第9話末踏の空へ
第9話「未踏の空へ」
桐谷隼人は朝の羽田空港、滑走路の手前で機体の最終点検を行っていた。今日は新たな任務が待っている。JAL1601便、羽田発新千歳行きのフライトだ。乗客はビジネスパーソンが多く、ある意味で重要な便だ。彼は気を引き締めながら、機体の状態を確認していた。
「順調だな。」桐谷はそう呟き、ふと背後に目を向けると、副操縦士として乗り込むのは、数ヶ月前に一度一緒にフライトしたことがある若手、田村尚人だった。
田村は桐谷に軽く会釈しながら声をかける。「桐谷機長、準備は整いました。出発しますか?」
桐谷は頷き、彼に微笑んだ。「ああ、準備はできている。よろしくな。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
二人は機内に向かい、コックピットに入る。桐谷は椅子に腰掛け、再度計器のチェックを行う。すべてが正常に動作していることを確認した桐谷は、軽く息を吐き、田村に話しかける。
「田村、今日は少し長いフライトになる。飛行機の状態には気をつけながら、しっかりサポートしてくれ。」
田村はしっかりと頷く。「了解しました。機長、信頼してます。」
桐谷は、田村の眼差しに少しの安心を感じながら、乗客の安全を守るために心の中で気を引き締めた。自分が機長として全てを指揮する場面に、改めてその重さを実感する。
フライト開始
機体がゆっくりと動き出し、滑走路へと向かっていく。桐谷は着実に手順をこなしていく。出発前に頭の中でシュミレーションした通りに、一つ一つ手を動かし、計器を確認し、そして自分の呼吸を整える。
「出発準備、完了。」桐谷は最終確認を終えた後、田村に一度目を合わせると、無線で管制塔に向けて出発の許可を得る。
「JAL1601便、羽田空港離陸許可をお願いします。」
「JAL1601便、離陸許可、発行します。」管制塔の声が無線越しに響く。
桐谷はそれを受けて、滑走路に向かって機体を加速させる。エンジンが唸りを上げ、機体が徐々に加速していく。重さを感じながら、桐谷は操縦桿を握り締め、機体の動きに敏感に反応する。
そして、ついに機体が地面を離れ、空に向かって上昇していく。
「よし、順調だ。」桐谷は心の中でつぶやき、空の広がりを感じる。
途中の困難
高度が上がるにつれて、空気は次第に薄くなり、快適なフライトが続いていた。だが、北海道に向かう途中、桐谷は突然の気象変化に気づく。雲が次第に濃くなり、風が強くなってきたのだ。
「田村、ちょっと風が強くなってきたな。」桐谷は軽く言った。
「はい、機長。気象レーダーにも反映されてます。高度を少し調整しますか?」
桐谷は一度画面を確認し、少しだけ高度を上げることを決めた。「このままもう少し上げよう。風の強さが変わるかもしれない。」
「了解しました。」
田村が操作を行い、機体の高度を微調整する。しかし、風の影響が続き、少し揺れが出てきた。
桐谷は少し身を引き締め、操縦桿をしっかりと握った。「この程度なら問題ないが、しっかりモニターしていこう。」
その後、少しの間、揺れが続いたが、桐谷は冷静に対応しながら、田村と共に機体を安定させるための対策を講じていった。
「順調に戻りつつある。」桐谷はつぶやきながら、少し安心したような表情を見せた。
新たな出会い
フライトが落ち着いた頃、桐谷はふと考え込む。最近、自分の成長を感じる一方で、まだまだ学ばなければならないことがたくさんあると感じていた。
「田村、これからどんなパイロットになりたい?」桐谷は静かに尋ねた。
田村は少し考えた後、答えた。「私は、機長のようにどんな状況でも冷静に判断できるパイロットになりたいです。まだまだ経験が足りませんが、機長のように安心感を乗客に与えられるようになりたいです。」
桐谷はその言葉に思わず微笑んだ。「そうか。俺も、最初は何もわからなかった。でも、少しずつ経験を積んで、やっと今日があるんだ。」
田村は桐谷を見つめ、「機長、これからも一緒に飛べることを楽しみにしています。」と言った。
桐谷は田村の言葉に心から感謝し、同じ空を共有することの大切さを再認識するのだった。第9話「未踏の空へ」前半
