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王城への召喚

 サラシャの家の扉を叩く規則正しい音が響いたのは、昼下がりのことだった。

街はいつも通りの喧騒を取り戻していたがその音だけは明らかに異質だった。控えめでありながら、拒否を許さぬ重みを持つ叩き方―王宮の使者であることを何より雄弁に物語っている。


サラシャは手を止め、ほんの一瞬だけ沙良の方を見た。

その視線には驚きはなく、むしろ「来たか」という諦観に近い色が浮かんでいる。


「……私が出るわ」


そう言って立ち上がり、扉へと向かう足取りは落ち着いていた。

扉を開けると、そこには王宮士官の正装に身を包んだ男が一人、その半歩後ろに王宮護衛が二名、静かに立っていた。胸元には王家の紋章が刻まれた徽章。周囲の空気がわずかに張り詰める。


士官は一礼し、形式ばった口調で名乗った。

「王宮士官、レオン・ハルヴェインと申します。サラシャ・イリシム殿に、国王陛下より書状をお届けに参りました」


そう言って差し出されたのは、深紅の封蝋が施された一通の書状だった。

王家の印章――それは、単なる呼び出しではないことを意味している。


サラシャは無言でそれを受け取り、封を切ることなく一度だけ目を伏せた。


「……承りました」


短い返答だったが、その声音には王宮御用達の薬師としての立場と、このような招きを受け慣れている者特有の落ち着きが滲んでいた。


士官は頷き、続ける。

「本状は、昼間に発生した交易区での異変について、薬師としてのご意見を伺いたいというものです。お時間を頂戴できますでしょうか」


「ええ。準備をいたします」

サラシャはそう答えると、一度扉を閉めた。


部屋に戻ると、沙良が無言で立っていた。

事情を察したのだろう、その表情は硬い。


「……王宮、ですよね」


「ええ」

サラシャは苦笑にも似た表情を浮かべた。

「想定より少し早かったけれど……遅かれ早かれ、こうなると思っていたわ」


沙良は言葉を探すように、少しだけ視線を彷徨わせる。

「私も……行った方が、いいんでしょうか」


その問いに、サラシャは一瞬だけ考え込む。

「書状に名前はなかった。でもね――」


そこで一度言葉を切り、沙良をまっすぐ見つめた。

「“異変の中で動けていた者”の存在は、もう隠しきれない。あなたを置いて私だけ行っても、いずれ話は及ぶわ」


静かな断定だった。


「だから一緒に来て。正式な客としてではないけれど、私の同行者としてなら問題はない」


沙良は小さく息を吸い、そして頷いた。

「……分かりました」


ほどなくして、サラシャと沙良は王宮士官と護衛に伴われ、家を後にした。

通りを進むにつれ、周囲の人々の視線が集まってくる。

王宮の護衛を伴って歩くサラシャの姿は、彼女がただの街の薬師ではないことを、改めて周囲に印象づけていた。

やがて視界の先に、バレンシア城の白い城壁が姿を現す。

沙良はその威容を見上げながら、胸の奥に小さなざわめきを覚えた。


――ここから先は、もう日常ではない。


自分がこの世界で“何者として見られているのか”。

そして、サラシャが王宮とどれほど深く関わっているのか。

その答えに、否応なく近づいていく――

そんな予感を胸に抱いたまま、二人は城門をくぐった。



 バレンシア城の城門をくぐった瞬間、空気が変わった。

街中とは異なる、張り詰めた静けさ。石畳を踏む靴音がやけに大きく響き、規律によって保たれた秩序がこの場所そのものを支配しているのが分かる。

城内に入ると、待ち構えていたかのように数名の侍女と文官が現れ、士官と簡潔なやり取りを交わした。その間、彼らの視線が何度もサラシャへと向けられる。


――敬意。


それも、形式だけのものではない。

沙良は、その微妙な距離感に気付いていた。

王宮に招かれた薬師、というだけでは説明できない態度だった。


「こちらへ」

先導する士官に従い、長い回廊を進む。高い天井、壁に刻まれた王家の紋章、等間隔に配置された近衛兵。その一つひとつが、この国の中枢に足を踏み入れているのだと実感させてくる。


途中、すれ違った年配の文官が足を止め、サラシャに深く頭を下げた。

「ご無沙汰しております、イリシム殿」


「ええ、お変わりなさそうで」


短いやり取りだったが、その様子に沙良は小さく目を見張った。

(……やっぱり、ただの薬師じゃない)


王宮の人間が、私的な場でもここまで自然に礼を尽くす。

それは、彼女が“王宮に属する存在”として認識されている証だった。

やがて、一つの扉の前で士官が足を止める。

他の部屋とは明らかに異なる造り――装飾は抑えられているが、扉そのものが分厚く、周囲に配置された護衛の数も多い。


「こちらの部屋へお入り下さい」

士官がそう告げ、護衛の一人が扉の前に立つ。


サラシャは小さく息を整え、沙良の方を振り返った。

「いい? 中では、私が話すわ」


「……はい」


「あなたは、聞かれたことだけ答えればいい。分からないことは、無理に言わなくていいから」


その言葉は優しかったが、同時に“この場がどれほど重要か”を示していた。


沙良は頷きながら、胸の奥が静かに締め付けられるのを感じる。

(王宮が、私を見ている……)


理由は分からない。

けれど昼間の市場の異変が、確実にここへと繋がっている。

扉がゆっくりと開かれるとサラシャは一歩、迷いなく前へ踏み出した。


沙良もまた、その背を追う。

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