ぶつかりおじさん滅ぶべし
ぶつかりおじさんにぶつかられてしまった会社員に起こった悲劇とは……!?
目の前からぶつかりおじさんが突進してくるのが見えた。
――ぶつかる!
そのあまりのスピードと気迫に恐怖で足がすくむ。その場でもたもたとしているうちに、私は成人男性の身体に突き飛ばされていた。
どん! と音が聞こえた気がしたが、実際に音がしたわけではない。代わりに、駅のホームには私の小さな悲鳴が響いた。
「きゃっ!」
床に尻餅をついた私の周りに、大丈夫ですか! と周囲にいた女性たちが集まってきてくれた。しゃがんで介抱しながら、温かい言葉をかけてくれる。
「本当に、最悪ですよね」
「怪我はないですか?」
立ち上がらせてくれた人にお礼を言いながらあることに気が付いた。
「ありがとうございます……。まさか、ターゲットにされるなんて……。あれ?」
輪になっている私たちの外、ホームの床にはぶつかって来たおじさんが大の字でひっくり返っていたのだ。
「なんで?」
「この人からぶつかってきたはずなのに」
おじさんは白目を剥いて倒れている。その不気味さは近寄りがたく、ぶつかられたという事もあり、手当をしようという人は一人もいない。
「放っておきましょう」
「自業自得ですよ」
確かに、ぶつかってきた方が悪い。みんなが言う通りだと思う。助けてくれた人たちに促され、その場を離れようとした。その時――。
『おい!』
大声で私たちを呼び止めたものがいる。男の声だ。
「えっ?」
周囲を見渡す。周りの人がどうしましたか? と怪訝そうな顔で私を見た。
「いや、誰かに呼ばれた気がして……」
ぶつかられたショックで幻聴が聞こえたのだろうか?
『おい! 何してんだ! 俺を助けろ!!』
やはりおじさんの声が私たちを呼び止めている。思わずきょろきょろとあたりを見回す。周囲の人が不審そうに私を見た。
「頭を打ったのかも。病院に行きましょうか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
私は逃げるようにしてその場を離れてしまった。
『おい! 待てよ! 待つんだよ!!』
駅から離れて帰宅の途中でも、頭の中でおじさんの恨み言が聞こえてくる。
『お前、俺の事を放っておいて、後でどうなっても知らんからな! これは傷害致死だぞ! 俺が駅で倒れたまま死んだら、お前の責任になるんだからな!』
脳内で聞こえてくるこの声はきっとあのぶつかってきたおじさんの声なんだろう。
何と、ぶつかりおじさんに飛ばされた瞬間に、おじさんの霊か意識のようなものが私の中に入りこんでしまったらしい。
――いやあ、気持ち悪い!
『気持ち悪いってなんだよ! 俺だって気持ち悪りいよ! こんなブスの中に入りこんでよ!』
何も悪いことをしていないのに、どうしてブスなんて言われなくちゃならないんだろう……。悔しい。そして悲しい。一生このおじさんが脳内にいるまま生活を送ることになるんだろうか?
ニュースでおじさんが死んだことを知った。おじさんは相変わらず頭の中で私を罵倒している。
悪夢のような共同生活がひと月続いた。おじさんの罵倒に慣れてきている自分が悔しい。それと同時に怒りがふつふつとこみ上げてくる。こんな卑劣なおじさんに馬鹿にされ怒鳴られる筋合いはない。
ある日、ぶつかりおじさんにぶつかられた場所で、私に突進してくるおじさんがいた。
――ぶつかる!
全く運が悪い、私は今日もぶつかりおじさんにターゲットにされているのだ。どいつもこいつも、私のことを舐めてかかっているに違いない。
今日は私はただぶつかられているわけではなかった。ひと月もおじさんに罵倒されて怒りが溜まっている私は、ぐっと腰に力を入れて構えた。ぶつかるならぶつかってくればいい……!
抵抗虚しく、私はぶつかりおじさんにすっ飛ばされた。同じように、優しい方たちが集まって私を介抱してくれる。相変わらず打ち付けた尻は痛かったが、私の身体はふと軽くなっていた。
私の中の、ぶつかりおじさんの気配が消えたからである。
――やっと、いなくなってくれたぁ……。
ぼーっとしている私に、大丈夫ですか? と女性が声をかけてくれた。
「はい。大丈夫。私は大丈夫です」
そう返事をしながら、私は今ぶつかって来たぶつかりおじさんをキッと睨みつける。
ところが、ぶつかりおじさんは蒼白な顔をして、ぶつぶつ何か話していた。
「誰だ。誰だ、お前は!」
「どうして俺の頭の中で話しかけてくるんだ! なんなんだこの男は!」
おじさんの声が次第に大きくなり、周囲の人の視線が突き刺ささっている。
ぶつかりおじさんは冷や汗を流しながら、違う、俺じゃない……、俺はお前じゃない……とその場から退散していった。
真実が見えていたのは私だけに違いない。
今しがたぶつかってきたおじさんの後ろには、今まで私に憑りついていたあのぶつかりおじさんがくっついて喚いていたのだから。
コンテスト応募作品でした。
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