1,逆高校デビュー
中学時代、俺はめちゃくちゃ荒れていた。
親に不満があったとか、友達関係がぎくしゃくしていたとか、当時やっていたバスケットボールが行き詰っていたとか、そういう病んだ結果グレたわけではない。
ただ当時、リアルタイムで放送されていた"今日からは俺は"という、漫画原作のヤンキードラマを見た小学六年生の俺は、登場人物である三橋貴志と伊藤真司の生き様に多大な影響を受けたのだった。
その結果、中学一年生の頃には剃り込み入れて、オールバックにして、短ランとボンタンを仕立てて、とにかくツッパろうと思って不良街道を突き進んだ。
まずコンビニで堂々とエロ本を買った。
売るのを渋る店員に対して、理不尽に怒鳴り散らした。
酒も飲んだし、煙草も吸った。
喧嘩だってたくさんした。
「喧嘩上等。俺に文句あるヤツは殺してやっからよォ、いつでも来いよォ!!」
結構、というか、かなり当時の俺はイキっていたと思う。
気づけば過去の交友関係は軒並み絶たれ、周りに集まってくるヤツは同類の不良ばかり。
最初は負けることもあったけど、次第に喧嘩慣れしていって、中二の時には遂に一番威張っていた先輩を倒し、気づけば俺は西中の不良グループをまとめるようになっていた。
とにかく喧嘩を売りまくってて、高校生とも揉めることがあった。
しかし俺たち西中は勝ち続けた。
俺は"西中の狂犬鹿島"として有名になり、周囲からは恐れられていたと思う。
そんな俺だけど、不良やっていた時に一人だけ、何度挑んでも勝てなかった相手がいた。
━━しかもソイツは女だった。
「アンタが西中で最近イキってる狂犬鹿島って言うの?」
制服の上にスカジャンを着て、動きやすいようにスカートは短めで、思い返すとスカートの中身は短パンだったような気がする。
長い金髪で、顔はちょっと可愛いと思ったが、鋭くガンを飛ばす目付きは本物。
「そういうテメーは八中の鬼、如月純子だな?」
俺が住んでいる西区最強と謳われ、一年の頃からめちゃくちゃ強く、高校生でも誰も勝てるヤツがいないとまで言われたヤンキー女。
ぱっと見は不良やってるだけの華奢で可愛い女の子なのだが、噂によると空手を使うらしく、とにかくめちゃくちゃな強さらしい。
当時の俺は、たぶん中二病だったのだろう。
西区最強の称号が欲しくて、八中のとっぽいヤツを無差別にボコっていた。
そして遂に親玉である如月が出てきたという流れが、彼女との初対面だった。
「アンタ、うちの者襲ってるらしいじゃん」
「ケッ。西区最強だか知らねーけど、俺はテメーが気に入らねーんだよ」
「詫び入れるんなら勘弁してやろうって思ったけど、そんな気はなさそうだな」
「女のくせにイキってんじゃねーよ。テメーなんか瞬殺してやっからよ」
「言ったなコラ? 禁句言ったなコラ? お前、ブチコロシ確定ね」
「上等だコラ、殺せるもんなら殺してみろや!!」
西中の狂犬と八中の鬼。
恐らく当時の中学不良界隈では二大ビッグネームだったと思われる、俺と如月の喧嘩はいたって短時間でケリがついた。
それほど俺と如月の間には、圧倒的な実力の差があった。
「狂犬も蓋を開けてみれば、こんなものなんだね」
「く、クソがァ……如月、ぜってー殺してやっからよォ……!!」
それから俺は何度も如月に挑んだ。
決まって俺と如月の喧嘩は、一対一だった。
「お前、弱いんだからよ、いい加減にしろよ。そろそろしつこいんだよ」
「クソアマァ……!! 次は、次こそは……ぜってーぶっ殺す……!!」
結局、俺は一度も如月に勝つことはできなかった。
というより、一発も当てることができず、俺の攻撃は全て躱されるか受けられるかで、決まって如月は俺を大技で倒しており、その様子からして如月には余裕さえ感じられた。
それでも勝ちたくて、俺は体を鍛えたりしたが、とうとう俺の攻撃が如月の顔面に届く日は来なかった。
━━中学三年生のある日、突然如月は姿を消した。
噂によると引退宣言をして後輩に立場を譲ったらしい。
如月を倒すことに全てを捧げた約半年、俺の熱は一気に冷めた。
今までの自分がバカらしくなって、急に不良やっている事に対して萎えた。
「鹿島さん!! ヤンキーやめるってマジっすか!?」
「おうよ。如月ぶちのめせねーんじゃ、なんかやる気出ねーからヨ」
「そんな……オレたちどうすりゃいいんですか!?」
「そうっすよ!! 如月いなくなって、今この辺勢力争いヤバいじゃないっすか!!」
「バーカ、もうどのみち今日で卒業だろ。これからはオメーらの時代だぜ?」
「そんなぁ、鹿島さぁぁんっ!!」
最前列で泣いている金髪の少年の肩に、俺は優しく手を置いた。
「泣くんじゃねーよハマ、今日からオメーが西中背負ってくんだからよ」
「けど、オレ、鹿島さん抜きじゃ……っ!!」
「なに弱音吐いてんだ、喧嘩で俺とタメ張れるのは今オメーだけだろ。オメーの腕と器量なら頭として十分やってけっからよ、自信持てや」
そう後輩を激励してから、俺は卒業証書を片手に後輩たちに背を向ける。
「鹿島さん!! お疲れ様でした!! 今までありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
こうして俺は気持ちよく不良から足を洗った。
目標を失って、そもそも思い描いていたヤンキー像になれなくて、不良やっていく気が起きなくなって、そして決断した引退という道。
