表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

逆トリップしてくる皆が私のことを把握していて、逆ハーレム生活が始まりそうです

作者: 広上めぐみ

「やぁ、花山みどりさん。僕はアインツェル教国のリーゼフェル教信徒、王位継承者であり教国の奴隷解放者。ヴァイスだよ、よろしく」


聞いたことのない国の名前、見たこともない綺麗なブロンドヘアに、空のように輝く青い目。端正な顔立ちに周囲の女子たちがほぅ、とため息を思わずこぼしてしまうほどの美貌。間違いなく、アニメや漫画などで登場すれば王子やイケメン枠であること確定な風体だ。背も高く、キッチリと着こまれた異国の服に、白いマントがさらりと彼の背に垂れている。


ただ、私は彼のことを知らない。


「ど、どちらさまで……」

「ヴァイスだよ」

(いやそれさっき聞いた)


私の問が間違っていたか。だが、私の頭も混乱している。

初対面であることは間違いない。そして、スマホで検索してみても、アインツェル教国という国は地球上に存在していない。国の名前と、彼の名前以外は長ったらしくて聞き流してしまったが、聞き返す気にもならない。彼は私が視線を外してスマホを見ている間も、じっと私の目の前に立ちニコニコと微笑んでいる。正直言って、恐ろしい。


「あの、ですね……」

「僕はずっと君に会える日を心待ちにしていたんだ」


そんな彼の言葉に、同級生の男子から言われようものなら鳥肌が立つが、さすがはイケメン。周囲の女子が「きゃあ!」と顔を赤らめて発狂してしまうイケメンっぷりである。だけど私は、鳥肌が立った。


「いや、私は貴方のこと何一つ知らないんですが」

「大丈夫。僕は君のことをずっと読んでいたから、何でも知ってるよ」

(読んでいた?)


彼の言葉に、さらに疑問が増えるが現状の問題はそこではないだろう。



「今、授業中なんで、とりあえず出てってもらえます?」



そう、ここは私が通う高校であり、現在は数Bの授業中だ。しかし、私の言葉が通じないのか、一向に出て行こうとしない彼にしびれを切らした教師が彼を追い出そうと腕を掴んだ。だが、逆に教師が黒板に吹き飛ばされていた。それが一瞬だったので、何がどうなっているのかはさっぱり分からないが、ともかくその轟音を聞きつけた近くの教室にいた教師たちまで駆けつけてきて大事になってくる。

結果的に、彼は教室から強制退場した。

授業終了後、私が教師に生徒指導室に連れていかれて何度も何度もしつこく彼と知り合いかどうか尋ねられたのは、私としてはかなり遺憾だ。


「知りません! 私は一切関係ありません!」


何度も聞かれ過ぎて、最後は怒っていたと思う。私の言葉を信じてくれたのか、とりあえずその日の授業終了までは、その後は平和だったんだ。学校を出るまでは。





「やぁ、みどり」




「ぎゃああああああ!!」


色気も何もない叫び声が、腹の底から出た。当然だ。裏門から出たら、柱の横から急に姿を現してきたのだ、この男。しかも教室の時はフルネームにさん付けだったくせに、呼び捨てにされた。それも何だか腹立つ。


「大人に絡まれて、大変だっただろう? カフェで休憩でもする?」

「いや、結構で…………す」


なんで教師から質問攻めにされたのを知っているのかという疑問も出てくるが、それより何より……

ちゃらっと、彼は顔はそのままだが服装がTシャツにジーパンに変わっている。しかも私の方に伸ばした手とは反対の手にスマホが。今日私が授業を受けている間に、新しく服を買ってスマホを手に入れるという所業をやってのけたということだろうか。どちらにせよ、悔しいぐらい似合っている。今の服装も、同級生男子が着ていてもなんとも思わないだろうが、彼は格好良く着こなしていて洗練された雰囲気すら感じる。これが、ただ道を歩いている時にすれ違う人だったなら、私もときめいたのかもしれない。

