやいや、ちょっと待って。
泣くのは俺の方じゃない? 寝取られた側、こっちですけど??
でも――
目の前で必死に涙をぬぐう月森さんを見てたら、なんかもう、ガッツポーズした自分が最低人間に思えてきた。
「……ティッシュ、使う?」
そっと箱を差し出すと、こくりと頷いて受け取る。
しばらくして、ようやく落ち着いた月森さんがぽつりとつぶやいた。
「……篠宮さんが優しいのは、今も変わってないんですね」
……ん?
「……今も?」
聞き返すと、月森さんは懐かしそうに微笑んだ。
「……中学二年の時、篠宮さんと同じ班だった時があるんです。
それで、班活動の理科の時間。教室がすごく暑くて……私、少し具合が悪くなってしまって」
あー、よくある展開ね。
でも自分が出てくる話聞くの、何かこそばゆいんだけど。
「誰も気づいてくれなかったのに、篠宮さんだけがそっと来てくれて……『顔色悪いぞ。保健室、行ってこいよ』って」
ごめん。記憶ないけどその時の俺、ナイス判断じゃん。
「私が『大丈夫』って言いかけたら、『班のことは俺がやっとくから』って……。
……あの優しさが、すごく救いでした」
あー、それっぽい。
なんか知らんけど、自分で言われると死ぬほど気恥ずかしいやつだ。
「私、あれからほとんど話してませんでしたけど……。
ずっと、忘れませんでした」
いや、そんなん言われたらこっちが泣きそう。
「そうだったのか」
知らんうちに、人の人生に、心の思い出を残してたらしい。
……なんか、胸の奥がちょっとだけ熱くなってた。
「まあ、さっきも言ったけど、俺はもう気にしてないからさ。
今日はもう帰りなよ」
そう言って、玄関まで送る。
月森さんは『はい……』と小さく頷き、ドアを開けて外に出た。
──その時。
「……本当に……神崎さんじゃなく……。
篠宮さんみたいな人が……………なら……きっと………」
言葉が、ふっと止まった。
「……え?」
思わず聞き返した俺に、
「な、なんでもないですっ!
す、すみませんっ……!」
月森さんはぺこりと頭を下げ、そのまま駆け足で去っていった。
……なんだよ、それ。
あの続きが、気になって仕方がないのに――
でも、本人が『なんでもない』って言ったんなら、これ以上は突っ込めない。
だけど――
これ、寝取られた直後の夜に起きる出来事として、濃すぎない?
マジで情緒、どう処理すればいいんだよ!?
※お読みいただきありがとうございました。
しばらくは一日2~3話投稿いたします。
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