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眼鏡

作者: 通りすがり

美咲は長い間この日が来るのをずっと待ち望んでいた。

やっと私も幸せになれる。

美咲は純白のウェディングドレスに身を包み、幸せいっぱいの笑顔でバージンロードを歩いた。祭壇の前には、新郎の健太郎が待っている。健太郎は優しく微笑み、美咲の手を取った。

式は順調に進み、指輪交換の時が来た。健太郎は美咲の左手薬指に指輪をはめようとしたが、なぜか指輪が入らない。焦った健太郎は無理やり指輪を押し込もうとした。

「あっ」

その時、美咲の眼鏡がずり落ちた。

美咲は眼鏡をかけ直し、健太郎の顔を見た。

すると先ほどまで優しく微笑んでいた健太郎の顔が歪んでいる。目は充血し口は大きく裂け、まるで化け物のようだ。美咲は恐怖で体が震えた。

「いや、来ないで」

美咲は掴む健太郎の手を振り払ったが、その勢いで転倒してしまい頭を強く打った。

意識が遠のく中、美咲は健太郎の顔を見た。

健太郎はまだ怒り狂った恐ろしい顔をしている。美咲は薄れゆく意識の中で激しく後悔をしていた。

「こんな結婚をするんじゃなかった」



美咲は目を覚ました。そこは病院のベッドの上だった。頭には包帯が巻かれている。

美咲は看護師に何があったのか尋ねた。

「 ご自宅で倒れていたところを発見されたんですよ」

看護師が優しい声でそう答えた。

家に帰ると健太郎は優しく美咲を迎えた。

「心配したよ」

そう言う健太郎の顔を美咲は見た。健太郎はいつもの優しい笑顔だった。

美咲は混乱した。あの化け物のような顔は幻だったのか。

数日後、美咲は健太郎と結婚式を挙げた。式は滞りなく進み美咲は幸せの中にいた。

しかし美咲の心にはあの時の恐怖が残っていた。健太郎の顔が化け物に見えたのは、本当にただの幻だったのだろうか。

その夜、美咲は健太郎と新婚初夜を迎えた。ベッドの中に健太郎は優しく美咲を向かい入れた。健太郎は抱きしめながら優しい笑顔で美咲を見つめている。健太郎の手が美咲の顔に近づき、そっと眼鏡を外した。そのときに美咲の目に映ったのは、またしてもあの化け物のような健太郎の顔だった。

「いや、来ないで」

美咲は健太郎の腕の中から抜け出そうと必死に抵抗したが、男の力には到底かなわなかった。健太郎は両手を美咲の首にかけると力を込めて絞めた。美咲は苦しくて息ができない。意識が遠のく中、美咲は後悔した。

「こんな結婚をするんじゃなかった」


美咲は再び目を覚ました。そこは病院のベッドの上だった。頭には包帯が巻かれている。

美咲は看護師に何があったのか尋ねた

「ご自宅で倒れていたところを発見されたんですよ」

看護師が優しい声でそう答えた。

美咲が家に帰ると健太郎は優しく美咲を迎えた。

「心配したよ」

そう言う健太郎の顔を美咲は見た。健太郎はいつもの優しい笑顔だった。

美咲は混乱した。あの化け物のような顔は幻だったのか。

美咲はそれから何度も同じ夢を見た。結婚式で健太郎の顔が化け物になり、美咲を襲う夢。美咲は恐怖で眠れなくなった。

ある日、美咲は健太郎の部屋で古いアルバムを見つけた。だがアルバムには健太郎の子供時代の写真は一枚もなかった。美咲は健太郎に尋ねた。

「なぜあなたの写真はないの」

「ああ、このアルバムには僕の写真はないんだよ」

「あなたの家族の写真は全員分があるのになぜ」

健太郎は一瞬だけ困ったような表情を浮かべたがすぐにいつも通りの落ち着いた感じで答えた。

「実はね、子供の頃は写真を取れられるが嫌いだったんだ」

「じゃあ、この写真の子は誰なの」

そう聞いた美咲が指さした写真には、『健太郎、誕生日おめでとう』と書かれたプレートが置かれケーキを笑顔で持つ見知らぬ子どもが写っていた。

美咲は健太郎に訊いた。

「あなたは誰なの。私を殺そうとしているの」

「なぜそう思うの」

健太郎が美咲のほうに近づいて来ようとした。

不安に苛まれ立ちあがろうとした美咲はバランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。眼鏡が外れ床に落ちる。慌てて眼鏡を拾ってかけるが、目の前の健太郎の顔は歪んでいた。目は充血し、口は大きく裂けた。

「いやー、来ないで」

健太郎が美咲に襲いかかった。美咲は必死に抵抗したが、かなわなかった。健太郎は美咲の頭を腕に抱えると床に何度も叩きつけた。意識が遠のく中、美咲は後悔した。

「こんな結婚をするんじゃなかった」



美咲は目を覚ました。そこは病院のベッドの上だった。頭には包帯が巻かれている。

美咲は看護師に何があったのか尋ねた。

「 ご自宅で倒れていたところを発見されたんですよ」

看護師が優しい声でそう答えた。

「心配したよ」

そう言う健太郎の顔を美咲は見た。健太郎はいつもの優しい笑顔だった。

ただ美咲は全てを悟っていた。

美咲は健太郎にいった。

「あなたは私を愛していないのね」

「急に何を言うんだい。そんなことはないよ」

健太郎は不自然なほど落ち着いた声で答えた。

「じゃあ、なぜ私を殺そうとするの」

美咲がそう訊くと、健太郎はしばらく下を向いて押し黙っていたが、やがて顔を上げると美咲にいった。

「それは...君の方が...こ」



「先生」

白衣を着た若い女性が呼びかけると、同じように白衣を着けた初老の男が振り向いた。

「ああ、もうこんな時間か」

「大丈夫ですか」

白衣の女性が心配そうに様子を伺う。

「大丈夫だ。それより今日はこれで終わりにしよう。外の彼を呼んできてくれ」

白衣の女性は「はい」と返事をすると部屋を出て行った。

部屋の中には私と、その目の前の椅子に拘束され眠っている患者だけが残された。

この治療もあと少しで終わりとなるだろう。

この患者は幼いときに父親から虐待を受けて、二面生の人格を持ってしまった。やがて大人になり結婚したが、その二面性の人格のため結婚生活はすぐに破綻し、挙句にパートナーを殺害してしまった。

患者には刑罰より治療が必要という司法の判断が下り、そして今こうして医者である私の前にいる。

「うぅ」

どうやら患者が目覚めたらしい。

「先生...」

そういって眼鏡の奥から私を見つめる目は、いつになく穏やかなものだった。善の面が強く患者の意識を支配している証拠だ。

「ご気分はいかがですか」

「はい、気分は悪くないです」

静かにそう答えた様子を見て、私は満足げに安堵の笑みを浮かべる。

「治療は上手くいっている。もう暫くすれば完全に良くなるよ」

「ありがとう、先生」

そのとき扉が開き、制服をつけた男が入ってきた。

「本日の治療は終わりだ」

私は制服の男に向けてそう告げると、患者に取りつけていた拘束具を取り外していく。

患者は制服の男に連れられ立ち上がろうとしたが、その際に座っていた椅子の脚に躓いて倒れ込んでしまった。

その拍子に患者が付けていた眼鏡がずり落ちた。

「大丈夫かね」

私がそのように尋ねると、患者は私を見て叫んだ。

「いやー、来ないで」

「どうしたんだ」

眼鏡が外れた患者は、私を見て恐怖で怯えた顔をして全身を震わせていた。

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