しかし、こんなに普通の服が着こなせるということは、あんな異国の服を着ていたのはコスプレか何かだろうか。


「ちなみに、コスプレじゃなくて君の世界でいうところのトリップだね」

「心の中読めるんですか?」


ていうか、コスプレって単語知っているのか。


「あはは、ちがうよ。言っただろう? 君の本を暗唱できるほど読んでいたんだ、君の考えは手に取るほどよくわかるよ、みどり」


ぞわぞわ、と寒気がする。


「本、って…どういうことですか?」

「君も漫画を読むだろう? それと同じさ」


同じ、ということは私が登場する本があるということだろうか。自分の知らない間に、自分の人生が描かれた本が誕生していたという気味の悪さと同様に、それを暗唱できるほど読んだという目の前の彼にも恐怖しか湧いてこない。


「僕の世界での大ベストセラーで”みどりと王子様”っていうんだ。何も知らない初心な君が、異国から突然やってきた男性と恋に落ちるラブロマンスだよ。だから、この世界じゃスマホで人と連絡を取り合ったりすることも、学校っていう学び舎があることとか…あと、魔法を信じてないってことも……色々知ってるよ」


ツッコミどころ満載過ぎて言葉が出てこないが、とりあえず彼の世界ではチープな話がウケるらしい。異国から突然来た男性と一般人が恋に落ちるなんて話は、最早今の世の中には溢れすぎてる系統の話だ。


「みどり違いでは?」


一応名前が同じだけの違う人物説を提唱してみるが、目の前の彼は私の手をゆっくりと取り、首を横に振った。


「黒髪に黒い目。学校という強制的な場において、衣服のルールもきちんと守り、どんな状況でも冷静さを大切にする。今の君、そのものだ」


キラキラとした目で私の方を見られても困る。そんな子は、私以外にも沢山いるはずだ。だというのに、彼は取り合おうとしてくれない。


そっと取られた手を離し、一歩彼との距離を取るが彼と目が合い、無言の威圧でそれも止められる。


(いや怖いって)


クラスメイトの女子がアイドルを見て、目を輝かせて喜ぶのと同じ目とは思えない。


「まさか物語に出ていた異国の男性役に、僕が抜擢されるとは思わなかったけれど、光栄だよ」

「いやいやいや、それはあくまで貴方の読んだ物語で会って、現実じゃありませんよね?」

「でも君のいる世界にアインツェル教国も、リーゼフェル教も存在しないんだろう?」


それは、そうだが目の前のイケメンとのラブロマンスは遠慮したい。心の底から。


「僕の容姿は嫌い?」

「そういう問題ではありません」


キッ、と彼を睨む。

初対面で会ったこともない男性から突然名前を呼ばれ、挙句心の中まで読まれ、突然本に出てきた子だと言われ、その上初対面のその男性と恋するんだよ。と言われて信じる馬鹿がどこにいるのか。

目の前にしかいない。


「みどりはそのままでいいんだよ。きっと脳内では不安なことが渦巻いているだろうけれど、僕が全てから守ってあげるよ」

「いや、貴方がその不安筆頭です」

「なら問題ないね」

「すみません、言語通じてますか?」

「勿論だとも。言語が通じていて助かったね」


もうこの人やだ。

私は思わず頭を抱えてしまう。言語は通じているのに、肝心な話が通じないなんて初めてで、どうすれば彼を恐怖の対象にしか見えないから話しかけて来られるのも、近づいてくるのもやめてほしいと伝えればいいのだろう。


「あー……本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。このお話の続きは、次回ぜひ聞かせてください」


秘技、父が電話を切り上げたい時に使う台詞。

話を切りたい時、とりあえず今日話したことに対して礼を言いつつ、後日に引き延ばすことで猶予を得る作戦。と私が勝手に解釈しているものだ。

だが、私が甘かった。


「この世界も何かと不穏だろう? 家まで送るよ。まだ話すこともあるし、続きは歩きながらで。ぜひなんて言われたら張り切っちゃうな♪」


(なんっでやねん! 空気読めよばか!!)


