第一話 青空へのテイクオフ
第1話「大空へのテイクオフ」
羽田空港の訓練センター。
タキシングする白と赤の翼が、格納庫からゆっくりと姿を現した。
「B777……でかいな、やっぱ」
27歳、**桐谷 隼人**は、コックピットに座る自分を何度も確認するように目を瞬かせた。訓練機とはいえ、今、自分が操縦席にいる。それだけで、胸が高鳴る。
「コクピットの窓から見える景色が、もう違う。これは……夢だった場所だ」
かつて、JALの制服を着た父の背中に憧れて、紙飛行機を飛ばしていた少年が、いま本物の空を飛ぼうとしている。
――ただし、隼人の性格は直球そのものだった。
「何事もぶつかっていくしかないッスよ!」
シミュレーターで何度も教官と衝突し、仲間ともぶつかり、でも決して折れず、曲がらず、前しか見なかった。その無鉄砲さに振り回される教官もいれば、それを「熱意」として評価する人間もいた。
「今日はシミュレーターじゃない。実機だ。お前の“熱意”が空でどう出るか、見せてみろ」
教官の重いひと言に、隼人は頷いた。
ドアが閉まり、チェックリストが進んでいく。
機体は滑走路へと向かう。
「JALテスト123、滑走路34Rにて離陸許可」
その瞬間、隼人の心臓が跳ねた。
「スロットル全開。いくぞ、俺の初フライトだ!」
ゴォォォォォ――
エンジン音が唸り、滑走路を疾走する機体。
浮き上がる感覚。地面が遠のく。世界が、変わった。
「うお……これが空……!」
初めての実機フライト。
空の青さ。雲の眩しさ。コクピットに流れる緊張と歓喜。
そして、何よりも自分が「空を飛ばしている」ことの、実感。
「やばい、これ最高じゃん……!」
教官が、横で少しだけ笑っていた。
「落ち着け。まだこれからだ。空の世界は甘くないぞ、桐谷」
「上等ッス。俺、この空に本気でぶつかりますから!」
27歳、まだ駆け出しのパイロット。
だけど、その眼差しは、すでにどんな嵐にも負けない強さを秘めていた。
彼の空は、始まったばかりだ。