憧れの姉代わりで未亡人である叔母の落とし方
一也は田舎で生まれた。旧いことがそのまま価値を持つような田舎だ。
高飛車で傲慢だが優しい祖父母。風習なのか、祖父母に比べて影が薄かった両親。一也はその中で長男だ、跡取りだと過保護に育てられた。彼は村議の祖父を持つ、さしずめ、世間知らずの子供といったところか。兄弟はいない。しかし、彼には父方の血が流れる歳の近い叔母がいたのだ。
叔母である少女は寧子という名で、一也より六歳年長である。撫子を思わせる長い黒髪、楚々とした雰囲気。学業にも優れ、村でも美しいと評判の女性だった。
けれど、不思議なことに彼女は実家の中で扱いが良くなかった。どこか腫れ物に触れるような扱い。悪いとはいえないが良いとも言えぬ待遇。どうしてかはまだ小さい一也にはわからなかった。
(家族なのにどうしてだろう?)
ふっと湧いた疑問は解けなかったが、一也は寧子へと姉のようによく懐いた。彼自身、自覚があったか定かではないが、おそらく、一目ぼれと呼べるものではなかったか。若く美しい叔母をなんと呼べばいいかわからず、
「おねえ、おば、おねえ……おばさん!!」
「お姉さん」
こんな調子であったが、寧子も一也を弟のように可愛がった。勉強を教え、遊び相手など日々の面倒を見る。何なら一緒にお風呂まで入ることも。
一也が中学生になる頃、実家で一悶着起きた。それは寧子が都会へ進学したいと言い出したことだ。彼女は成績優秀、特待生での資格を得ており、経済的な問題はない。問題があるとすれば、祖父母や両親の感情である。
寧子の境遇に負い目を感じていた祖父に、他人にお金を出したくない祖母。半分だけ血の繋がった父親に、赤の他人である母親。
祖父としては、男子であれば都会へ出すことに賛成できた。むしろ、そうするべきであるぐらいには思っている。しかし、寧子は女子だ。問題を起こされても困るし進学など不要と考えていた。だが、祖母の手前、可愛がってやれなかった負い目がある。
祖父が話だけでもと聞けば、進学先は有名大学であったため、家や寧子の箔付けにもなると考えた。きっと、それは優秀な村の男と添わせるに役立つだろうと。
その負い目と打算が寧子へと一時の自由を与えた。けれど手放しではなく、課された条件が二つ。
家に相応しい成績を修めること
向こうで男を作るなということ。
条件を伝えた後、祖父は言った。
「お前に相応しい男を見繕うので、そのつもりでいなさい」
ここで否と言えば、寧子の進学はご破算になったであろう。彼女は能面のような表情で’はい’と答える。
大人たちが寧子に課した制約を一也は知らないでいた。理解できたのは大好きな姉と進学するので会えなくなるということだけ。それをとても寂しく思ったが口には出さなかった。姉が遠くに行くのは嫌だが、困らせるのはもっと嫌だったから。
ある時、寧子は一也を夜の散歩へと連れ出した。夜、二人で出かけたことに、一也は何故だかいけないことをしているような高揚感を覚える。誰もいない公園、二人でブランコに座りながら話しだす。
「姉ちゃんは遠くへ行くのか?」
「そう、ここから電車を乗り継いで5時間ぐらいよ」
「そっか」
「一也はずっとここにいるの?」
「わかんないけど、どうして?」
「ここは空気が悪いから。田舎なのにどうしてかしらね」
問いには答えられなかったが、一也は寧子が自分の住んでいる田舎が嫌いなのだとわかった。でも、それはすでに承知のこと、自分では力になれないこともおぼろげに理解している。
その夜からしばらくして、寧子は都会へと進学していった。見送りに立ち会ったのは一也一人。他には誰も来なかった。
寧子が家を離れたことが、殊更に変わったことはない。一也自身、中学校という新たな環境に慣れようとしていたこともある。仲の良い友人を作り、それなり勉強に励む。けれど、日々を勤しみながら、以前とは一点だけ違った。
ここにはもう寧子がいないということ。
長期休暇の度、寧子は田舎に戻ってきた。出会う度、少女という殻を破り、ますます大人の女へと成長していく。そんな彼女に、一也は胸にやきもきするものを覚えた。姉の顔をまっすぐに見ることができず、どうにも目を外してしまう。