気持ちの通じなさに、思わず関西弁も出てしまうというものだ。しかし、私はこの時まで勘違いしていた。さっきのやり取りが通じるのは、同じ日本人が相手の時に限るのだと。

正直に言うのが正解だったか。しかし今更何を言っても遅いようにも思う。仕方なく彼と距離を開けつつも、並んで歩く。


(もうなんか、ここまで通じないのは初めてで……逆に恐ろしいどころか、笑えてくるかもしれない)


というか、そうでも思わないとやってらんないかもしれない。



「あ、待ってみどり。そっちの道は————」


いつも通りの道順で家に帰ろうと歩いていると、突然彼が私の方へ手を伸ばしてきた。それに驚いた私が一歩、その道へ足を踏み入れた時だった。


「ふげっ!?」


頭に突然何か重たいものが振ってきたのか。為すすべなく何かに押しつぶされるように私はコンクリートの地面に突っ伏した。


「あ、悪ぃ」


低音ボイスのお腹に響くようなカッコいい声が、頭上から聞こえた。そしてすぐにその重みは消え、私の両肩がガシッと大きな手に掴まれて持ち上げられる。


「ケガはねぇか?」


彫りの深い顔立ちに黒髪短髪のイケメン黒人が、私を軽々と持ち上げて聞いてきた。ガタイも良く、私を持ち上げる手は震えてすらない。


「だ、大丈夫です……」

「ちょっと、早く離しなよ」


すぐ近くには、ヴァイスがいる。彼は鬱陶しそうに黒人を見ている。


「狩りに行ってたと思ったら、急に馬から振り落とされたんだが……ここは、ゲルン領内じゃねぇ…よな?」


また聞いたことのない雰囲気の言葉が飛び出してきた。とりあえず、持ち上げられたままは嫌で降ろしてほしいと伝えると、彼の緑の目がまん丸になって私をじっと見つめた。かと思うと、ニカッと髭を揺らして笑う。


(ワイルドイケメンだなぁ……)


「おまえ、みどりだろ?」

「「!?」」


ヴァイスも私も、声にならない声を叫んだ。私は、嫌な予感しかしない。いやだがしかし、話を何も聞いていないうちに決めつけるのは良くない。

だが、嫌な予感というものは往々にしてよく当たるものだと、私は今日強く実感する。


「やっぱなー、そうだと思った。黒髪に俺が突然降ってきたのに、ケガ一つないし。隣に金髪の野郎を連れた聖女サマって奴か」


聖女、最近の女性向けのアニメや漫画でよく聞くキーワードが、ワイルドイケメンの口から出てきた。


「まさか、君の世界でもみどりが……?」


ヴァイスとワイルドイケメンは、お互いに違う世界からやってきているようだが、それぞれみどりという私に似た存在に心当たりがあるらしい。私としては、彼らが知るみどりという人物が自分だとは認めたくない。今日は厄日か。


「俺の世界じゃ、神話に出てくるんだ。俺たちの世界より科学的にも技術的にも遥かに進歩した異世界に呼ばれし子が、みどりという聖女に導かれ世界を救う力を得る。ってな」


とんでもないファンタジー作品だ。しかも異世界に呼ばれし子というが、目の前にいるワイルドイケメンはどう見ても”子”という年齢ではないだろう。職場にいたら管理職や役員を務めてそうな貫禄と威厳がある子なんて見たことない。しかも誰だそのみどりという聖女は。異世界で書かれたというその神話のせいで、私は今完全に巻き込まれ事故を起こされているに違いない。とんでもない迷惑だ。


(早く家に帰って、アマプラで海外ドラマが観たい)


思わず現実逃避をしてしまうのも、無理はない。今日一日で二人も異世界から突如として私の目の前に現れ、本やら神話やらで私を知っているというのだ。何一つ信じたくない。


「まーとにかく、お前が俺の聖女サマってわけだ。我が名はバルコス。ゲルン領にて唯一戦士の名をいただく者なり。聖女様に、我が身を捧げんと誓おう」


彼は人通りが少ないとはいえ、夕方の往来のど真ん中で私に跪き、堂々と私の手を取り口付けてきた。その姿はどこか神聖さを感じさせるような洗練された空気感があり、ワイルドイケメンを改めてカッコいいと思ってしまうほどに。だが、台詞もファンタジー感が溢れてて恥ずかしい。跪かれるのも、恥ずかしすぎる。通り過ぎる人たちが、とんでもないものを見るような目で私やヴァイス、ワイルドイケメンを見ていて「目立ちたくないのに!」と心の中で叫ぶ。