桐谷隼人は朝の羽田空港、滑走路の手前で機体の最終点検を行っていた。今日は新たな任務が待っている。JAL1601便、羽田発札幌行きのフライトだ。乗客はビジネスパーソンが多く、ある意味で重要な便だ。彼は気を引き締めながら、機体の状態を確認していた。
「順調だな。」桐谷はそう呟き、ふと背後に目を向けると、副操縦士として乗り込むのは、数ヶ月前に一度一緒にフライトしたことがある若手、田村尚人だった。
田村は桐谷に軽く会釈しながら声をかける。「桐谷機長、準備は整いました。出発しますか?」
桐谷は頷き、彼に微笑んだ。「ああ、準備はできている。よろしくな。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
二人は機内に向かい、コックピットに入る。桐谷は椅子に腰掛け、再度計器のチェックを行う。すべてが正常に動作していることを確認した桐谷は、軽く息を吐き、田村に話しかける。
「田村、今日は少し長いフライトになる。飛行機の状態には気をつけながら、しっかりサポートしてくれ。」
田村はしっかりと頷く。「了解しました。機長、信頼してます。」
桐谷は、田村の眼差しに少しの安心を感じながら、乗客の安全を守るために心の中で気を引き締めた。自分が機長として全てを指揮する場面に、改めてその重さを実感する。
フライト開始
機体がゆっくりと動き出し、滑走路へと向かっていく。桐谷は着実に手順をこなしていく。出発前に頭の中でシュミレーションした通りに、一つ一つ手を動かし、計器を確認し、そして自分の呼吸を整える。
「出発準備、完了。」桐谷は最終確認を終えた後、田村に一度目を合わせると、無線で管制塔に向けて出発の許可を得る。
「JAL1601便、羽田空港離陸許可をお願いします。」
「JAL1601便、離陸許可、発行します。」管制塔の声が無線越しに響く。
桐谷はそれを受けて、滑走路に向かって機体を加速させる。エンジンが唸りを上げ、機体が徐々に加速していく。重さを感じながら、桐谷は操縦桿を握り締め、機体の動きに敏感に反応する。
そして、ついに機体が地面を離れ、空に向かって上昇していく。
「よし、順調だ。」桐谷は心の中でつぶやき、空の広がりを感じる。
途中の困難
高度が上がるにつれて、空気は次第に薄くなり、快適なフライトが続いていた。だが、北海道に向かう途中、桐谷は突然の気象変化に気づく。雲が次第に濃くなり、風が強くなってきたのだ。
「田村、ちょっと風が強くなってきたな。」桐谷は軽く言った。
「はい、機長。気象レーダーにも反映されてます。高度を少し調整しますか?」
桐谷は一度画面を確認し、少しだけ高度を上げることを決めた。「このままもう少し上げよう。風の強さが変わるかもしれない。」
「了解しました。」
田村が操作を行い、機体の高度を微調整する。しかし、風の影響が続き、少し揺れが出てきた。
桐谷は少し身を引き締め、操縦桿をしっかりと握った。「この程度なら問題ないが、しっかりモニターしていこう。」
その後、少しの間、揺れが続いたが、桐谷は冷静に対応しながら、田村と共に機体を安定させるための対策を講じていった。
「順調に戻りつつある。」桐谷はつぶやきながら、少し安心したような表情を見せた。
新たな出会い
フライトが落ち着いた頃、桐谷はふと考え込む。最近、自分の成長を感じる一方で、まだまだ学ばなければならないことがたくさんあると感じていた。
「田村、これからどんなパイロットになりたい?」桐谷は静かに尋ねた。
田村は少し考えた後、答えた。「私は、機長のようにどんな状況でも冷静に判断できるパイロットになりたいです。まだまだ経験が足りませんが、機長のように安心感を乗客に与えられるようになりたいです。」
桐谷はその言葉に思わず微笑んだ。「そうか。俺も、最初は何もわからなかった。でも、少しずつ経験を積んで、やっと今日があるんだ。」
田村は桐谷を見つめ、「機長、これからも一緒に飛べることを楽しみにしています。」と言った。
桐谷は田村の言葉に心から感謝し、同じ空を共有することの大切さを再認識するのだった。◆ 機長としての着陸