もしかしたら自分は姉を女性として見ているのかもしれない。誰にも相談することができないまま、一也は一人で悶々としたものを抱えた。
幾度目かの夏季休暇の折、楽しみにしていた姉と会える日。しかし、その日は違っていた。姉の横に知らない男が付いてきていたのだ。
優しそうな男だった。一也にも笑顔で話しかけてくる。仲睦まじげに話す二人を見て、心が痛んだ。
(そうか、姉ちゃんにも恋人ができたんだな。)
寂しく思うも、一也は取り繕いながら二人を案内する。そして、この時、家で騒ぎが起きるとは考えもしなかった。
三人が家に帰るなり、それが起きる。どういうことなのかと寧子をなじる目線。話がちがうではないかと憤る声。とにかく寧子から話を聞き出す流れになった。
「彼と学生結婚をしました」
一也以外がそろう中で寧子が切り出した。すでに話を聞いているであろう連れてきた男は緊張しながらも自己紹介をする。
だが田舎の家族は聞いていないと寧子へ怒鳴るばかり。祖父や祖母は当然として、一也の両親も声を上げた。
「最初からそのつもりだったのか! お前にふさわしい男を用意するといっただろう!」
すでに約束を済ませていたのか、あるいは選定中だったのか。とにかく祖父は自分の顔に泥が塗られたことに激怒した。
揉めに揉めて、お使いに出されていた一也が結末を知ったとき、すでに姉は勘当されて、もうここにはいなかった。
「なんで?」
一也が家族に問うた。どうして姉がいなくなったのかと、勘当されたのかと。家族は寧子を縛っていたことなど一也には話さなかった。話せなかった。
だから、「子供が知る必要はない」と怒鳴りつけ、「大人になったら教える」と言葉を濁す。
一也は初めて見る家族の怒りにひるんだ。同時に姉が受けたであろう痛みを思ってしつこく食い下がった。あまり親に手を掛けさせなかった彼だが、こればかりはと首を横に振り頑として応じない。
しかし、その抵抗は何の意味も生み出さなかった。何故なら、彼らは二人の住まいを知らなかったから。伝える術を持たなかったから。
それから長い時間が流れた。今の一也は都会に行った姉と同じ年齢だ。
ことが起きた直後、家の中では姉の名を出すことさえ憚られた。絶縁状態となった後に、両親が遅まきながら二人を探すが、住んでいたはずのアパートは引き払われていて、問い合わせた大学からも休学からまもなく自主退学したことを通知してきただけだ。
一也は彼女の現在を知るべく計画を練った。今が幸せならそれでいい、不幸なら見過ごせない。しかし探そうにも居場所すら分からない。
だから、一也は彼女を追いかけられるだけの学力を身につけた。家族との間に出来た溝も進学までに埋め、彼らの印象を良くしてみせた。
そうして、一也は家族へ切り出す。姉の名前は出さず、想う心を秘めたまま、姉と同じ大学へ進学すると。
伝えると、流れた時間は寧子に対する祖父母の心を和らげていたらしい。少し考えるそぶりを見せて、都会を見てくるのも勉強になるだろうとあっさり受け入れた。
無事に合格し、都会へ向かう電車の中で一也は考える。どうして寧子は学生結婚を選んだのかと。今となってはあの時の事情を察することができる。姉は押し付けられた相手に、それを善しとする田舎や家族に心底嫌気を差したのだ。
だから自分で相手を見つけた。自分を蔑ろにした家族に縛られない人生を生きるために。
電車を降りると、事前に契約しておいたアパートの大家の元へと向かう。契約先は以前に寧子が住んでいた所だ。
わかっていたことだが、駅を出るだけでも大勢とすれ違う。その中に、よく見知った顔があるのではないかと、淡い期待を抱いたがめぐり合うことはなかった。
叔母探しを兼ねているが遊びに進学したわけではない。大学にはほどほどの距離で家賃も安く、最低限の設備、トイレは共用でなければいいぐらいの場所を選んだ。ただ、相応にぼろい。
年季の入った木造アパートのドアを開けると安普請な音を立てた。ついで窓を開け放ち、水道の蛇口をひねる。
「これから一人暮らしになれないとな」