やられる前に阻止できなかったのは、突然のことで驚いて動く暇もなかったからだ。動けたなら阻止していた。それを証拠に、隣にいるヴァイスだって呆然としてしまっている。


「まさか、私の読んだ物語にお前のような存在はいなかった……これは、どういうことだ…まさか、物語に異端分子が紛れ込んで話が変わってしまっているのではないのか?!」


彼は彼で、彼のねじが飛んでいるらしい。私からすれば、元々飛んでいたので大差ない。


「俺んとこの神話じゃ、お前も込みだったぜ」


へへん、と何を威張っているのか彼は私の手を取っていた手を離したかと思えば、するりと腰に手を回してきた。さすがにそれは叩き落とす。


「いてぇな。俺はこれでも領内で腕利きの唯一の戦士だぞ」

「それと私に触れることは関係ないでしょう」

「……なるほどな」


一応納得してくれたらしい。一定の距離は保ってくれているが、ニヤニヤと下卑た視線を向けられて落ち着かない。というか、彼に見られると何だか緊張する。


(ワイルドなせいか、色気が駄々洩れなんだよね……心臓に悪い)






「あ、いたーっ!!」


遠くの方から、何か声が近付いてくる気がする。


(まさかね……)



「みどりー! 君がみどりでしょーっ!!」

「ぎゃああ! もう誰も来ないでよっ!」


遠くから一気に走りこんできた少年は、私に抱き着きながら「みどりだー!」と嬉しそうだが、こっちは泣きそうだ。しかも離れたくても抱き着く力が思いのほか強くて離せない。


「僕はエンゲル師匠の元で修行を積んだクイナの一人。みどりに選ばれた婚約者として近代化の進んだ異世界に来られたこと、感謝しています」


抱き着いてきた勢いは急にナリを潜め、私から適度な距離を開け、キリっと姿勢を正した少年。彼はハキハキと告げると、また嬉しそうに笑った。ふわふわとした猫毛と、色素の薄いパステルグリーンの髪、色白で透けてしまいそうな肌が夕日に照らされて輝いている。


「本物のみどりだーっ! 何度も夢に見てたけど、やっぱり本物は可愛いね!」

「もう何に突っ込めばいいのか分かんないけど、とりあえず近寄らないで!」

「分かった!」


素直に返事してくれただけ、ヴァイスよりはまだこの少年の方が話が通じるのかもしれない。少しだけそう思ったのも束の間、次の彼の発言により私は発狂した。



「あれ? でもまだ僕で三人目なの? 神託では七人の婚約者だったから、あと四人はどこか別のところにいるのかな?」



こんなの現実なわけない、そう思いながら気を失った私。






その後、目を覚ましたら七人のイケメンに囲まれていたなんて、それこそ現実じゃない。


「愛してるよ、みどり。皆で幸せになろうね」

「結婚してほしい、僕だけのみどり」

「俺の聖女サマ。お前のためなら、何でもしよう。だから俺を選べ」

「可愛いみどり。早く結婚しようよ!」

「みどり様。我が女神よ、どうか私を貴方のお傍に」

「オレ、この世界では結婚のために指輪を送るんだろ? これ、やるよ。結婚しよ?」

「みどりのことは何でも分かる。僕以外の男はいらないよね?」


目覚めてすぐ、彼らは私の手や髪、至る所に彼らの手が這い回りながらの告白。一度は夢見たことのある、沢山のイケメンから好かれる夢のような出来事。それは夢だからときめくものであって、現実に起きた時、人は電化製品のようにショートする。

それはときめきでも、愛でも恋でもない。突然見知らぬ異性から好意を寄せられることは、どんなイケメンであっても恐怖だ。ましてや、突然目の前に現れる異世界人ならなおさら。



「夢ならさっさと覚めてよばかあああああ!!」



私の叫びもむなしく、今後この世界に柔軟に対応していく七人のイケメンから絶えず口説かれる日々が始まるのだが、私はいつになったら目を覚ませるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