「Landing checklist…complete」
副操縦士・田村の声に、桐谷隼人は小さくうなずいた。
新千歳空港、滑走路19R。吹き下ろす風が冬の終わりを告げている。
雪解けが始まったとはいえ、滑走路周辺はまだ白く染まっていた。斜めからの風が機体をわずかに揺らすが、桐谷の両手は、冷静に操縦桿を握り続けていた。
「スピード安定。グライドスロープオン。進入許可確認」
「よし、降ろすぞ」
機体が地面を捉えるその瞬間、桐谷の意識は研ぎ澄まされていた。
“機長”として迎える新千歳の空。
責任も、誇りも、プレッシャーも、すべてが手のひらに集約されていた。
「……Touchdown」
B787の脚が滑走路に吸い付くように着地した。
「スプイラー展開、リバースグリーン、デセル」
田村が手際よく動き、機体は安全に滑走路を駆け抜けていった。
誘導路へ入った瞬間、コックピットに安堵の空気が流れる。
「ナイスランディングです、機長」
「ありがとう。君のサポートが良かったよ」
目を合わせ、短く笑う。
今日も、命を預かる空の仕事を無事に終えられたことに、心からの安堵があった。
◆ ラウンジの再会
業務を終え、パイロット専用のラウンジに戻った桐谷は、制服のネクタイをゆるめ、自販機でブラックコーヒーを選んだ。
コーヒーの熱が指先にしみてくる。この時間だけは、機長という肩書きも、機体番号も、フライトプランも関係ない。
そのとき、背後から聞き慣れた声がした。
「よぉ、桐谷」
振り返ると、そこには長身で黒髪の男――柳瀬悠人の姿があった。
制服の肩には、桐谷と同じくゴールドのライン。そう、彼もすでに“機長”なのだ。
「柳瀬……お前、北海道便か?」
「そう、関空から来た。明日は伊丹戻りの始発。」
自然に、互いにグータッチを交わす。
それは、同期の証であり、“空”を共に生きる仲間としての敬意のあいさつだった。
「でもまあ、驚いたよ。俺の方が早く機長になっちゃったよ、笑」
柳瀬がニヤッと笑い、からかうように言った。
桐谷は、肩をすくめて笑った。
「たしかに。でも、俺は“ド派手に昇格”を狙ってたからな」
「B787で? 相変わらず、でかいのが好きなんだな」
「お前は小回り重視だったろ。737で鍛えた細やかさ、見習いたいよ」
二人は並んでラウンジのソファに座り、コーヒーを啜った。
この時間が、何よりも尊い。肩の力が抜け、素直に“空の話”ができる時間。
◆ 同期という関係
「なあ、桐谷」
柳瀬がぼそりと口を開く。
「俺たち、変わったよな。初めて訓練受けたあの頃と比べて」
「変わったよな。けど、根っこのところは変わってねえと思う」
「どういう意味?」
「空が好きで、飛ぶことに夢を見て、それでも実際は毎日現実と向き合って……それでも、飛び続けてる。根っこは、あの頃のままだよ」
柳瀬は少しだけ目を細め、うなずいた。
「機長になった今の方が、むしろ“飛ぶ意味”を考えることが多いかもな」
「責任の重さとか?」
「いや、それは当然としてさ。……なんというか、“誰のために飛んでるか”って、時々考えるんだ」
桐谷は、窓の向こうに広がる新千歳の夜景を見つめた。
「俺は最近思うよ。空を飛ぶのは、誰かを“ちゃんと帰らせるため”なんだって」
「……お前らしいな」
二人は無言のまま、同じ景色を見ていた。
同期という不思議な縁は、時にライバルであり、時に理解者になる。
◆ また、空で会おう
「なあ、今度一緒に訓練便乗らないか? どうせ乗員再教育あるだろ?」
柳瀬が提案する。
「お前と一緒に? めんどくさそうだな」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
二人は笑い合いながら、ふたたびグータッチを交わす。
「じゃあ、また空で会おう」
「おう。次は、“同期の機長コンビ”で乗るのもアリだな」
別れ際、柳瀬は少しだけ真剣な表情で言った。
「お互い、無事に飛び続けようぜ。……あの時の夢、まだ途中だからな」
「当然だろ。俺たちは、まだ“未踏の空”の入り口に立ったばかりだ」
(To be continued...)