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真実の欠片

 市場は何事もなかったかように活気に満ちていた。露店に並ぶ品々、商人たちの呼び声、人々の喧騒が辺りに広がる。沙良とサラシャは交易区を歩きながら軽い会話を続けていたが、沙良の心は完全にここにはなかった。先ほどの異常な現象――時間が止まったかのような感覚がどうしても頭から離れない。


しかしサラシャは何事もなかったかのように、笑顔で市場の商品を紹介してくる。


「この市場はいつも賑やかでね、旅人も多く訪れるのよ。特にこの辺りの布や香料は人気があるの。見る?」


沙良は一瞬、サラシャに目を向けたが、その表情はいつも通り穏やかだ。しかし、沙良の胸の中には疑念が渦巻いていた。


「……そうなんですね。でも、さっきの事……」


沙良が口を開くと、サラシャは笑顔を崩さず話を逸らすように別の露店を指さした。


「それより、あの商人を見て。あそこで珍しい品を扱っているの。寄ってみましょうか?」


沙良はその言葉に引っ張られる形で、仕方なく露店に視線を向けた。だが、心の中ではサラシャの言動に対する疑念が拭いきれない。サラシャの態度はあまりにも自然すぎる――むしろ、不自然なほどだ。


(露骨に話をそらしたわね……あの異常な現象を見たのに、サラシャさんは何も気にしていないように見えるし。それどころか、まるで何事もなかったように振る舞ってる…)


(……サラシャさんは何かを知っている。それは間違いない。でも、今は問い詰めたところで何か答えが返ってくるとは思えない……)


そして沙良はサラシャを観察しながら、先程の現象について思考を巡らせる。


(…というか、さっきはいきなりだったから気付かなかったけど…、あの現象はすごい既視感があるのよね。以前、プログラマーとしての仕事で同じ事を体験しているわ…。やっぱりこの世界は.……でも、結論を出すにはまだ情報が足りないわね)


どんなに思考を巡らせても、結局は推察の域は出ない事に思い至ると、やはりサラシャに聞くのが確実だと沙良は思考を切り替える。


(今はとてもそんな雰囲気じゃないから、様子を見ながらタイミングを計るしかないか…)



――そんな時だった――


視界の片隅で、商人の姿が一瞬ぼやけた。沙良は目を瞬かせる。今度は、彼の手がまるで空気を掻くようにゆっくりとぎこちなく動いて、まるでスローモーションになったかのように感じられた。まるで世界が一瞬だけ狂ったかのような、奇妙な感覚が体を襲う。


「……え?」


沙良は立ち止まり、目をこすった。再度その商人を見たが、今度は何も異常はない。周囲の人々も、何事もなく通常の時間の中で動いている。


(今のは………明らかにシステムが処理落ちした時のような動き…。やはりここは何らかのシステムの中なのかしら…?それともこの世界特有の何かがあるのか…。)



――と次の瞬間、沙良の頭に激痛が走った。


「!つっ…っいった……。何?急に……」


突然の痛みに足元がふらつくが、足を踏みしめ何とか堪える。痛みは一瞬で消えたが、目の前がチカチカする。



――すると頭の中に何かの映像が浮かび上がって来る。



その映像はかなり乱れているが、そこには大きな機械のような物が映っており、複数の人が何かの作業をしているように見える。



――だが…そこで映像は途切れた――


「……これは、何?今のは……記憶?あの光景は一体…」


その時、サラシャの声が聞こえた。


「どうしたの?何か気になるものでもあった?」


サラシャは先ほどの異常や、沙良の様子にも全く気付いていないかのような顔で沙良に問いかける。そんな彼女の様子に、沙良はさらなる疑念を持つ。いや、むしろ彼女が気付いていないのはあり得ない……サラシャが何も感じていないとは思えない。


「……いえ、なんでもないです」


沙良はそう答えたが、心の中では動揺していた。


(…さっき見えた映像も気になるけど、あの異常な光景にもサラシャさんは気にした様子はないわね…。彼女の真意は何なの…?でもここで問い詰めるのも悪手な気がするわ…)


沙良はそう葛藤しながらも、ここでサラシャを問い詰めるのは得策ではないと判断する。


(やっぱり…まだ話してはくれないか)


そう思いつつも、サラシャへの疑念はますます深まるばかりだった。



 市場での異変が一瞬にして過ぎ去った後も、サラシャは何事もなかったかのように案内を続けた。彼女の穏やかな表情と軽やかな声は、まるでさっきの出来事が存在しなかったかのように自然だ。しかし、沙良はその裏に隠された意図を感じ取っていた。あの異常な現象に対して、サラシャが全く反応を見せない事が、彼女が何かを知っている証拠だと沙良は確信していた。