そのためにわざわざ遠くの高校を受験して、合格して、晴れて春から高校生として青春を謳歌する権利を得た。
これから俺は普通に友達作って、普通に遊んで、恋愛して、青春を楽しむ。
中二病は中学卒業をもって卒業だ━━。
◇ ◇ ◇
「くっそ!! 初日から遅刻しそうじゃねーかよ!!」
新しい気持ちで高校生活の幕を開けようと思ったのに、いきなり朝から喧嘩。
恐らく誰にも見られていないと思うけど、俺もまだ抜けきっていないのか、ああいうのに絡まれるとつい血が滾ってカッカしてしまう。
普段の言動や仕草でバレる可能性もあるのに、喧嘩なんてもっての他。
「全力で走ればまだ間に合うな!! くそー、ぜってー間に合ってやる!!」
これからは細心の注意を払って高校生活に望まなければと、全力疾走しながら固く誓った。
なんとか集合時間には間に合う、張り紙を見て、自分の教室を確認する。
「一組か……急げ!!」
そしてダッシュで階段を駆け上がり、なんとか三分前には教室に到着する。
優しくドアを開けて周囲を見渡し、黒板に書かれている出席番号を見て、自分の席に着席しようとした。
俺に向かって、微笑みながら手を振る女子生徒の姿があった。
「あっ……」
さっきガード下で助けた女の子だった。
一瞬、固まったが、時間がないのでとにかく荷物を置いて着席する。
彼女は俺の後ろの席だった。
「さっきはありがとう。ところで、大丈夫だった?」
「え? ああ、あの人たち見た目より優しい人でさ、話したらわかってくれたよ」
ボコって土下座させただなんて、口が裂けても言えない。
「そっかー、"流石"だね」
「……え?」
ニコニコしながら意味深なことを言う彼女に、俺はなんとなく違和感を覚えた。
そういえば今朝は可愛いなーくらいにしか思っていなかったが、間近で見ると見覚えのあるような顔をしている。
そして声もどこかで聞き覚えがあるような気がしたが、思い出せない。
「……あの、君、どこかで会ったことあったっけ?」
「それは多分、後でわかるんじゃないかなー? ほら、先生来たよ」
教室に先生が入ってきたので、それ以上は気になっても聞く事ができなかった。
それから体育館へ移動して入学式が始まったけど、正直言って入学式の内容はそれほど覚えていない。
校長の話など聞いていないし,校歌なんて覚える気も全くない。
教室へ戻って、隣の席のヤツとコソコソ話をしたりしたが、すぐに教師が来て話を進めて、クラスメイトに軽く自己紹介をするという流れになった。
名前、出身校、趣味、高校生活の抱負を簡潔に述べるという流れだった。
「西中出身の鹿島匠海です。趣味はゲームとか、あとユーチューバーとか最近結構ハマってます。正直まだやりたい事とか分からないけど、みんなと仲良くできたらなーって思いますんで、気軽に声かけてください。よろしくお願いしまーす」
当たり障りのない自己紹介を終えて、クラスメイトからの拍手が湧き上がる。
掴みは良好といったところか。
後ろから、今朝助けた女の子が立ち上がる音が聞こえた。
「八中出身、如月純子です」
出身校と名前を聞いて、頭の中が真っ白になった。
「結構オールジャンルで邦楽好きかな、色々アーティスト追ってます。あと漫画好きなので、オススメあったら教えてください。同じ中学の人いなくて寂しいので、これから友達たくさん作りたいです。一年間よろしくお願いします」
いやいやいやいや、お前、そんなに普通で健全な子じゃないだろ。
無意識に後ろを向くと、如月は俺の顔を見るや、ニコニコ笑い返してきた。
「き、如月純子って……まさか」
他の人に聞こえない程度の小さな声で、彼女に問いかけてみると。
「とりあえず、入学式終わったらお話しようか、"狂犬鹿島"くん?」
「……は、はい」
最悪だ。
よりによって不良やってた頃の因縁の相手であり、俺の過去を知っている人物がクラスメイトにいたとは。
だが落ち着け、立場が悪いの俺だけじゃないはず。
後ろにいる如月は一見、普通の女の子にしか見えないし、どうやら如月が引退したという噂は本当だったことが明らかになった。
つまり如月だって過去の自分を隠し通したいはずだ。
「根岸優里乃です」
さらには感動の再会というべきなのか、それとも最悪のタイミングなのか、もう一人聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。
その子は黒髪ミディアムで眼鏡をかけていて、すらっと背が高く、真面目そうで少し地味な印象を受けるが、よく見ると小顔で目鼻立ちが整っている。
あまりメイクはしていない様子だが、かえってそのおかげで誰だか思い出せた。
「よろしくお願いします」
一礼した後、その子は一瞬、こちらを見ると微笑んで、手を軽く振ってくれた。
向こうも俺が誰だかわかっている様子で、俺も軽く手を振り返した。
生まれた時から家が近所で、幼稚園と小学校が同じで、小学五年生の頃に両親の都合で転校していった幼馴染と、まさか同じ高校で同じクラスになろうとは。
小学生の頃より成長しているけれど、その顔には昔の面影があった。
「はぁ~」
思わず、頭を抱えてため息を吐いてしまった。
昔、ゆーちゃんって呼んでたよな。ゆーちゃんは俺が不良だった頃を知らない。
知られてたまるか、あんな中二病極めていた痛々しい過去を。