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目覚めと出会い

 朧げな意識の中、霧島沙良は微かに感じる砂のざらつきと、遠くで響く声に気付く。それが深い眠りの底にあった意識を少しずつ現実へと引き戻していく。身体はまだ重く、砂の感触が全身に伝わってくる。やがて瞼の重さを感じながらもゆっくりと目を開けると、強い日差しが視界に差し込んできた。



「大丈夫ですか?」



柔らかく、澄んだ女性の声が耳に届いた。沙良はゆっくりと身体を起こす



「ここは…?」



無意識に口をついて出た言葉。それは答えを求めるというより、理解しがたい現実への反射的な問いかけだった。


「王都バレンシアの近くです」


沙良は驚いて反射的に声の方に視線を向けると、そこには見知らぬ女性が佇んでいた。肩にかかる栗色の長い髪が風に揺れ、彼女の褐色の肌と深い緑の瞳が強い印象を与えていた。


「!…あなたは?」


「私はサラシャ・イリシム。たまたまこの辺りを通りかかってあなたを見つけたのです。とりあえず無事なようですが、まずはこれを飲んで落ち着いて下さい」


サラシャは落ち着いた声で話しながら、水筒らしきものを沙良に差し出した。


(ビックリしたぁ、人がいたのね…。声が聞こえたような気はしたけど…、ちょっと恥ずかしいわね…。それにしても…すごく綺麗な人ね。)


内心返事が返って来た事にひどく驚いた沙良だが、まず喉の渇きが意識を支配したので、それを受け取り喉を潤す。



「…ん……はぁ…おいしい……」


(はぁ、助かったぁぁ…、体に染みるわね…。水がこんなにありがたいと感じるのは、初めてかしら…。)


乾いた喉を通る水は、疲労した体に染み込こんでいき活力が戻ってくるように感じた。混乱していた思考も落ち着き、冷静さを取り戻しつつある。


「ありがとうございます。おかげで落ち着けました」


…と、そこで先程の彼女の言葉を思い出す。


「ところで先程…、バレンシア…?と言っていましたが、聞いたことのない名前ですけど…、ここはどこなんですか?」


沙良は再び問いかけた。自分の知っている場所や地名とは全く異なる響きが耳に残る。そしてその問いにわずかな沈黙が返ってきた後、サラシャがゆっくりと答えた。


「ここはリサリダ王国です。この広大なイシス砂漠の南端にある国…貴女は、此処には初めて来たのですね?」


「…はい。記憶には…、ないですね……」


(…いやっ!何処よそれはっ!…しかも王国って…王政の国ってことよね?そんな国、あったかしら?………、ないわよね…。)


リサリダ王国。沙良はその名前に全く聞き覚えがなかった。地図にも歴史にも、そのような名前は存在しない。


(いったい……どういう事…?)


疑念が次第に膨らんでいく。



「…少し歩けますか?バレンシアはもう近いので、私の家で休んでいくといいですよ」


サラシャの提案に沙良はゆっくりと頷き、砂漠の砂を払いながら立ち上がった。体には特に大きな異常はない。だが、どこか現実感が薄い。いっそ夢だと思いたいが、五感で感じる全てがあまりにリアルで頭の中は混乱していた。それでも彼女の後に続くしかなかった。


歩き出すと、周囲の風景や空気感に改めて違和感が押し寄せてくる。見慣れない砂漠の景色、聞き慣れない地名、そして――サラシャの異国風の姿。


(ここ日本じゃないのよね……。まあ、周りの風景だけ見てもそれは明らかだけど…。それどころか……これ、私の居た世界なの?)


ぼんやりとそんな考えが頭をよぎる中、ふと沙良は自分の言葉に違和感を覚えた。


(あれ?そういえば……。私が話してるの、普通に日本語よね?じゃあなんで………)  



立ち止まりそうになるほどの大きな疑問が遅れて頭に押し寄せる。異国の地で言葉が通じる。それはそれは便利なことに違いない。だが、そう簡単に納得していいのだろうか?



…………答えは否だ。


(いや、待って!なんで普通に会話できてるのよ!あり得ないでしょ!)


沙良は頭を抱えたくなるほどの混乱に包まれていた。けれど彼女はあえて冷静さを装う。決して心中の大混乱は表には出さない。


(もしかして、この人が日本語を話せるってだけ?でもそんな偶然がある?)


そんなツッコミ交じりの自問自答をしながら、足はサラシャと同じペースで進んでいた。彼女の存在がどこか安心感を与えてくれていたからだ。


やがて砂漠の熱が少しだけ和らぎ、空が朱色に染まっていくのが見えた。



「ところで、あなたはどこから来たんですか?」と、サラシャが何気なく尋ねる。


ここで沙良は自分の事をまだ何も話していないことに気付く。


「そういえば…。まだ名前も言ってませんでしたね。私は霧島沙良と言います。日本という国にいた………はずなんですが…」


「霧島沙良さん……。日本ですか、聞いたことがない土地のようですが……」サラシャは微笑んで答える。その顔には、一瞬だけ微妙な反応が見えたように思えたが、すぐに柔らかな表情に戻った。


(ん?どうしたのかしら?)