「この辺りは交易品の中心地で、布や香料が豊富に揃っているわ。特にここの商人は珍しい品を扱う事が多いのよ。」


サラシャがにこやかに説明を続ける間、沙良は表面上は彼女に合わせつつも、頭の中では別の事を考えていた。目の前で起こった異常が、自分の過去の経験とどこか似ている。あれはただの偶然ではない——そう確信しつつも、今はサラシャを問い詰める時ではないと感じた。


(今は合わせるしかない……でも、聞き出すタイミングがそのうち来るわ。サラシャさんが何かを隠しているのは明らかだけど、無理に追及するのは危険ね)


やがて、案内が終わりに近づくと、サラシャが突然立ち止まった。そして、沙良を見つめながら静かに言った。


「そろそろ少し休憩してもいい頃ね。人混みの中をずっと歩いていたから疲れたんじゃない?」


その言葉に、沙良は少し警戒を覚えつつも頷いた。すると、サラシャは沙良を市場の外れにある静かな路地へと誘導し、さらに奥まった場所へと進んでいく。


「こっちへ。少し静かな場所があるの。」


路地を進んだ先に現れたのは、小さな建物だった。古びた外観からは一見ただの倉庫のように見えるが、サラシャは迷いなくその扉を開けて中に沙良を招き入れた。中に足を踏み入れると、驚くほどの静寂と妙な落ち着きを感じた。外の喧騒がまるで遮断されたかのような空間だった。


「ここなら、誰にも邪魔されない」


サラシャが静かに言うと、彼女の表情はいつもの穏やかさを保っているものの、何かが違っていた。

沙良は息を飲んだ。この場所はただの隠れ家ではない、何か特別な物を感じ取った。


「ここ……何なの?」


沙良が慎重に問いかけると、サラシャはゆっくりと沙良の方を見つめ、ふっと微笑んだ。


「ここは、外部の影響が及ばない場所よ。あなたももう気付いたんじゃない?この世界が、普通じゃない事に」


沙良の心臓が一瞬、強く脈打った。やはり、サラシャは何かを知っている——それも、沙良が最も知りたい「真実」に関することを。そして、その真実がようやく少しずつ明かされようとしている。


「一体、何を知っているの?」


沙良が問い詰めるように尋ねると、サラシャは静かに息を吸い込み、そして小さく頷いた。


「そうね…。まずは何から話そうかしら?」


沙良は黙ったまま、サラシャの言葉を待った。今、この場所で、どれだけの真実を聞くことができるのか——その答えは、すぐそこまで迫っていた。


サラシャは虚空を見つめ何かを思案するように視線を巡らす。沈黙が辺りを覆う。沙良はその静寂の中で、今まで感じていた違和感や、市場での異常現象について問いかけるタイミングを伺っていた。しかし、サラシャの動きが止まり、彼女が沙良をじっと見つめたその瞬間、自然にその問いが口をついて出た。


「……さっきのことですが、何かおかしいとは思いませんでしたか?」


サラシャは一瞬、沙良の目を見つめ返した。その表情は普段通り穏やかだが、その奥に何かを隠しているようにも感じられる。そして、静かに口を開いた。


「ええ、分かっているわ。あなたが市場で感じた異常も、そして……この世界があなたの知っている場所とは違うという事も」


その言葉に、沙良の心はざわめいた。やはり――この世界は、自分が居た場所とは異なる……そんな疑念が確信に変わり心に広がる。しかし、サラシャの言葉の裏に何か引っかかるものがあり、沙良はさらに問いを重ねた。


「違う……って、どういう事ですか?ここは……異世界っていう事なんですか?」


「そうね。あなたが知っている現実とは確かに違う場所。でも、それが何なのか、私も全てを知っている訳じゃない。ただ一つ言えるのは、ここには特別な法則があるという事」


「法則……?」


「ええ、あなたも感じたでしょ?市場での一瞬の空間の歪みと世界の停止。あれは、この世界が完全に安定していない証拠でもあるの」


サラシャは、まるでその言葉に含まれた意味を探るように、ゆっくりと話を続けた。


「この世界には、私達の理解が及ばない力が存在しているの。そして、その力が時々私達の見ている現実に影響を与える事がある。まるで何かが外から干渉しているように」


沙良は息を飲んだ。「外から……干渉?」それはまるで、何かシステム的な存在がこの世界に影響を与えているかのように聞こえた。だが、サラシャの言葉の真意はまだつかめない。