一也は近場の総合スーパーへ必要なものを買い揃えに行った。その日の晩、一也は初めて料理を作ることになる。
入学式を終えて、生活が落ち着いてから一也は学生課を尋ねる。血縁を明かして寧子のことを聞くが、たいした情報は得られなかった。
講義の、担当ゼミの教授。すべてを当たったが成果はない。家族が探すことを諦めた重みを、身を持って味わうに終わった。
数週間、寧子の足跡を探しながら当てもなくさまよう。課題を終えて、自由時間で街に繰り出す日々。一也は信じたかったのだ、姉が幸せに暮らしているということを。それを確信できるだけの情報が知りたかった。
ある時、アパートの前に引越し用の軽トラが止められているのが目に入る。こんな時期に珍しい。一也は一瞥して通り過ぎた。
その日の晩、安い四角テーブルで一也が教科書を開いているときにチャイムが鳴る。誰だと思う前に体が動く。このアパートは総じて壁が薄い。会話なら遮音されるがチャイム音は階下や隣室に響くのだ。二度目のチャイムを鳴らさせまいと一也はすばやく立ち上がる。
「ごめんください」
女性の声だった。どこか聞き覚えのあるそれにざわつくものを覚える。半ばもどかしさを感じながら、ドアノブをひねった。
「夜分に申し訳ありま……えっ?」
女性の声が止まり、互いに見詰め合う。
「姉さん……?」
数年ぶりの再会であった。
硬直が先に解けたのは一也であった。叔母の手荷物を見て、引越しの挨拶だろうと当たりをつけて、姉を部屋の中へと誘った。
狭い部屋の中で二人が向かい合って座りあう。寧子の美貌はあの時と変わらぬまま、けれど、どこかみすぼらしく見える。
「怒ってる?」
「……怒ってない」
連絡も寄こさず、会いにも来なかった。その意図を理解して一也が答える。
「それで、姉さんは……」
会えずにいた長い時間、聞きたいことはたくさんあったはずなのに、いざとなると口がうまく動かなかった。
「まだ姉さんって呼んでくれるんだ。でも叔母さんでいいよ」
はにかむような笑みを寧子は浮かべ、姉の美しい顔を見ながら、一也は問いかける。
「あの人は?」
一度だけ会ったきりで名前も知らない。恐らくは、姉の夫、旦那。そう位置づけられる人。
「夫は亡くなったの」
数年前にと続けた寧子に一也は衝撃を受ける。姉を支えるべきはずの男がいない事実、そして、今の姉はどうなのかということ。
「事故死だったのだけど、あちらの両親と喧嘩になってね。お前なんかと結婚したせいだって」
学生結婚だった二人、それも寧子の田舎から逃げるようにだ。妻側の両親や親族が出席しないことに、不満を覚えても仕方ない。あるいは式を挙げることすら憚られたのかもしれなかった。
それでも子供が生まれていたら、寧子と義両親は打ち解けられたのかもしれない。生まれた子が双方を繋いだかもしれない。でも、そうはならなかったのだ。
「夫の実家にも戻れず、かといって田舎にも戻る気はなかったの」
「だから、大学時代を過ごしたここに?」
一也がそう聞くとコクリと寧子がうなずく。
「重たい話でごめんね」
沈黙が降りる。十八歳の子供にはまだ荷が重すぎた。覚悟はあっても、背負う能力がない。そう思わされる。
「それでどうする? 実家に話しちゃう?」
「姉さんはどうして欲しい?」
「言わないで。もう、戻る気はないの」
「なら言わないよ」
「良かった。もし言われたら明日といわず、今日にでも出て行くところだった」
そう返事をする寧子。改めて一也は叔母の姿を見る。服にほつれがある。髪もしっかり手入れされているとは言いがたい。
(ああ、姉は今不幸なのだ)
一也は姉が幸せでないことを悔しく思った。でも、その怒りをぶつける先はこの世にはいないのだ。
何とも言いがたい気持ちを飲み込んで、一也が言った。
「じゃあ姉さん。明日から隣人としてよろしくね」
「うん……何か姉さんって変な感じがするわ」
「叔母さん呼びも悪目立ちすると思うけど……寧子さんとか?」
「それが無難か。あの人たちに嗅ぎつかれるのも嫌だしね」」
都会で部屋違いの、けれど、同じ建物下での生活が始まった。
一也が花の大学生活を過ごす中で、寧子は近場の会社でパートをしていた。学業優秀だった寧子だが、中退に加えて、職歴もないとなれば、正社員にはなれなかったのだろう。
