NARI
こんにちは。 何も決めずに書いてます。ロボットとおにーさん達のお話です。
「ピンポーン」
市川也が、いつものように昼近くまで寝ていると、チャイムが鳴った。一度では全く起きる気配もなく、三度目でやっと也の耳に届く。
「クロネコ?」
朦朧としながら、枕元の時計を見ると、のろのろと起き上がり、ベッドから下りる。その間もチャイムはしつこく鳴り続けていた。
「はいはい、わかりましたよー」
最近出てきた腹を、ぽんぽんと叩くと、二階から下りていった。
(かぁさん置き配指定しなかったのか)
インターフォンにも出ずに、ドアスコープも見ずに也はドアを開ける。母が出て行く時に、外からドアを閉めたのでチェーンはかかっていなかった。
「やっほー」
(え? MG?)
ドアの前には背の高い、黒ずくめの男が立っていた。不気味なオーラを放ち、さながら悪魔のようである。也は秒でドアを閉めた。
「なんだよぉ、俺だよ」
無視していると今度は、ドアをどんどん叩きはじめた。
「開けてよー、なりぃぃぃ」
「やだ」
「開けてよぉ」
男はドアを叩き続ける。いかにも怪しい。
(かんべんしてよ)
近所の手前もあるので、也はしかたなくチェーンをかけて少しだけドアを開けた。その隙間に男は顔を突っ込んでくる。
(相変わらず、顔、濃っ)
「なにか御用でしょうか?」
「俺だって、MGだってば」
「それはわかってるけど、こんなに朝早く何?」
「朝って、もう十二時近いよ。夕べLINEしたんだけど~」
「あ、スマホ充電してないからね」
「既読にならないから、来ちゃったよ」
「だから、何?」
「そんな~冷たいなぁ、とりあえず開けてよ」
MGとは中学卒業以来、十年間会っていなかった。LINEは別の人に聞いたようだが、也のほうからは一度も何も送ってはいない。そもそも、家に直接訪ねて来られるような仲でもない。中学の同級生で、時々、也達のグループに入り込んできては「ゲーセン行こうぜ」とか「カラオケ行こうぜ」とかいう奴だった。
もともと傍若無人で、不良ではないが、かなり危ない輩とつきあったり、女は手当たり次第手を出すなど、破天荒な奴だった。そのくせ、頭もよく、顔も整っていて、背も高く、細マッチョで、金持ち、という嫌みな奴。
勉強もスポーツもほどほどで、見た目も平凡を絵に書いたような也は、そんなMGを例外なく妬んでいた。小学生の時に父が亡くなり、母一人に育てられた也は、貧乏だった。他の仲間同様、MGに全部奢って貰えるので時々遊んでいただけだった。
「なっつかし~この狭さ」
MGは嬉しそうに、変わったデザインの靴を脱いだ。
(来たことあったっけ?)
「上がるの?」
「あ、コーヒーとかいいからね」
「言われなくても出しません」
「ええ? ま、いいや」
「で、何? 俺忙しいんだけど」
プチひきこもりで、昼まで寝ている也が忙しいわけはない。上下擦り切れたジャージの姿を、ジロジロと見るMG。
「今…何してんの?」
「べ、別に、バイトとか」
「そうなんだ~。でね、ちょっと力貸してほしいんだけどさ」
(何で俺?)
「也って、前ゲームとか作ってたじゃん?」
「すごい昔ね。つまんないやつ」
也は中学時代、学校のパソコンで簡単なゲームを作って遊んでいた。高校二年くらいまでは、クリエーターかプログラマーになろうと思ってもいたが、そんな夢みたいなことはすっかり忘れていた。実際専門の勉強をする余裕もなかったし、欲しいソフトすら買えない日々の暮らしが続いていた。
MGのブランドもので全身を固めた姿を見ると、ムカムカしてくる。相変わらずの無駄な明るさも、イライラする。
「なんか変なんだよ、ウチのロボティア」
「え、あのまるっちいヤツ? まだ飼ってんの?」
「飼うとか言わないでよ、家族なんだから」
「壊れたんなら、サポートに聞けばいいと思いますよ」
「ほら、インターZ社って一回潰れたじゃん。で、ほかのよくわかんないトコがサポートやってんだけど、よくわかんないみたい」
「ほぉ」
(そんなの、わかるわけないよ)
「もともとなにかの役に立つってロボじゃなかったんだけどさ」
「……」
「最近勝手になんか変なこと喋り始めて、で、なんかトランス状態? ワープ? 異世界? みたいな…」
「変なクスリやってる?」
MGはわなわなしながら、ちょっと白目がちになる。
「ち、ちげーよ。飛ばされたんだよ。誰かに拉致られて、どっか連れていかれた」
「それロボット関係なくない?」
「だってロボまるが指示出してたっぽいんだよ~Go原語とかわかる?」
「それも全然関係ないと思う」
(ヤバイ、MG)
「金あんだから、専門のやつに頼んだほうがいいと思うけど」
(適当に話合わせて早く帰そう)
「そうなんだけど、そうなんだけど…病院行けって言われて」
「でしょうねぇ」
MGは涙目になっている。
「本当に本当なんだよ。突然『Fight the bad guys』ってロボまるが言って、なんか数字言ってたんだけど、それが日にちで」
その日の日付に変わる時に、意識がなくなったのだとMGは言った。その瞬間に、何かに掴まろうとして手にしたのが、立てかけてあったエレキギターだったらしい。
「気づいたら、なんか全然知らない場所で、知らないおっさんと向き合ってた。目が血走ってて、わ~って近づいてきて怖くて、こう、ギターをぶんって…」
MGは腕を振り回して、それを再現してみせた。也は面倒くさそうにそれを聞いていた。
(かなりイっちゃってるな~)
「勝ったのね~良かったね~」
「わ、わかんないよ。でも、ごきっていって…そしたら、すぐ意識なくなって」
気づいたら、部屋で寝ていて朝だったらしい。で、ロボまるに「おはよう」と言ったら『Mission complete』と言ったそうだ。そもそも、ロボまるはAI搭載とはいえ、それほどはっきりと言葉を話さない、役に立つことが何もないかわいいだけの愛玩用ロボットである。
「どうせ酒飲んでたんでしょ?」
也が冷たくいい放つと、MGは首を激しく横に振った。
「ちが~っ、ちょっとしか飲んでない。それにギターが派手に壊れてたんだよぉ」
「睡眠時遊行症だな、うん、ムユービョー」
「本当なんだよ、足の裏が泥だらけだったんだよぉ」
「怖っ」
「ナリなら信じてくれるって、ロボまるのこと直してくれるって」
(治すのはお前だよ)
とりあえず話を合わせようと、也は頷いた。
「ってか、スイッチ切ればいいんじゃね?」
「切ったけど…切れない」
「え? じゃあ充電するやつとかWiFiとか切れば」
「切ったけど…切れない」
「なんだそれ、怖っ。もう、海に投げ捨てろ…はい、一件落着」
「やだよー、ずっと一緒だったんだよ、ロボまるは家族なんだよぅ」
「……」
「俺、喧嘩だけは弱いんだよぉ。次、飛ばされたら殺られちゃうよぉ」
MGは涙目で叫びはじめて、也は頭を抱えた。
(どうやって病院に連れていこうかな)