「それは、何か…誰かがこの世界をコントロールしているという事ですか?」


サラシャはわずかに口元を緩め、少し眉をひそめながら答えた。


「そこまでは分からないわ。ただ、気をつけて。この世界はあなたが思っている以上に複雑な仕組みになっていて、単純な異世界という訳ではないの」


沙良の心の中に不安が生じた。しかしそれと同時に、ようやく自分がこの世界でどう動くべきかのヒントを掴んだ気がする。


「……現状をなんとなくは理解しました。でも、まだ分からない事が沢山あります」


「そうね。でも…いずれ、全てが分かる時が来るわ。そして、あなたなら理解できるはずよ。それまでは私が分かる範囲で、できるだけの手助けはするわ」


そう言うと、サラシャは微かに微笑み、部屋の静寂が再び戻ってきた。


沙良は、自分の中に生まれた疑念や謎を抱えたまま、次に何をすべきかを考え始めた。この世界が何者かの干渉を受けている――その事実を頭の片隅に置きながら。


そんな思考を巡らせていると


「…それと」と、沙良の思考を遮る様に、サラシャの声が響く。


「もう一つ、重要な真実を伝えておくわ。」


そう言った後、サラシャは沙良の顔をしばらく見つめ、静かに息を吸い込んで言葉を続けた。


「あなたがここに来た理由――それは単なる偶然ではないの。私が言えるのは、あなたの存在がこの世界にとって特別な意味を持っているという事」


沙良はサラシャの言葉に驚き、眉をひそめた。


「私が……特別?」


自分に何か重要な役割があるなんて想像もしていなかった。それどころか、目の前の状況にさえ混乱しているというのに。


「どういう意味ですか?私はただのプログラマーで、ここに来た理由も分からないんです。何が特別だっていうんですか?」


サラシャは頷き、沙良に向けて穏やかな表情を浮かべた。しかしその目の奥には、重みのある真実が宿っているようだった。


「あなた自身がまだ気付いていないだけよ。けれど、この世界にとってあなたの存在が非常に重要であることは間違いない。あなたが持つ知識や経験、それがこの場所に与える影響は計り知れない物があるの」


「……知識と経験?」と沙良は戸惑いながらも、サラシャの言葉の真意を探ろうとした。


「プログラマーとしての知識の事ですか?」


「ええ、それも含まれるわ。あなたがこの世界にいる事で、通常のルールが少しずつ変わり始めているのを感じない?市場で起きた現象もその一つよ。あれは、あなたがこの世界に来た事に関連しているの」


沙良は言葉を失った。市場での異常な出来事が、自分と関係している――それは、まさに自分がこの世界に影響を与えているという事を意味している。


「どうして……私が?」


サラシャは沙良の問いにゆっくりと答えた。


「あなたの知識は、この世界の法則を超える可能性を秘めているからよ。この世界は私達が理解できない多くの力が働いている場所だけれど、あなたの存在はその力に干渉できる特別な物。だからこそ、あなたのここでの役割は重要なの」


「私の知識にそんな影響力があるなんて……でも、仮にそうだとしても…それをどう扱えば……」


「それは、いずれあなた自身が見つける事になるでしょう。あなたの知識はこの世界に欠けているものを補う力がある。それが、あなたがここにいる理由かもしれない。きっと、あなたの真の才能が目覚める時が来るのよ」


沙良は再び胸の中にざわめきを感じた。自分がこの世界に来た理由が少しずつ見えてきた気がするが、まだ全てが不確かだ。それでも、何か大きな運命が彼女をここへ導いたのだという確信が芽生え始めていた。


「……私がここで何をすべきか、いずれ分かるという事ですね」


「ええ、そうよ。焦らないで、沙良。いずれあなたの役割が明らかになる時が来るわ。そして、その時が来たら、私はあなたを全力でサポートするわ」


沙良は深く息を吸い込んだ。自分がこの世界でどのような存在であるかはまだはっきりしない。しかし、サラシャが言ったようにここに来た事には確かに意味がある。自分の役割を理解する為に、この世界での経験を積む必要があると感じた。


「ありがとう、サラシャさん。あなたがいなければ、私は何も分からないままだった」


サラシャは静かに微笑み頷いた。

沙良の心の中には、これまで以上に多くの疑問と微かに見えた希望が湧き、胸中の不安が和らいだように感じていた。


彼女がこの世界で果たすべき役割とは一体何なのか――。

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