一也は叔母がどうしたら生活を立て直せるか、幸せになれるかを考える。
(恐らくは友人関係も途切れ、会社で話す程度。パートとなれば経済的にも余裕があるとはいえないはずだ)
下手をすると、仕送りを受け取っている一也よりきついのではないか。かといって、一也が援助を申し出ても、寧子は決して受け取らないに違いない。出所は親の財布からなのだから当然だ。
大学が終わると一也はまっすぐ家に帰る。それからバイト情報誌をめくり始めた。家族からはバイトする暇があるなら勉強に集中しろと、多めに振り込まれている。
「1400円で場所は遠く。学内で1100。パチンコ店で1500。家庭教師もいいな」
けれど何か出来ることはないかと思い立った。調べていると思いのほか時間が経っていたらしい。遅い食事の準備を始めようとすると、またチャイムが鳴った。
ドアを開ければ寧子が立っている。エプロン姿の叔母に何故だか新鮮な気持ちを覚えてしまう。
「久しぶりに一緒に食べない? ちょっと作りすぎちゃってね」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
叔母の部屋に行く。一也と同じ部屋のはずだがより簡素なように見える。食卓には揚げ物や煮物の数々。一人分というには明らかに多い料理が置かれている。
一也は遠慮なく叔母の料理を口にしていった。食べながら、寧子が去った後の事、中学から高校までの生活などを話す。話題には事欠かなかった。
寧子の話も聞きたかったが、どうにも重い話を引き出してしまいそうだったので一也は努めて明るい話題を口にしていく。
話しながら、寧子が涙を浮かべているのに気づいてしまう。視線に気付いた彼女は目を指でぬぐいながら、
「ごめんね。久しぶりに話すことができたのが嬉しくてさ」
「寧子さんにならいつでも付き合うよ。大学の連中よりもね」
「ありがとう……ごめんね」
一也が面白おかしく話していると涙ぐんだ寧子が立ち上がり。冷蔵庫から酒を持ち出してきた。
「大学生ならお酒を飲む機会ぐらいあるよね」
「まあ、それなりに」
答えるなり、良い音を立てながら引き抜かれるプルタブ。寧子は冷えた缶を一也に渡し、自分でも勢いよく飲んでいく。
「あの人がいなくなってからたまに飲みたくなってね」
言い訳をするように寧子はごくごくと喉をならす。豪快な飲みっぷりに一也は少し面食らう。
しかし、それも少しの間。追いかけるように彼も酒を口にしていく。
酒が進んでいき、話題は二人の子供時代に移った。
「昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって小さかった一也が立派になってさあ」
「あの頃はね。今では寧子さんより大きいよ」
「昔は見下ろしてたのになあ。背丈もこんなになったかあ」
酔いが回っているのか、寧子は赤ら顔。彼女がくっつくように傍に身を寄せてくる。柔らかな感触に温もりが腕を通して伝わり、もはや、しなだれかかると言っても語弊がない様子で寧子が言った。
「寂しいんだ。今日は泊まって……いきなよ……」
寧子の振り絞るような声を聞いて、一也は胸がカッと熱くなるのがわかった。けれど、彼女の気持ちに応えるわけにはいかない。これは一時の感情に過ぎないと思ったから。
「飲みすぎですよ。寧子さん。もう遅いですし、今日はお開きにしましょう」
一也が言うと、やや間があって。
「そうだね。今日はちょっと飲みすぎちゃったみたい」
見送ろうとする寧子を留めて、一也は隣室へと戻った。
部屋に戻るなり、何度となく顔を洗う。しかし、宿った火照りが体から消え去ることはなかった。
あの時の姉、あの時のまま。抑えていた、叔母を女として見ていた感情が顔を出す。
それは禁忌だ。姉に、叔母に抱く感情ではない。けれど柔らかな感触が頭から離れることはなかった。
束の間の寂しさを埋めることを求められ、一也ははっきりと恋心を自覚する。であれば、あの場では応えてはいけなかった。あれは夫の代わり、ふとした寂しさを紛らわせるものでしかなかったから。