沙良は一瞬疑問を感じたが、特に気にせず会話を続ける。


「ええ、日本です。たぶんここの人達にはあまり馴染みがないかもしれません。私はプログラマーで少し前まで日本で普通に働いていたのに、気づいたらこんな所に……」


サラシャは「プログラマー……」と口にした瞬間、一瞬だけ目を逸らし考え込むような表情を見せた。ほんの少しの間を置いてからゆっくりと顔を上げる。


「そういう仕事があるんですね。こちらでは聞いたことがない分野ですが…」


その瞳は一瞬遠くを見つめるように揺れたが、すぐに微笑み自然な態度に戻った。


沙良はその僅かな反応を見逃さなかった。ほんの一瞬、彼女が視線を横に逸らしたことが気になり、その仕草が沙良の心に違和感を残した。


(何…?今のあからさまな反応…。しかもなぜ「プログラマー」に反応したの…?この世界にはプログラミングなんてものはないのかしら。それとも、知っているからこその反応なのか……?)


この違和感は彼女にとって非常に引っかかるものだった。


(本当に「プログラマー」を知らないなら、あんな反応しないわよね。経験上、あれは何かしら隠そうとする時の反応よね…)


疑念が次々に湧いてくるが、それを確かめる手段は今はない。だが、その反応がただの偶然ではないと、沙良は直感的に感じていた。


(今は考えてもしょうがないわね…)


そう結論付けると、すぐに先程の大きな疑問が沙良の思考を占めた。


(日本語が通じている……それに、この場所はどう見ても日本じゃないし、私が知っている世界のどこでもない。この状況、どう考えても普通じゃない……)


私の言葉は通じている。見知らぬ国の、見知らぬ文化を持つはずのサラシャと、まるで当然のように会話ができることがどうにも理解できない。周囲の風景もこれまで見たことのないものだった。日本では決して目にしない植物や辺り一面の砂漠地帯。さらにはサラシャの異国的な姿。


(考えたくなかったけど…、まさかの異世界転生?……いや…私は死んでないはずよね?じゅあ転移になるのかしら…)


自分が死んだという可能性はあまりにも突拍子もないと沙良は思う。しかし、もう一つの仮説が頭をよぎる。


(それとも……、何かのシステムに囚われているとか……?でも…そうなると、このあまりにもこのリアルな体感が説明できないのよねぇ…)


リアリティのある感覚に混乱しつつも、沙良は冷静さを保とうとする。


(…まあ、それは一先ず保留ね。それよりも今は、この奇妙な状況にどう対応するかを優先するべきね。)


とりあえずサラシャに付いて行くしかない。



 乾いた風が吹き抜ける砂漠の道をしばらく歩いていると、遠くに外壁のようなものが見え始め、街が近づいていることを沙良は感じ取る。


ここでサラシャが「そういえば…」とふと思い出したように口を開いた。


「まだちゃんと自己紹介していませんでしたね」


サラシャはそう言いながら沙良に向き直り、軽く一礼をしてから穏やかに微笑んだ。


「貴女が目覚めた時にも名告りましたが…、改めまして。私はサラシャ・イリシム。近くの都市、この国の王都バレンシアに住んでいます。貴女を助けたのはたまたまですが……本当に驚きました。あんな場所に一人で倒れているなんて。でも無事なようで安心しました」


沙良はそれを受けて「本当にありがとうございました。イリシムさんが見つけて下さらなければ、どうなっていたことか…」と深く礼をした。


「頭を上げて下さい」


サラシャの言葉に頭を上げる……と「サラシャでいいですよ」と柔らかく微笑む彼女が視界に入り、顔が熱くなるのを感じて沙良は一瞬目を逸らす。


(何…?その笑顔、何処の天使かしら…………。不意打ちは反則でしょ!可愛すぎよ!)


しかしすぐに「では私の事も沙良と…」と内心の叫びを悟られないよう、少々固く微笑んだ。


そんなやり取りをしながら2人は再び歩き始める。


そんな中、沙良はふいに自分の中にあった違和感が少しずつ大きくなっていくのを感じていた。



サラシャの…その名前が不思議と耳に馴染むのはただの気の所為だろうか…。だが、それもまた異様に感じる。この場所、そしてこの人が、自分の知る現実とどうにも違うという感覚が拭いきれない。


先程、頭をよぎった“別の可能性”とそれを否定するようなこの世界の現実感。その二つが重なり合い、沙良の胸に違和感として残り続けていた。



「もうすぐ、バレンシアが見えてきます。」


サラシャが少し得意げに指差す先、王都の門が見え始めた。太陽に焼かれた色褪せた石壁が、砂嵐の風を受けてもしっかりと立ちはだかっている。その背後からわずかに覗く建物は、遠目にも異国情緒を漂わせ、砂漠の中のオアシスのような存在感を放っていた。


「ここが…王都、バレンシア…」沙良はぼんやりとつぶやく。見慣れない異国の風景と、その現実感。目の前の景色がさらに異世界のものであると認識せざるを得なかった。


(………デスヨネェ。…これ、もう確定ね。あとは…どっちかしら?)

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