体だけではない。一也は寧子の心を欲していた。
次の日の朝早く、昨夜の酔いなどなかったかのように寧子が訪ねてきた。一也は快く迎え入れようとしたが、彼女は入り口で包みを渡してくる。
「昨日は付き合ってくれてありがとね。それでお弁当を作ってみたから良かったら食べてよ」
「ありがとう、寧子さん。しっかり味わって頂くよ」
「そんな大したものじゃないから。それじゃあね」
互いに昨日のことなどなかったかのように振舞う。しかし、彼女の話しようはどこかぎこちなさを感じさせるものだった。
寧子にほんの一瞬生じたわずかな心の緩み。まかり間違えれば、叔母と甥の垣根を越えかねなかった昨夜。
夫を失い義両親から拒絶され、実の両親を拒絶している寧子。その寂しさはいくばかりか。だが、そんな彼女の境遇に一也はある意味で好機を感じていた。
大学が終われば足しげく寧子の部屋へと通い、夕食を共にする。人恋しさという理由もあったが、一度は誘いを断られたことで、寧子は安心して招き入れた。
とはいえ、一也もすぐには行動を起こさない。何を考えていようとも、表面上は姉を大切にする弟として振舞う。
一緒に食事をしながら、部屋の中をうかがう。すると、引っ越してきたばかりの時にはなかったものを見つける。
位牌だ。仏壇ではなく手ごろな高さの台に置かれている。それを見て、一也は一時の欲望に身を任せなかったことを安堵した。
(やはり、寧子さんはまだ亡くなった夫に未練があるのだ。あの時、手を出していたら、それこそどうなっていたか)
しばらくは、大学から帰り、叔母と夕食を共にし、学業を疎かにしない程度にバイトに励む生活が続く。その間に、食事を用意してもらうことが当たり前になっていった。一也も何かと理由をつけて寧子にお金を渡した。
お金を手渡すことで贈り物をするハードルを下げるためだ。一度受け取らせてしまえば、次は断りづらくなるとも考えて。
夫が亡くなった悲しみで再婚など頭にもないのか、寧子は化粧品も服もあまり買わない。本当に必要最低限しか身の回りのものがないのだ。だから最初は食器など簡単なものをプレゼントしていき、何度かお世話になっているからと高いものを送った。
寧子は受け取ることを渋ったが、
「今の寧子さんはまるで世捨て人だ。大好きな姉がさびしい顔で下を向いたままなのは辛い」
「そんなことは……」
そんなことはあった。少なくとも、姉として面倒を見ることで、寧子は心慰められているのが一也にはわかっていた。
「それにこれは俺がバイトで稼いだお金だ。家とは何ら関係ないんだ」
何度か言葉を尽くすことで、躊躇していた寧子は目を閉じて首を縦に振った。
「分かったわ。一也の、可愛い弟からのプレゼントとして受け取るわね」
こうして、寧子の部屋には一也が買ったものが並んだ。それは、夫と買ったものが減り、代わりの思い出が入り込んだことを意味していた。
一也が部屋で勉強していると父親から電話が来た。大学生活、仕送りが足りているか、一人暮らしの様子を聞いてくる。何も問題はないことを伝えていくと、父親が言い辛そうに切り出す。
「彼女の話は入ってこないか?」
名前を伏せてはいるが誰のことかはお互いにわかっている。しかし、一也に教えるつもりは毛頭なかった。電話を切ってから一人つぶやく。
「教えたら田舎に連れ帰るだろうな」
それを許すわけにはいかなかった。今この時を除いて寧子と結ばれる機会はないのだから。
それからも一也は寧子の心へと少しずつ踏み込んでいく。一緒に外出に誘うのもその一環だ。そして、デートの体は取らない。寧子の貞節を刺激しかねないから。
だから、彼はこう誘うのだ。
女の子とデートする練習がしたいと。
そうすれば弟の練習に付き合ってあげるという名分が立つ。、それが実際のところデートと変わりなくとも。けれど寧子は二人で出かけることを気にした風に言う。
「私はもうおばさんだし、同じ年の女の子を誘ったほうが……気になる子はいないの?」
「まだ一人も女の子の友達がいないんだ。電話番号も聞けたことない」
「…………」
そこまで女っ気がないとは寧子には意外だったが、ここで女の子の付き合い方を学ばなければ、甥は灰色の青春を送るかもしれないと彼女の庇護欲は刺激される。
そうして二人は都会の街に繰り出した。かといって、どこか目的があるわけではない。映画やショッピング。慎ましやかに街中を巡る学生の身の丈に合うデートだ。
久しぶりの外出は寧子に忘れていたものを思い出させる。女の子と付き合う練習といっても、何か教えたりするわけではなかった。時間とともに、すっかりのめりこんでいき、
「ねえ、透」
思わず、いないはずの夫に呼びかけてしまう。
「ん? 寧子さん何か言った?」
一也はざわめくものを覚えながらも、そ知らぬ風を決め込んだ。デートが中断されることはなく、最後まで続けられた。
「寧子さん、今日は楽しかった?」
「私は楽しめたけど、今時の子はもっと遊べる場所の方がいいかも」
「ならまた別の場所を探してみる。次も付き合ってもらってもいい?」
「いいけど…………私で参考になるかしら」
「うん、今回すごい勉強になったから」
二回目の約束を取り付け、二人は帰途についたのであった。
二人でデートを繰り返す中で寧子にも変化が現れた。向こうからも積極的にコミュニケーションを取るようになったのだ。
帰る時間や食事を用意しておくかを気にしたり、不安があるなら、また練習に付き合ってあげるなど
確実に寧子は一也との生活に入れ込んでいった。もちろん、それらはあくまで年上から弟に対しての気遣いという体ではあったが。
そんな寧子に一也は確かな手ごたえを感じていた。自分という存在が当たり前になりつつある。だから、叔母は今の生活を手放せないはずだと。
一也が動いたのは、叔母の部屋にお邪魔していた時である。一緒に食事をして、二人でテレビを見て、世間話に興じた。彼は時計を見て、遅くなりつつある時間を確認する。そうして切り出した。
「寧子さん、今日はここに泊まらせてもらってもいいですか?」
一也は今まで一度も寧子の部屋に泊まったことはなかった。以前には寧子が気の迷いから一也にいったことを今回は一也から言い出したのだ。
言われて寧子は見る見る内に狼狽していった。もしかして、自分が寂しさから言ってしまったことを本気にしたのだろうかと。だから、彼女は一也を傷つけないよう優しく言い聞かせようとした。
「私は一也の叔母で家族なんだよ?」
「知っています」
「歳だって一也よりずっと上。大学に行けば私より若くて綺麗な子が」
「ありえません」
一也が逃げ道を一つずつ潰しにかかる。
「私には夫がいるの」
「今いるんですか?」
「そんな言い方っ!」
叱ろうとして、それより早く一也が叔母を抱きしめる。
「あっ……」
「寧子さんが好きです。誰にも渡したくありません。この気持ちは本当です」
一也の告白に感じ入るものがあった。多少なりとも心が動いた。しかし、それでも寧子は突き放そうとして、
「もし断られたら、ここにも大学にも居られるとは思っていません。寧子さんは俺のことが嫌いですか?」
「き、嫌いじゃないけど……ずるいよ、その言い方」
自分でも卑怯だと一也は思う。断ろうとした叔母の天秤に対して、自分の将来を勝手に乗せたのだから。さらに自分がここからいなくなれば、叔母はまた一人に、以前の生活に戻る。
それらを並べたときに、抵抗していた寧子の両手から力が抜け落ちた。一也はそんな姉の顎を上に傾ける。両目には不安が見えた。
一也がゆっくりと姉の唇に口付ける。初めて感じる柔らかな感触に全身が反応し姉を貪ろうとする。
普通であれば、女の子と交際していずれ至るであろう経験。だが、この時は通常のそれを遥かに超えていたように感じられた。
なぜなら、今腕に抱いている女性は子供の頃から憧れた叔母であったから。
さらに進めようとして、寧子が身じろぎして言う。
「夫に、透に……見せたくない……」
すぐに位牌のことと理解して、一也は広げてあったテーブルクロスを位牌にかけた。そのまま二人でベッドに移ると、着ていたものを脱ぎ捨てていく。
一枚、一枚と身に着けたものが剥がれていき、暗闇にわずかに浮かび上がる寧子の裸体。一也にはそれが何よりも美しく思えた。
「恥ずかしいから、あまりじろじろ見ないで……」
いまだ葛藤を残しており、吹っ切れたわけでもない寧子が恥らいながら言う。
一也は寧子から少しも目を逸らすことなく応じた。
「綺麗です。寧子さん」
言うなり一也はゆっくりとのしかかる。
体を重ねたことで柔らかな感触が伝わる、同時に体を強張らせているのがわかった。
無理もなかった。亡くなった夫以外迎えることを許されない自身の中に新たな男を迎え入れる。それも相手は甥なのだから。それでも寧子は気丈に和也を受け入れようとする。
入れた瞬間、脳が焼き付くといっていい程の快楽が和也を襲った。それは初めての喪失、長年焦がれた女性、近親という背徳感がない交ぜにされたものだ。
最初は丁重にと思っていたのに、初めて知る女性の魅力、寧子の体にあっという間におぼれてしまう。彼女の柔らかな部分に手を伸ばしながら、何度も腰を打ち付ける。
徐々に寧子からもれ聞こえる吐息が色づいていくのがわかった。それに嬉しさを覚え、また興奮しながら、だんだんと激しく積極的に相手の動きに合わせ始める。
そうして、一也は己を爆ぜさせる。
彼はまるで夢のような一時の中にあった。
事が終わると二人は生まれた姿のまま向き合っている。叔母を抱いたという事実に未だ興奮冷めやらぬ一也。静かに寝息を立てている寧子の頬に手を伸ばし、そっと戻した。
(とうとう一線を越えてしまったな)
念願が叶った。それは嬉しい。寧子を愛しく思う感情に加え、必ず幸せにせねばならぬと使命感すら湧き上がる。
(でも寧子さんの心情は俺ほど単純ではないはずだ。きっとどこかで後悔を覚える……)
一也が考えた通り、これは寧子の境遇に付けこんだ関係だ。だから、二人の環境が安定すればするほど、弟と体の関係を結んだことに苛まれるかもしれない。できるなら自分に依存することで辛いことを忘れてほしかった。
ふと、自分はどうなのかと考える。亡き夫が彼女の心の中に今も居座っていることをどう思うのか。
(簡単だ。許せる。許せないはずがない。今隣にいるのは自分なのだから)
たとえこれから先で忘れることがなくとも、同じ女を愛した男として許容することができた。
(家族についてはもう会えない、会わないかもしれないな)
祖父母らは一也が見つけるという可能性をわずかでも信じているかもしれない。しかし、寧子はそれを望まないし、仮に望んだとしても、二人の関係を受け入れることはできないはずだ。だからいずれは決別する時が来るのかもしれない。
(ひどい孫にして子供だ)
一也は自嘲しながら、田舎の家族を思った。
気付けば朝を迎えていたらしい。包丁とまな板の音がする。叔母と目が会うと微笑んでくれたのが何よりも嬉しかった。
一緒に朝ごはんを食べていると寧子は、
「その……無茶はしないでね。あの人も頑張る人だったから……」
わかったような顔で一也がうなずく。けれど、この関係を維持するには頑張らないといけないので
気持ちだけを受け取るのだった。
それから一也はますます精力的に励んだ。勉学はもちろん、叔母との生活。
特に夜の付き合いに関しては、週に二、三回は必ず体の関係を続けた。
妊娠を避けて、何度も何度も一也を刻んでいき、もう寧子の体で知らない所はない。彼女自身も甥に抱かれることが自然になっていった。
――長い年月が流れ
卒業後、二人は遠い場所へと移った。二人のことを知るものがいない土地へと。
幾度かの不安や障害は一也が受け止めて見せた。そんな二人の関係は今でも仲睦まじい。
田舎には戻らないことだけ告げた手紙を出した。もしかしたら、家族は一也をさがしているかもしれない。
地方の名のある会社に勤め、子供にも恵まれた。二人は幸せになったのだろうか。
「後悔していない?」
「寂しいし後悔もしていたよ。でも、君が忘れさせてくれたから」
また田舎の風習ネタを使ってしまいました作者です。
前回の異母姉妹から、今回は甥と叔母の近親相姦で
以前に書いた作品のリベンジとなります。
属性も、年の差、BSS、未亡人、寝取りと
たくさん入れさせてもらいました。
気に入っていただけたら評価していただけると
大変励みになりますのでよろしくお願いします。
次はSFを書いてみたい。